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小説『Li...nk』
3...
「……大きさが今までの比じゃねぇだろ」
 レイシャンは顔を最大限に上げながら愚痴を溢す。その隣でゼノンはこくこくと口を開かず激しく頷く。
 どうやら彼は言葉になら無いほど仰天しているようだ。
 このラインが地面から出れば、セナス小国が跡形もなく破壊されるかもしれない。
 もちろんそうなると皆死んでいるのが前提だが。
「リィ! さっきみたいに魔法で奴を凍らせて動き止めてくれ!」
 レイシャンの提案にリィはとんでもないと言わんばかりに大きく首を横に振り即座に断る。
「無茶言わないでよ。今のあたしにそんな力もないし、できたとしてもこんな大きなのを凍らす前にあたしの体力が尽きて死ぬわよ!」
「そ、そうなのか?」
「言ってなかったけどあたしの技は体力とか精神力とか使うの。色々未熟な今のあたしは強力な魔法を使ったら体が追いつかなくて死ぬのよ」
 彼女の言葉にゼノンは「ここまでか」と呟いてうなだれる。
 今まで遭遇したなかで一番大きいライン、ゴーレムを裕に超えるミドガルズオルム。
 唯一太刀打ち出来そうなリィが無理となると、万策は尽きた。
 どうしようもなく三人は立ち尽くす。
 恐らく逃げてもミドガルズオルムにとってはそんなものは距離の内に入らず、一瞬にして叩き潰されるだろう。
 絶望しか見えない中、突如隣から笑い声が聞こえた。楽しくて笑うような声ではなく、妙に引き攣った笑い声。
 驚いて隣を見てみると、ゼノンが笑っていた……いや、正確に言えば苦笑いをしていた。
「生き残るためには、闘って勝つしかない……か」
 ゼノンは溜め息をついて剣を構える。
「……うん、ゼノンの言う通りだ。どうせ死ぬなら足掻いて死のう。何もせずに死ぬのは後悔するからな」
「死んだら、後悔出来ないでしょ」
 リィの指摘に「それもそうだ」とゼノンが笑う。
 死の恐怖から硬直していた表情が一気に弛緩する。
 皆が皆戦闘体勢になったちょうどその時、ミドガルズオルムは彼らを潰すためか、はたまた食うためか巨大な首を上げた。
「どこまで耐えれるか分からないけど、壁を作ってあれの攻撃を防ぐわ。その間に二人は上手いことお願いね」
 リィの指示に二人は了解と力強く頷き、大蛇の動きを見据える。
 ミドガルズオルムは鎌首突きを三人にぶつけようと体を伸ばした。


 その時だった。その太い胴に分厚い岩がまとわりつき、ミドガルズオルムの攻撃範囲を圧倒的に短くさせ、またこれ以上進むことも退くことも出来なくさせた。
 距離の足りなくなったミドガルズオルムの鎌首突きは彼等には届かず、多くの瓦礫を粉砕しただけで終わった。
「よくやった、リィ!」
 レイシャンとゼノンは次々と彼女を持て囃したが、本人は意味が分からないと言いた気な顔でミドガルズオルムに巻き付いた岩を見て小さく呟く。
「あたし……何もしてないよ?」
「え?」
 彼女の言葉に二人は声を揃えて間抜けな声を出した。
「だからあたしは何もしてないって――」

「驚かしてごめんね。あれは僕の技だよ」

 突如、後ろから声が飛んできた。全く聞き慣れない、ひどくおっとりとした声だった。
 三人は驚いて後ろを向く。
 しかし振り向いた先には声の主は居ない。それどころか猫の子一匹すらいなかった。
「三人とも、怪我はないかい?」
 今度はその逆……つまりミドガルズオルムがいる方から声が聞こえる。
 首を戻すと今度は声の主の姿を確認できた。
 目の前には長身で長髪の、優しい目をした男が三人を庇うように立っていた。
 そして彼も先程の恐面ての男同様、黒いコートを纏っている。
「あ、あんたも束縛された魂なのか?」
 レイシャンの言葉に男は少し吃驚した表情を見せて彼らを見た。
「僕らの存在を知ってるのかい? 僕らを知ってる人間なんてそういないのに。……まあ、話は後でゆっくりしようか。先にこのラインを倒すのがお互いのためだね。僕はラッセル、君たちは?」
 裏がなさそうな屈託ない笑顔で訊ねるラッセルと名乗った男に調子を狂わせられた彼らはつい自己紹介をしてしまう。
「……俺はレイシャン・アルヴァリウス。横にいる女の方がリィ・ティアスで男の方がゼノン・ローファンスだ」
 名前だけ紹介すると二人はぺこりとお辞儀をする。
 それを見てラッセルは一瞬眉をひそめ、すぐに戻して、よろしくと言って軽く頭を下げた。
「でもラッセルさん……どうやってあんなラインを倒すんですか?」
 リィが尋ねるとラッセルは噴き出し笑い出した。
「呼び捨てでいいよ。ラッセルさんなんて何だかくすぐったいよ」
 ラッセルは柔らかい笑顔から真剣な表情に戻し、話しをする。
「心配しなくていいよ。僕には力があるし、力を合わせれば勝てる闘いだとも思ってる。だからそのためにも戦力確認させてもらうね。レイシャン君の武器はその腰に吊っている剣だね。ゼノン君も同じく剣。リィさんは……戦えるのかい?」
 少し心配そうな顔で言う彼にリィは大きく頷いて右手を――正確には右手の人差し指に見せるはめている指輪をラッセルの前に差し出す。
「魔法みたいなのが使えます」
 リィの言葉に一瞬、ラッセルの表情が固まるが、やがて納得したかのように頷く。
「なるほど。僕を含めて近距離が三人、遠距離が一人か……」
 ラッセルは右手を前に伸ばす。すると手の下の地面が瓦礫を押しのけて盛り上がり、段々と剣の形を成していく。
 最終的には普通のもの……いや、それ以上に精巧な剣ができてしまった。
「す、すごい……」
 ゼノンは口に出したが残りの二人は絶句していた。
「土で出来ているから弱いんじゃ……?」
 確かにレイシャンの言う通りであると隣の二人も頷いて見せる。
 しかしラッセルはその言葉を待っていたかのようににこやかに微笑み、瓦礫を掴み、放り投げその剣で瓦礫を真っ二つに叩き斬ってしまった。
「強度は普通の剣より遥かに強いから安心していいよ。じゃあ行こうか」
 そう言うとラッセルはミドガルズオルムに向かって走り出した。
 後方はリィに任せてレイシャンとゼノンは慌ててラッセルの後を追う。
 ラッセルの能力で動きを制限されていたミドガルズオルムだが、自分の攻撃の射程範囲に入ったのが分かったのか、体を伸ばし一番近くにいるラッセルを食らおうと噛みつきに来る。
「甘い!」
 ラッセルは叫び、右手の剣を振り下ろして土の壁を作り出した。
 ミドガルズオルムはそのまま進行の障害となる土の壁をいとも簡単に噛み砕く。
 しかしミドガルズオルムが土の壁を砕いた時にはラッセルは視界から消えていて、ミドガルズオルムの頭の飛び越え、すれ違い様に剣で切り裂いた。
 そして土の壁から消えたラッセルと入れ代わるように俺とゼノンが疾風の如く、口を閉じたミドガルズオルムの顔を切り裂く。
 しかし巨大なせいか、ミドガルズオルムの鱗は鎧のように硬く、深い傷を負わせられなかった。
 僅かでも傷をつけられたことに憤慨したのかミドガルズオルムは、耳に障る奇声を上げて、その長い体をうねらせ、口を開き、何やら怪しげな煙を吐き出した。
「なんだこれは……?」
 危機感の無い発言にラッセルは声を荒げて叫んだ。「気をつけて! これは毒霧だ!」
 彼がそう言った時には既に遅く、大量に吸ってしまったゼノンは倒れ、少し吸ってしまったレイシャンは体に少し痺れが回っていた。
 そしてその隙にミドガルズオルムが巨大な口を開いて二人を食らおうと顔を近づける。
 後ろから冷気を纏った無数の氷の矢が飛んできて二人の頭上を通過してミドガルズオルの口の中に刺さる。
 ミドガルズオルムは悲鳴を上げて体を大きくうねらせる。
「これで終わりだ!」
 ラッセルは剣を地面に突き立てる。すると彼の足元の地面が隆起し、彼の足場となりミドガルズオルムの眼前まで高くなった。
 止めを刺そうと彼が飛び掛かった時、ミドガルズオルムは顔を振り回しラッセルを叩き飛ばした。
「ぐっ……」
 数メートルの高さから落ちたにも関わらずラッセルは見事に着地をし、再び体勢を整える。
 束縛された魂は身体能力も軽く人間を超えてるのかと思わせられる。
 レイシャンはその間、倒れているゼノンを回収して攻撃の届かないところにまで避難した。
 ちょうどそこへ苦戦していたラッセルも一戦を退いて彼らのもとへ戻る。
「ゼノン君は思いっ切り毒霧を吸ってしまったようだね、早く倒して解毒薬を作ろう。レイシャン君は――」
「俺は大丈夫。それよりリィ、ラッセル、ちょっといいかな?」
 二人はミドガルズオルムの攻撃範囲外といえど、いつ体に巻き付いた岩が取れるか分からないため前方を警戒のまま身を寄せる。
「奴を倒すには口を狙うしかないみたいだ」

「最初は任せて!」
 リィは大きく深呼吸をして、両手を翳した。
 彼女の頭上に炎が渦巻き、一点に集中し、やがて槍に形を成した。
 それを掴み、思いっ切り投げ飛ばす。
 炎の槍は空を裂き、高速でミドガルズオルムに襲い掛かる。
 いくら固い鱗でも皮膚は皮膚。火に弱く、突き刺さると燃え上がりその鱗を燃やす。
 しかしその被害はミドガルズオルムの巨体と比較するとごく僅かなものであったが痛みとしては十分過ぎた。
 怒りと激痛のせいかミドガルズオルムはこれまで以上な大きな咆哮を上げると太く長い首を持ち上げる。
 火事場の馬鹿と力とはこのことか、思いっ切り体を伸ばしているのか巻き付いている岩がみしみしと悲鳴を上げている。
 岩には大きなひびが入り、大小様々なかけらが崩れ落ちていく。
「時間が無い。急ごう!」 ラッセルがミドガルズオルムに向かうのと、射程範囲に入り鎌首突きを繰り出すのは同時だった。
「上手く当たってくれよ!」
 後少しで彼が食われるといった距離でミドガルズオルムの顔を下から巨大な岩の柱が飛び出る。
 盛大な顎撃。直撃したのか、その巨体は上に跳ね上がり、体を反らすような形になった。
「レイシャン君、後は頼んだよ」
 そう言ってラッセルは掌を地面に当てる。顎撃を与えた石柱がレイシャンの足元から現れ、それはぐんぐんと高さを伸ばしていく。
 数秒もせずに高さはミドガルズオルムと同じくらいになり、その赤く、大きな牙が見える。
 まだミドガルズオルムは口を開き、身体を反り返らせて伸びている。
 倒すなら今。その口の中に剣を突き立ててここから飛び込めばいい。
 しかしこの高さ。踏み出すのが怖い。投身自殺でもありえない高さ、下を見るだけでも身震いがする。飛び込んでもしそのまま飲み込まれたら、また口の中に飛び込めなかったらなどと頭に浮かぶのは最悪の自体ばかり。
「早く飛び込め! ヘタレイ!」
 遥か下にいるはずなのによく聞こえるリィの声。
 それにしてもなんとも酷い呼び方だと思った。しかし、その言葉が彼の中にある微かな勇気を後押しをすることになった。
 足がラッセルが作った岩場から離れる。
 その瞬間、重力のなされるがままになり、自ずと目的地へと近付く。
 刻一刻と口の中へ迫っていく。
 ずん、と剣先がつっかえる。そして間髪入れずに自分の体に柔らかい何かがぶつかる。
 舌……だった。

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