小説『Li...nk』
14...
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「全く、頑丈なラインだな」
ゼノンは剣を構えたまま、溜め息混じりにぼやいた。
現在二人が退治しているのは牛のような姿をしたライン。そのラインは長きにわたる闘いの末体に数多の傷を負い、息を切らしている。
突然、雄叫びを上げると、ゼノンからレイシャンへと攻撃対象を変えて突進する。
「レイシャン! そっちいったぞ!」
「任せとけ!」
逃げるためには体格的にゼノンより見劣りするレイシャンの方が倒しやすい。おそらく、そのような浅薄な考えで捨て身の突進したのだろう。しかし、今や真綿のように戦闘技術を吸収しているレイシャンは強く、ラインの攻撃を回避し、そのすれ違い様にラインの筋肉で締まった逞しい足に剣を凪いだ。
傷を負い、巨体を支えられなくなった足は折れ曲がり、ラインは顔面から地面に倒れ込む。
失神しているのかはたまた全力を出し切ったのか、動かないラインに、ゼノンは腕に注射器を刺して血液を採取する。赤い鮮血が十分に溜まると、腰に巻いている小さな鞄からアンプルを取り出してそれに移した。
空になった注射器をレイシャンは受け取り、水で洗う。その水は川で取った水だ。いくら荒廃したこの国でも、川だけは健全と流れていた。もちろんそれが逆に虚しさを感じさせるものだったのは言うまでもなかったが。
「それにしても、ここ数日で随分腕が上がったな」
アンプルを鞄に慎重に入れながらゼノンは口を開く。
「そうかな、あまり実感は無いけど」
「この調子でもっと奥まで進んでみないか?」
「……奥だったら何か違うのか?」
「不思議なことに奥の、首都に近い方が強いんだよ。まるで人間が大事な人を守るために警備を強くするようにな」
「城に何かあるのかな。ラインの王様とか」
「……さあな」
レイシャンはゼノンのスカイサイクルに乗り近郊に向かう。
半日程で近郊の街らしき場所に着いた。街らしき……というのは今までより瓦礫の量が違う、つまりは建っていた建造物の量が違うというだけの判断だが、ここが本当に街だったかどうかは住民だけが知っていることだろう。
どちらにしろ、その光景は背筋を凍らせるもので、家々は完璧に破壊しつくされていた。このまま瓦礫を掘り起こしたら白骨化した人間が出てくるのだろうか。それとも風化して何もないのだろうか。そんな余計なことを頭に巡らせながら辺りを見回してラインを探す。
「本当に……何も無いな」
レイシャンはゼノンに言葉を向ける。しかし、彼からの応答はない。
「……ゼノン?」
振り返ってみると彼はうずくまっていた。
どこか具合でも悪いのか、そう思いながら彼の元へ駆け寄ると、あることに気付いた。
指輪……だった。リングはいびつに曲がり、それにちょこんと乗っている宝石は濁り、輝きを失っている。その指輪をゼノンは拾い上げ、見詰めていた。
「指輪……?」
レイシャンが呟くとゼノンはそれを彼に向けて放り投げた。
慌てて受け止め、見てみると傷ついたリングに「親愛なる」と彫られている。その言葉の続きは潰れて見えなくなっている。
おそらくラインが進行してきた時にこのような状態になってしまったのだろう。
「婚約指輪かな?」
レイシャンの問い掛けにゼノンは無言で頷き、指輪を摘み上げる。
「渡す人も、渡すべき人も消えてしまったのか」
ゼノンは小さく呟くと、自分のポケットの中に指輪を落とした。
「あっ! お、おい!」
もちろんそれを見て止めようとするレイシャンだが、眼前に手を前に出されて先に制される形になった。
「この指輪は少なくとも数人のランディール王国の国民の無念が詰まってるだろうよ。だからこんなところに放置されるよか……な」
その台詞にレイシャンは言葉を詰まらせた。
まさかそんな事を考えているとは思いもしなかったのだ。てっきりそれを換金するのではないかという浅はかな考えを持っていたことに恥じた。
不意に、瓦礫の先から何かが見えた。ゼノンの肩を軽く叩いて今は瓦礫で見えないが、そこにいた存在を知らせるように指をさす。
「あれは……人か? 何だってこんなところに」
「考古学者とかじゃないのか?」
「ランディールが滅んだのは十年あるかないか、そんなに古くないし文献もジェナにあるのに一体何の歴史を調べるんだよ」
そんな相手の素性について話している時、急にその男がこちらを向いた。しっかりと目があってしまった。見たところ優しそうな顔つきの青年。
レイシャンは一度頭を下げて挨拶をする。
男はこちらに向かってくる。
瓦礫から彼の体全てが露になった時、背筋が凍った。
その姿は彼の予想を裏切るものだった。
人間の上半身、下半身から馬の姿をしていた。
「あれは……ケンタウロスか!? レイ、構えろ!」
ゼノンの忠告も虚しく、構える前にケンタウロスは瞬時に二人の前に駆け寄り、持っていた長槍で――二人もろとも殺すつもりなのか、大きく薙いだ。
反射的にゼノンは剣で攻撃を防ぐ。金属と金属がぶつかり合う独特の音が耳をつんざいた。
互いに鍔迫り合いの状態が続く。
「……なかなか強いじゃねぇか」
二人は互いに武器を交差させて身動きが取れない。
やるなら今しかないと考えたレイシャンは剣を構えて彼、ケンタウロス目掛けて縦に降り下ろす。
しかし危険を察知したケンタウロスは一瞬にして槍をゼノンの剣から離して軽々と避けた。
「すばしっこいやつだ! ゼノン、足だ。足を狙うぞ」
そう叫ぶとゼノンは小さく頷き、大きく回って二人のいる方向へ変えているケンタウロスと対峙する。
獲物を仕留めれなくて苛立っているのか、目を怒らせて凄まじい速度で突撃してくる。距離は大分開いているが、それはケンタウロスの――馬の足だったら無いも同然の距離だった。
狙いはゼノン。徐々に彼との距離が縮まっていく。
彼とケンタウロスとの距離が縮まり、ちょうど大人二人分が横に寝ているくらいの距離、レイシャンは二人の間に躍り出て、剣をケンタウロスに向けて横薙ぎに振る。
予想範囲内の事態なのか、ケンタウロスは軽々と彼の上を飛び越えて躱した。
レイシャンは確信した。これで彼は次のゼノンの攻撃を躱すことができないだろう、と。
「今だゼノン!」
レイシャンは叫ぶ。
それに呼応するかのように、ゼノンが宙に浮いているケンタウロスに突撃するように飛び掛かり、すれ違いざまに前足から胴体にかけて斬り裂いた。
最大の武器であるだろう足を失ったケンタウロスは、その巨体を支えることが出来ずに崩れるように地面に倒れた。
死を覚悟したのか、それとも恐怖なのかケンタウロスは二人を睨み付けたまま微動だにしない。ともかく戦闘意志が無くなったと見て、ゼノンはしゃがみ、慣れた手つきでケンタウロスの無傷の方の足に注射針を打ち込みの血液を採取する。
「……さて、行くか。こいつが怒って暴れだす前に」
一連の作業を終えると、立ち上がり様に彼は言った。
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