小説『Li...nk』
2...
セナス小国の上空には報告通り、ものの見事に翼を持ったラインたちに覆い尽くされていた。
極力、ラインに見つからないようにするため、レイシャンたちは終始地上を走りセナス小国に入った。
国内に入る前にスカイサイクルを止めて、ここから先は徒歩で向かう。今や全員が戦力となった今、スカイサイクルを降りたほうが己の身を守りやすい。
歩きながら周りを見てみると、ランディール王国程では無いにしろ、多くの家屋が破壊されている。風化していない家々、家から昇る黒い煙、壊れて中が丸見えになってしまった家屋に見える今まさに食事をとっていたらしくテーブルの上、その周辺で散乱している食器や内容物。それが逆に生々しさを醸し出し、恐怖感を植え付けられた。
「……それにしても、空と違って地上にはあまりラインがいないんだな」
歩きながらため息をつくゼノン。地上にラインが現れないことに気を緩ませたのか、握り締めている剣に入っている力まで緩まる。
「そうでもないみたい。ほら、あれ」
リィが指差した先には、遠くで砂埃が立っていた。
竜巻とは違った砂埃の立ち方。それは大軍が押し寄せて来る時に立つものと同じようなものだった。
やがてそれは次第に大きくなり砂埃を立てている主の姿が確認できる。
猪を数倍大きくしたようなラインが力強く大地を蹴り猛進してきていた。
おそらくあれの突撃をまともに食らえばただでは済まないだろう。
「二人とも、下がってて!」
リィは両手を広げる。
すると彼女の目の前に瞬時に先が尖った氷が数本現れ、羅列する。
「いっけぇ!」
彼女が両手を合わせると、目の前の氷が一斉にラインに襲い掛かる。
高速で飛んでいくその様子は、矢を彷彿させる。
氷の矢は猪姿のラインの体には全く当たらずに、前足、後ろ脚に刺さった。
足を封じられたラインは先程の速さで突撃することができず、よろけだし、助けを求めるかのように奇声を上げて大きな土埃を盛大に上げて倒れた。
瓦礫、土がじわりじわりと赤色に染まっていく。
しかし、見たところ致命傷ではない。またこのまま放っておいても足の傷も塞がり、動けるようになるだろう。
「リィ、優しいね」
立ち上がる力すら出ないのかただ赤く充血した目で荒い鼻息を立てるそのラインを見ながらレイシャンは呟く。
その台詞に彼女は「まあね」と一言、そして止めていた足を動かし、先へと進みながら言葉を付け足した。
「たとえラインでも無駄に傷つけるのは気分が良くないからね」
「俺には容赦なく殴るのに」
「あ、人」
「ご、ごまかした……」
レイシャンは少し納得いかない面持ちでリィから視線を外し、彼女が見ている方向へと変える。
確かに目の前から一人の壮年の男が身体を引きずりながらこちらに向かってきていた。
「大丈夫ですか!?」
慌てて三人はその男に駆け寄る。
彼は腕に傷を負っているらしく、押さえている右腕から血が漏れてきている。その血は一定のリズムで地面を染め、彼の今まで歩いた道程をも示していた。
男は苦笑いを浮かべ首を横に振る。
「大した傷じゃない。大丈夫だ。君たちも早く逃げた方がいい。この先……ウォーレンという町に鬼が暴れている」
「鬼……ですか?」
思わず聞き返すリィ。
鬼というのは和国にいる、額に角を持ち、持ち前の怪力であらゆるものを粉砕すると言われているラインであるとお伽話で彼女は聞いたことがあった。
「あぁ。今は黒いコートを着た男が闘ってる。私はその間に逃げさせてもらった」
黒いコート。その単語で束縛された魂はやはりここにも来ているのかとリィとレイシャンは目を見合わせる。
男はレイシャンやゼノンが武器を握っているのを一瞥すると、静かに目を閉じる。
「闘いに行くなら止めることだ。あれは君達子供にどうにかできるものじゃない。我々は避難して軍が奴を倒すのを待つべきだ」
彼の言葉に反感を持ったレイシャンは前に出て言い返そうとするが、その時にゼノンが何もするなと彼の足を軽く踏み制止させる。
そして彼の代わりに前に出る。
年上のゼノンは冷静かと思いきや、レイシャンと同じくらい不満らしく、目が燃えていた。
「安心して下さい私たちは闘いに心得があります。下手な大人よりは闘えますので」
実に嫌味たらしく、威圧的に言う彼に男は少したじろぎ、一回大きな咳ばらいをしてごまかした。
「……せいぜい君たちも死なないように注意することだ」
そう言い残すと、男は再び身体を引きずりながら去っていった。
彼が視界から見えなくなるまで見送ると、三人は先に進む。
ひとしきり進むと、まだ壊れていないものや壊れているもの、なんとか面影を残している家々が軒を揃えて並んでいるところに着いた。
おそらく先程会った男が言っていたウォーレンという街だろう。
ラインの侵入を防ぐ塀は破壊し尽くされていて、その欠片が辺りに散らばっている。
先程の男の話ではこの街――今となっては廃墟であるが、そこで闘いが繰り広げられているらしい。
街の中、中央広場らしき所に着いた。広場の中心には噴水があり、周りに木が植えられている。もっとも今は、木々は薙ぎ倒され、噴水も破壊されていて水が形を崩して吹き出している。
そんな中、二人の男が武器と殺意をぶつけ合っているのを見つけた。
一人は男が言った通り黒いコートを纏い、二本のナイフを巧みに操って闘っている。恐面のその男は眼帯の下に額から顎にかけて一筋の大きな傷が走っている。
「何よ、あれ……?」
リィは恐面の男と闘っている男を指差した。
その男の顔も含めた右半分は普通の人間の姿をしていたが、左半分が人ならざる者。
皮膚は炎を纏ったように赤く、筋肉も右半分と比べてやや膨らんでいる。そして額からは一本の角が天を指していた。
その姿はまさしく――鬼。
面妖なその姿に言葉を失ったが、その時、一つの解と一つの疑問が生まれた。
彼がラインであること、そして何故半分とはいえ人間の姿をしているのか。
不意に旧ランディール王国で会った赤髪の男ベルギオスの言葉を思い出した。
――俺はラインだ。
その言葉は嘘ではなかった。
ラインは人間に化けることができるのだ。
すると芋づる式に言葉が浮かんでくる。
ココの言葉。
――ラインが人間に化けることができるならば国民に成り済ましているかもしれない。
可能性から確実に変わった瞬間、背筋が凍った。冷や汗が止まらない。
「ちょっとレイ! 大丈夫!?」
リィに肩を揺さぶられて正気に戻る。
「だ、大丈夫。それより……どうしようか?」
「なんだ?」
見つからないように声を潜めて会話していたにも関わらず、恐面の男はレイシャンたちの気配に気付いたのか、急に辺りを見回す。
レイシャンたちはなんとか闘っている二人の様子が見える程度に極限まで瓦礫の山に体を隠す。
闘いながら辺りを気にする恐面ての男に半鬼の男は舌打ちをして武器である金棒を横に大振りする。
金棒は風を切り、ぶおんと唸り声を上げて恐面の男の側頭部を襲う。
しかし、彼は頭を下げて攻撃を回避し、その勢いで倒立し、前に倒れる勢いを利用して回転して踵落としを角の合間を縫うように半鬼の男の頭にお見舞いする。
その頭は鈍い音を上げ、一筋の血を流れ落ちる。
踵落としによって俯いた顔を上げるとそこには笑みが溢れていた。なんとも獰猛で楽しそうな笑み。
先ほどの攻撃で倒れると思っていたのか、恐面ての男は驚いた表情を見せた。
その一瞬の隙を見計らって再び金棒を振る半鬼の男。
恐面ての男は一回大きな舌打ちをして、手を前に押し出す。
瞬間、手の前に分厚い氷の壁が現れて金棒が衝突する。
間一髪だった。氷の壁は大小様々な大きさの欠片となって派手に散った。
「またかよ! だが、さっきより強度が落ちてるぜ!?」
「うるせぇよ!」
再び互いに武器を交えようとした。
その時だった。
突如、長いシルクハットを被った長髪の男が現れて両者は攻撃をやめ、注意を向けられる。
この男も同じコートを着ている。
「空にいるラインは私が片づけました。一応任務は終わりましたよ。報告しに引くとしましょう」
シルクハットを取り、くく、と嫌みたらしく笑う。
恐面の男は一瞬嫌な顔をして長髪の男と半鬼の男を見比べる。
「……ヴェクタ。この決着だけ着けさせてくれ」
ヴェクタと呼ばれた長髪の男は一度鼻で笑うと返事もせずに踵を返す。
「いいでしょう。その代わりその事を含めてあの方に報告させてもらいますよ?」
癖なのか喉をならす笑いをする。
“あの方”が誰か分からなかったが恐面の男の表情が歪んだところを見ると余程あの方とは影響力を持っているらしい。
「わ、分かった! おい鬼野郎! 勝負は今度だ。次、会う時にはその首切り落としてやる」
そう捨て台詞を残すとヴェクタと共に――文字通り瞬時にして消え去った。
「おい待てコラ! 逃げるのかよ!?」
既に誰もいない景色の中、力いっぱい叫ぶ半鬼の男。彼の言葉は虚しく空に溶けていくだけだった。
そんな中、彼の前に顔に異様な入れ墨をした男がどこからともなく現れた。
レイシャンとゼノンは覚えていた。
その男は旧ランディール王国にいた、自分はラインであると言ったベルギオスだった。
「……気が済んだか?」 さながら獣の如く憤慨を露にする彼の肩にベルギオスは手を置いて訊ねる。
「ベルギオス、俺らの世界を取り返すためにはまず、束縛された魂たちを潰さなければならないみたいだ」
「そうだな」
「けどその前に……」
半鬼の男は言葉を止めて、獲物を――鬱憤を晴らせる者を見付けたように残酷な笑みを浮かべると指を弾き鳴らした。
すると、どこからともなく地鳴りがしだした。瓦礫の中から大蛇が現れた。
「さっきからこちらを窺っているネズミを駆除しないとな! なぁ、小僧ども」
見つかっていた。
一瞬の内に背筋に悪寒が走り、武器を構えて瓦礫の山から飛び出し、彼等の前に姿を現す。
同時に目の前の土が隆起し、火山の噴火のように破裂し、その中から巨大な蛇が現れた。
その大きさは旅の始めに襲われた怪鳥の比ではなく、土に埋まっているところも考えると、それは怪鳥のラインとは大人と子供のような差になるだろう。
半鬼の男は頭を地面に着けた大蛇の頭を撫で、呟いた。
「ネズミを駆除したら戻ってこい。さぁ、行け! ミドガルズオルム!」
ミドガルズオルムと呼ばれたラインに命令すると、半鬼の男とベルギオスはレイシャンたちから背を向ける。
すると、彼らの前の景色が歪み、硝子を割ったように砕け散った。
その割れた景色の中には深淵の闇が広がっていた。
二人はその中に入り、闇の中へと消える。
残された闇は次第に薄れていき、遂には元の景色に戻ってしまった。
その様子に、驚きのあまりにレイシャンとゼノンは目を見開いたまま、立ち尽くしている。
言葉で表すことができない程の驚き。
本当にこのようなことがあるのか。
そのような疑問を胸に立ち尽くしていた。
突如、ぐおぉ、とミドガルズオルムが咆哮した。
それが目覚ましとなり、改めて目の前の敵を見据える。
「そう言えば、俺たち窮地に立たせれたんだったな……」
「あれが衝撃的過ぎてすっかり忘れてたよ」
二回目の咆哮をすると、ミドガルズオルムは長い胴体をうねらせ俺たちが隠れていた瓦礫の山を突き崩した。
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