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小説『Li...nk』
4...
 溢れ出る鮮血の中、がくんと体が揺れた。
 痛みで我に返ったミドガルズオルムが、苦しんで身体をくねらせていたのである。
 口の中にいるためか、布を裂くような悲鳴が体の芯にまで響き渡る。
 そのつんざくような悲鳴の振動で、ついに奴の体に纏わりついていた岩が壮大な音をたてて崩れ落ちた。それと下からラッセルの声が聞こえたのは同時だった。
「レイシャン君! 僕らを信じて飛んでくれ!」
 彼がそう言った直後、自分が落ちるだろう場所を中心とした広範囲に、巨大な岩の箱が出現し、その中にどこからともなく水が岩の箱の中に並々と注がれていく。おそらくそれはリィの魔法とラッセルの技を組み合わせたものだろう。
 このまま恐怖によって足を取られているとこの大蛇に飲み込まれるか、逃げる時に一緒に連れて行かれるか。それならばまだ生き残る可能性がある方がいい。決めるまでそう時間はかからなかった。
 レイシャンはミドガルズオルムの硬い口に足をかけて岩のプール目掛けて飛び込んだ。
 段々と近づいてくる地面や風を切る感じが恐怖を増幅させる。
 弾ける音。水にぶつかり体に伝う痛み。気を失う機会すら与えられず、空気を求め、水を掻き分けて水中から顔を出した。
 再び外界に顔を出したその時、視界に入ったのは体をうねらせて瓦礫に顔を突っ込んだミドガルズオルムが今まさに逃げるところ。やはりあのまま口の中に滞在していたら一緒に連れていかれていただろう。そう思うと体が震える。
「……た、助かった。でもずぶ濡れだぁ」
 岩のプールから脱出し、水を含み重くなった服を絞りながら呟く。それを見てラッセルは苦笑いをして「無茶を言ってごめんね」と頭を下げる。
「でもまあ、結果はどうであれレイシャン君助かってよかったよ。さあ、ゼノン君の薬を作るついでに服を乾かそうか」
 そういってラッセルがコートの中から取り出したのは一枚のなんらかの葉。おそらくはそれが解毒薬となるのだろう。流石一つの組織、万が一の事態に備えた道具も万全であると感心させる。
 闘いが終わった今、悩みの種となるゼノンの解毒は束縛された魂の一人、ラッセルのおかげで難無く済んだ。

    ***

 夏とは言え、夜は少々冷える。日が沈む前に焚き火をするための枯れ木を集めた。そしてすっかりと日が沈みきった今、その薪の役割を果たしている枯れ木にリィの魔法で火をつけ、明かりを確保、そしてそのついでにレイシャンの服と靴も火の傍に置いて乾かしている。
 三人は焚き火を囲むように座っていた。
 ミドガルズオルムから毒霧を浴びたゼノンは、ラッセルが作った解毒薬のお陰で一命を取り留め、高熱でうなされていた時に比べて今は大分表情が和らぎ、すやすやと寝息を立てている。
 水で濡らした手拭いやらを用意するためにスカイサイクルまで手拭いを取りに行ったり、また水辺を探したりするなど、三人が色々と奔走したのは言うまでもない。
 途中ラインに襲われることは一度もなかった。ミドガルズオルムとの闘い後、空を見るとセナス小国上空を埋め尽くしていたラインたちの姿は無く、また地上も同じだった。それは束縛された魂が彼らを掃討したのか、それとも鬼のラインと吸血鬼のライン、ベルギオスが去ったのと同時に彼らも退いたのかは定かではない。
 少なくともセナス小国に一時の平穏が訪れたことには変わりは無い。
「……さて、一段落着いたことだし、色々聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
 ゼノンの頭に乗せてある温くなった手拭いを冷たく濡れたものに乗せ換えたラッセルは、柔らかい表情から厳しいものへと変わる。
「答えられる範囲なら答えるよ。その代わりラッセルも俺らの質問に答えることが条件でね」
 ラッセルの首肯。
「いいよ、分かった。じゃあ早速、何故君達は僕たちのことを知っているか教えてくれないかい?」
 この質問は彼と会った時に言っていたので質問されるだろうと分かっていた。もちろんその時はミドガルズオルムが襲ってきたので答える暇などなかったが……。
「……ルベルの日記を読みました」
 ラッセルの表情を伺ながらリィは答える。すると彼は「ルベルの日記」と小さく呟いてしばらく考え込む。
「なるほど。二人はルベルの日記を知っているのか……ってことは現持ち主であるフォアス帝国、それも上層部にコネがあるわけだね。そうなるとフォアス帝国軍の司令長官のサネルかな。彼は確かリィさんのお父さんと仲が良かったらしいからね」
 寸分も違わぬ推測。
「凄いですね。全くもってその通りです。驚きました」
 まさかここまで的確に推測するとは思わず驚いてしまった。レイシャンだけでなくリィも同じことだろう。しかし、言葉では平然と言っているものの、その驚きの表情をラッセルに見せないリィもまた凄かった。
「そうでもないよ。分かっているだろうけど、僕らの組織には君のお兄さん、セイルがいるんだ。不快に思うだろうけど君たちの情報は大抵知ってるよ」
 やれやれと言わんばかりに苦笑いを零し、首を横に振るラッセル。対するリィは無表情で彼を見据えている。警戒しきっているといった感じだった。
「おそらく全てはお兄さんのセイルを追うためなんだろうね。だからラインが出るところに、束縛された魂が……セイルが現れると考えてこんな危険なところまで来たわけか。先の闘いで分かっただろうけど、僕らを追うのは危険過ぎる。追うのを止めた方がいい」
 睨みを利かしての警告。常に優しい雰囲気を醸し出していた彼からは到底似つかわしくない表情。少し、背筋が凍る。
 しばしの沈黙。
 これ程まで突っぱねるような言い方をするのは他人である二人の身を案じるため。やはりラッセルは心底優しい性格をしていると思わせる。しかし頑固なリィのこと、自分が決めたことはそう簡単に曲げない女である。
 故に彼女は否定の言葉をもってこの沈黙を破るのだろうと思っていたが、先に破ったのはラッセルの方だった。
 しかも彼は笑い声でその沈黙を破った。
 何事かと思い、茫然として彼の様子を見守る。
「――って僕が何度言っても追うつもりなんだろうね。セイルは苦笑いしてたよ。俺の妹だから、絶対に追ってくる。あいつの頑固さは血だ、ってね」
「そ、そんなこと――」
「ないって? あはは、そう否定するところも彼と似ているよ」
 むくれ顔のリィを尻目に、ラッセルはひとしきり笑った後、一度大きな溜め息をつくと苦笑い零す。
 おそらくそれは、彼女の性格に対しての諦めの苦笑い。
「……あまり気は進まないけど、一つ、僕たちの情報を教えてあげるよ。近い内に和国で戦闘がある。そこに向かうといい」
「戦闘って――」
 何が、と詳細を伺おうとしたその時、隣で寝ていたゼノンが声を上げて寝返りを打った。
 それを皮切りにラッセルは立ち上がり、コートについている砂埃を払い落す。
「うん、そろそろゼノン君が目覚めるね。これで安心だ。僕はそろそろ行くよ。君たちはこれからどうするんだい? 帰れないなら送るけど」
「い、いえ、大丈夫です。あたしたちもこれから向かわなければならない所があるので」
「分かった。気をつけてね。じゃあ――」
 そういうと一瞬にして彼はどこかへ消えてしまった。どうやってその姿を隠したのかすら見当もつかない。やはり辺りを見回して見ても彼の姿はない。あるのは瓦礫ばかり。
「ずるい、質問するだけしてこっちの質問にも答えずに逃げた」
 レイシャンは少し憤りながら瓦礫を蹴り飛ばす。
「ゼノン、大丈夫?」
 リィは彼のもとに駆け寄り、彼の顔を覗き込む。彼は眉をしかめたまま、おもむろに瞼を開く。
「くう、悪い夢から覚めた気分だよ。……ここは? 確か俺、あの蛇の毒霧にあてられて……」
「ここはセナス小国。ゼノンが倒れた後ラッセルが解毒薬を作ってくれて看病してくれたの」
 ゼノンは辺りを見回す。礼を言うためにラッセルを探しているのだろうが、彼はゼノンが目覚めると同時にこの場を去ったので当然いるはずもない。
「……そうか。あのラインは?」
「退治したよ」
「よくあんなでかいラインを三人で倒せたな。そしてレイシャンはなんで半裸なんだ?」
 あのラインを退治できた大半はラッセルのおかげであり、レイシャンがこうなってしまったのも含めると説明が長くなる。そんなことより今はフィリス博士の安否が第一。レイシャンは「まあ色々とね」と軽く流してから身仕度を始める。
 乾かしている服と靴も乾き、それらを急いて身につける。唯一完璧に乾いていないのは着たままであるズボンだけ。火の傍に座っていたため多少は乾いているが、それでも少し着心地が悪い。
「さて、じゃあ博士のところへ行くか」
 勢いよく立ち上がったのはよかったものの、本調子じゃない彼は足元がふらついている。
 見てもいられなかったレイシャンは彼に自分の肩を貸して歩くように促した。
 歩きながら、レイシャンはゼノンにフィリス博士のため家までどのくらい距離があるのかを尋ねると、一つ町を越した所にあると言った。
 一体この国のどこまでラインの侵入の被害が出ているか分からないがとにかく行ってみるしかなかった。

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あきゅろす。
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