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小説『Li...nk』
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     ***


「なあ、ゼノン。いつまで採取するつもりなんだ? もう十分じゃないのか」
 レイシャンは側に置いてあるアンプルで敷き詰められている鞄を指差す。数は裕に三十種類はあるだろう。それを持つと結構な重さであり、突然ラインに襲われたりすると戦闘の邪魔にもなり、また守りきる自信も彼にはなかった。
「そうだけどさ、お前明日までこの国にいるんだろ? なら、俺も付き合うよ。仕事手伝ってもらったしな」
 ゼノンは鞄にぎっしりと詰まったアンプルを見せて嬉しそうに笑う。
 後一日で終わる。
 かれこれランディール王国に置き去りにされて九日が経った。
 この国に来てから、数えきれないほどラインと闘い、闘い方にも剣の扱い方にも慣れた。
 後一日過ごせばフォアス帝国へ戻れる。
 生き生きとした街並み、多すぎる雑踏を思い出すと嬉しさのあまり身体が震えた。
「なあ、レイシャン」
 嬉しさの余韻に浸っていると、ゼノンは不意に不敵な笑いを浮かべて詰め寄る。何か悪戯を思い付いたような子どものような目をしていた。
「さらに奥まで行ったら俺たちの実力が通用するのかな?」
 ゼノンは以前にラインは都に近くなるほど強くなっていると言った。実際、奥深く進むとケンタウロスに遭遇し、苦戦を強いられたことを考えると、それは嘘ではないかもしれない。
 そのことを考えると不安になる。
「実力も上がって、アンプルも増える。悪いことはないだろ?」
「……そうだな。うん、いこう!」
 しばしの考えの末、首を縦に振り、ゼノンとともにランディール王国の中枢へと向かった。


 ゼノンのスカイサイクルに乗って半日、ちょうど太陽が傾きはじめて水色の空が橙色に侵されていく頃に一つのまたもや廃屋を見つけた。
 もちろん家とは言い難い、何とか家の形を保ってるだけの瓦礫の塊であるが。
 首都まで後少しというところだが、休憩を取ることにした。
 二人は廃屋に入って腰を下ろす。
 廃屋の中は以前のものと変わらず何も無く、ガラスの欠片や風化した木片、そして瓦礫で敷き詰められていた。
 レイシャンは木の板を見つけ出し、下に敷いて腰を下ろす。一方ゼノンはというと、まだ崩れていない柱に立って寄り掛かり、水の入った皮袋を取り出して水分を補給していた。
「こうしてみるとこの国ってかなり大きいよな」
「そうだな。ランディールはフォアスの次に大きいからな。軍事力もフォアスと肩を並べるくらいあったのに――」
 会話の途中でゼノンは歩みを止めた。
 彼は目を細めながら何かを見ていた。
 それに釣られてレイシャンも彼が見ている方向へと視線を移す。
 男が一人、こちらに向かって歩いてきていた。ケンタウルスの時とは違って今度はちゃんとした人の姿。
 近づいてくるにつれてその容貌は明確になってきた。
 整った顔に燃えるような赤い髪。そして何より特徴的なのは顔の右半分を占めるほどの入れ墨のようなもの。
 その入れ墨……いや、彼が醸し出す雰囲気にに何か分からない感情を抱かせられた。

「お、こんなところに人間がいるなんて珍しいな」
 入れ墨の男は二人をまじまじと見ると、二人の前に立ち、握手を求めるかのように手を差し延べる。
 それを見てまだ警戒しているのか、ゼノンはゆっくりと手を差し出して、入れ墨の男の手と絡ませる。
「……あんたは?」
「そんなに警戒するなよ。俺はベルギオス。ただの……ラインだ!」
「え――」
 ゼノンがそう声を漏らした時には既に遅かった。
 ベルギオスと名乗った男はゼノンを軽々と投げ飛ばし、呆気に取られているレイシャンの腹に蹴りを叩き込んだ。
「知ってるぜ? お前らが好き勝手暴れてる人間か。なんだ、屈強な戦士かと思ったらなんだ、ガキじゃねぇか」
 男はつまらなそうな表情で倒れているゼノンを踏み足に力を入れる。
 ゼノンは喘ぎ声を上げてレイシャンに目をやる。
 口を必死に動かしている。おそらくは「逃げろ」と言っているのだろう。
 しかし、仲間を見捨て逃げるほど非情ではなく、立ち上がったレイシャンは叫び、剣を抜いてベルギオスに向かって横に薙ぐ。しかし、彼はは後ろに飛び退くことで、攻撃はあっさりと避けられた。
 だが代わりに、その場から離させることによりゼノンを解放することに成功した。
 レイシャンはゼノンに手を差し延べ、それに掴まらせて立ち上がらせると、再びベルギオスを見て、剣を構える。
「油断しなきゃ勝てるとでも言いたいのか? ふん、恐怖も何も知らない顔って感じだな。冥土の土産に世間ってものを教えといてやるぜ」
 ベルギオスは両手を広げる。
 すると何かを突き破るかのような音とともに彼の背中から蝙蝠のような大きな漆黒の翼が現れ、その瞳は彼の髪のように赤く染まり、口からは二本の鋭い牙が生えた。
 その姿はまるで、人々の血を糧とする生物、ヴァンパイア。
 彼と対峙するだけで分かる異様な気に戦慄する。
「す、姿が変わったからってなんだよ!」
 レイシャンは剣を振り上げ、下ろす。がくんと振り下ろした力が遮られ、体が少し痺れた。
「姿……人間と俺達ラインは根本的に違う。脆弱な人間より遥かに強靭な肉体をもったのがラインだ」
 ベルギオスの片手にはレイシャンの剣。手袋もなしに、素手で剣を止めていた。
 吸血鬼ベルギオスはその剣を強く握り締めた。
 彼の手からは一筋の赤い血が剣を伝い、落ちていく。
 みしみしと剣にひびが入る。
 仮にもフォアス帝国軍南部司令官の剣である。生半可な剣ではなくそれなりに質のいいはずだが、こうも安々とひびが入るとは、などと思うのと同時に、ひびは既に白銀の剣を横断した。
 甲高い音とともに剣が短くなると、ベルギオスの片手がレイシャンに襲い掛かる。
 その時だった。
 数本の矢が二人の後ろから真っ直ぐに飛んで来てベルギオスを襲う。
 手や体を掠めたベルギオスは、傷痕を押さえながら後ろに飛び警戒する。
 瓦礫に刺さった矢をよく見るとそれは矢ではなく、氷柱のような尖った氷だった。
 ベルギオスは手の傷を一瞥し、視線を矢が来た方向に向ける。
「あんた、フォアス帝国の司令官だな。……もう一人は知らないが」
 自分の遥か後ろには、あの南部司令官が剣を構え、その隣にはリィが、ベルギオスに警戒しながらゆっくりと向かって来ている。
「知らない間に随分と知られるようになったのですね。ですが、今はそのようなことはどうでもいいのです。二人とも、帰りましょう」
 ココはベルギオスを見向きもせずに、レイシャンとゼノンをスカイサイクルの方へ誘導する。
「なんだ、闘わないのかよ? つまらないな。……まあ、いいさ。どうせいつか闘うことになるんだろうからな。ガキども、それまで強くなっておけよ。今のままじゃつまらねぇからな」
 ベルギオスは逃げるレイシャンたちを追うこともなく、ただその様子を見ていた。
 また会うことを楽しみにするかのように不敵な笑みを浮かべながら視界から消え行くまで見送っていた。

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あきゅろす。
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