小説『Li...nk』
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「困ったことになりましたね」
ココは眉間に皺を寄せて棚に置いてある様々な文献を読み漁りながら呟いた。
漁っているのはラインについての文献。
ランディール王国で出会ったライン――ヴァンパイアのベルギオスは彼女らに通じる言葉で話していた。過去にそのようなラインがいたのかと、今までのラインについて記されているものを読み漁っている。
レイシャンたち四人はあの後、ランディール王国からフォアス帝国の港町ゾジアにある南部の軍基地に戻った。
幸い、大した負傷もなく、軽い手当てで事なきを得た彼とゼノン、そしてリィは客用の椅子に座りながらココを見守っている。
「二人とも、ラインが言葉を話し、人間の姿に化けることができると仮定し、それから考えられる最も危惧されることが分かりますか?」
視線を文献に置いたまま、不意にココは質問を投げ掛けた。
いきなりの質問に戸惑い、深く考え始めたレイシャンをよそに、すぐさま答えたのはゼノンだった。
「ラインが絶対に人間を襲うことを前提に考えて、国民の中にも潜んでいて、何らかの機会を窺っているかもしれない……と?」
満足のいく答えだったのか、ココは頷き、そして困ったように首を傾げる。
「その通りです。えっと――」
「ゼノン・ローファンスです」
胸に手を当ててお辞儀をする様子に紳士を彷彿とさせらる。
ココは「よろしくお願いします」と自己紹介を踏まえて丁寧に挨拶をした後、立ち上がり、読み終えた書物を全て棚に戻して、疲れた面持ちで再び椅子に座りおもむろに大きなため息をつく。
「……しかし、我々には誰がラインであるかなど知るべき方法がないのが現状です」
打つ手がないと言わんばかりに彼女は苦笑いで首を振る。
完全に人間に化けることが出来るなら確証がない限り白を切られる。その確証も人騒ぎ起きてからでは遅い、と彼女は付け足した。
今まで獣同然としか思っていなかったラインが実は人間並、いやそれ以上の知能を持っているという事実、そしてそれらに淘汰される恐れがある人類。
暫くの無言。絶望。何もすることができない自分への失望に肩を落とし、黙ることしかできなかった。
「……それに関して詳しい人を知っています」
突如にゼノンが口を開いた。
「……はい?」
あまりにも突然過ぎてココは呆けた声を上げる。
まさかこんな男がそのような人間とつてがあるのかと言いた気な疑惑の目が混ざっていた。
「ですからラインに関して詳しい人物を私は知っています。……別に気休めの嘘とかではないですよ」
おどけた様子で言うゼノンとは対照に彼の予想外の言葉にココは藁にも縋る勢いで荒々しく椅子から立ち上がり彼に詰め寄る。
「本当ですか!? ……その人とは一体?」
「……あまり口外できない情報ですがフィリス・フレイジオという人物をご存知ですか?」
一瞬、ほんの一瞬だが、リィの体がぴくりと反応した。
ココは目を逸らし「フレイジオ夫妻ですか……」と小さく呟く。
「名前は聞いたことはあります。共に優秀なライン研究者でしたがラインに襲われて亡くなった、と聞いていますが……」
ココの説明に「はい」と頷くゼノン。
「実は、死んだというのはデマで、辛うじて一命を取り留めたフィリス夫人はその後、セナス小国で隠れて研究を続けています。流れ者の私は手伝うことを条件に住まわせてもらっています」
彼の説明が終わるとココは「なるほど」と呟き、ゼノンに感謝の言葉を述べた。既に先程の焦りきった彼女の様子とは打って変わって、いつものように冷静なものへと戻っていた。
「……いい情報を得ました。ありがとうございます、ゼノンさん。私は今からこの件についてサネル長官と連絡を取ります。貴方たちは、今はゆっくり休んでいて下さい。部屋はこの部屋の一番奥空いてますから」
ココの指示に従い、三人は彼女の部屋を出て、指定された空き部屋に入る。
中の構造は初めてこの軍基地に来た時に貸してもらった部屋と同じく、窓やベッドなどと必要最低限なものしかなかった。
ゼノンは床に、リィは椅子に、そしてレイシャンはベッドに腰掛けて一息をつく。
不意にゼノンが「そういえば」と呟いて立ち上がり、リィを見た。
「自己紹介、まだだったな。俺はゼノン・ローファンス。君の話はレイシャンから聞いてるよリィちゃん。どうせセナス小国まで一緒に行くんだ。仲良くしようぜ」
満面の笑みを送り、手を差し延べると、それに乗じてリィはその手を握り締める。
「レイがどこまで話したのかしらないけど……あたしはリィ・ティアス。こちらこそよろしくね、ゼノン」
ひとしきり、二人は会話をすると今度はレイシャンが口を挟む。
「……そういえばリィは訓練したんだろ? どうだった?」
彼のその言葉に、リィはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに嬉しそうに大きく頷いた。
「うん。レイにも負けない自信はあるわよ。それに、あたしのおかげで二人はやられずに済んだしね」
「どういう意味だよ」
本当に意味が分からないようで怪訝そうに見つめる二人に、リィは「こういうことよ」と呟き、人差し指をレイシャンに向けてゆっくりと下に向ける。
するといきなり、彼の頭上から少量の氷の粒がぱらぱらと彼の頭に降り注ぐ。
何が起きたか分からないレイシャンは目をぱちくりとさせて落ちてきた氷の粒を拾い、見つめていた。
「な、なんだよこれ……」
「うーん、説明が難しいから魔法みたいなものと思えばいいよ」
すると、間髪入れずにゼノンが「あぁ!」と驚嘆混じりな声を上げた。
「なるほど、あのベルギオスってラインに向かって飛んできた氷柱はリィちゃんの仕業だったのか」
事の解決至った彼に、彼の言葉を聞いてようやく意味が分かり納得したレイシャン。その二人の様子を見てリィは満足そうに微笑む。
「そういうこ――」
と、と言い終わる前に部屋の外から物凄い勢いで廊下を蹴る音が聞こえた。少し驚いた感じでリィは言葉を留めてしまう。
それは次第にこちらに近付いてきて思いっきり部屋のドアが開かれた。
何事かと思った視線の先には、肩を上下に動いているフォアス帝国南部司令官のココが端正な顔に似つかわしくない凄まじい剣幕で表情で立っていたのである。
彼女は大きく深呼吸をして、一度わざとらしい咳払いをして「失礼しました」と頭を下げる。
「い、今しがたサネル長官からの連絡が戻ってきましたが、セナス小国がラインに攻められているという情報が入りました」
「なッ――!?」
予想外の展開に驚き、一同は一斉に立ち上がる。
そして真っ先に思い付くのはフィリス博士の安否。
「ど、どうにかならないんですか?」
青ざめた表情でリィが訊ねる。
「博士を心配するのは分かります。ですからあなたたちは一足先にセナス小国に向かっていただけますか? フォアス帝国も軍の編成が終わり次第そちらに向かいます」
急いでいるのか、素っ気なく踵を返す。
「で、でも俺たちで大丈夫なんですか?」
ランディール王国で過ごす内に確かに戦闘に慣れた。並大抵のラインだったら負けない自信もあった。
しかし、相手が――たとえ小国は言えど国中を徘徊するほどの数を相手をすることになると勝てる自信がない。
「情報では包囲されているのは上空だけで地上にはそこまでいないとの報告です。ですので地上を走れば難なく国内に入れるかと。それに――」
一国の存亡の危機に直面しているにも関わらず、南部司令官は曇りのない笑みを見せる。
「リィさんがいます。並大抵のラインなら、成長したあなたたちでなんとかなる筈です。時間は一刻を争います。急いで下さい!」
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