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小説『Li...nk』
8...
「……おそらく、その日記の数日後にジェイクは死んだんだろう。まぁ、最後の日記を見る限りおよそ二年前まで生きていたんだから、九十歳はゆうに超えてる。いつ死んでもおかしくない歳だ」
「それに何よ……魂を束縛するって。そんなことが可能なの!?」
 ジェイクの日記を手に、わなわなと震えるリィ。
 魂とは目に見えぬ存在。それをさも当たり前のように公言するどころか、魂を束縛するなどという不可解極まりない実験を疑わない方が酷というものであった。
「さあな。ただ一部だがその内容と当てはまる人間を見たんだろ? 可能なことが証明されているんだ」
 当てはまる人間――
 旅の途中に出会った、翼もスカイサイクルも使わずに空を飛ぶ人間、リュウジ。
 確かに、サネルの言う通り、一度、そのような人間を見てしまった限り信じるほかない。
「サネルさん、これに書いている魂を束縛するにあたってできるリスクって一体……?」
 レイシャンは日記をリィから受け取り、ページを戻してその一文を見せるようにサネルに手渡す。
「それが分からないんだ。大事なところを書き忘れたのか、はたまた意図的に書かなかったのか、な」
 そしてまたもや沈黙。
 この先どうすればいいか分からないことと、もしかしたらセイルが本当に“束縛された魂たち”なのか、そしてそれなら彼にも魂を束縛した時に生じた何らかの事態が迫っていることへの不安が入り雑じっての沈黙だった。
 黙ったまま、暫くが経った。太陽は刻一刻と高く上っていく。
「ところで、話は変わるんだが……」
 不意に話を切り出したサネルに、二人は怪訝そうな顔を上げた。
「これからどうするんだ? セイルが束縛された魂たちの一員ってことを確かめに行くのか?」
「はい。確かめて問いただしてやります
 リィの即答。するとサネルは眉間に皺を寄せ、一気に表情が厳しくなるのが分かった。
 そして彼はジェイクの研究日誌を手の甲で打ちながら、まるで尋問するかのように訊ねる。
「束縛された魂たちはライン対策に造られた人間たちだ。当然ラインが現れるところに現れるだろうな。そんな中に授業とかでしか武器を持ったことのない、更に言えば実戦経験ゼロなお前たちが入って大丈夫なのか? 大丈夫なわけないだろう。死にに行くみたいなもんだ」
「そ、それは……」
 言葉につまる彼女にすかさずサネルは口を挟む。
「言葉に詰まるってことは否めないんだろう?」
 サネルは二人を睨み付けながらこちらに向かって来る。向かって来る威圧感に流石に少し怖じ気づく。
「その沈黙が答えだ」
 サネルは踵を返し、机に戻ろうとすると、俯いているリィと代わるようにレイシャンが勢いよく顔をあげる。
 サネルは彼を一瞥して、どうしたのかと訊ねる。
「……サネルさん、あなたはフォアス帝国軍のトップなんですよね? それなら――」
 続きを言わずとも次の語句が手にとるように分かる。
 あまりも浅薄な考えにサネルは嘲るように笑い、彼を見据える。
「鍛えろってか? 無理な相談だな。そう、俺はこの国の軍のリーダーだ。だから流石にそんな時間はないのは当たり前だろうが」
 少し強い口調で言うとレイシャンは風船が萎むように表情が沈む。
「……それにこれはリィの親父からの遺言でもあるんだよ」
「え……? 遺言?」
 サネルは付け足すように言うと、今度はリィが顔を上げる。
 今初めてそんなことを聞いたと言う表情だった。
「そうだ。何があっても二人を闘いの道を歩ませないようにしてくれってな。残念ながらセイルのほうは守れなかったが、せめてお前だけでも約束を守らなければならない」
「それがセイルを連れて帰る事だとしても……ですか?」
 その台詞に一瞬顔を歪ませ、更に言葉を詰まらせるが、一拍置いて「そうだ」と言って頷いて見せた。
 その瞬間、バンッと乾いた音が炸裂した。
 リィが机を両手で叩いたのだ。
「セイルは唯一の家族なんです。もう独りは嫌なんです! もう独りは――っ!」
 声を震わせて力の限り訴える。
 サネルは目を閉じたまま、微動だにしない。
 ただ、リィの嗚咽だけが部屋を満たす。
「だから……だからあいつを取り戻すなら、あたしはどれだけ傷ついても――」
 サネルはリィの肩にその大きな手を乗せて、それ以上言うなと言わんばかりに首を横に振る。
 そしてすぐに手を離し、窓の前に立って窓を開けて身を乗り出して外の景色を眺める。
 風が染み付いた煙草の臭いを洗い流すように部屋に入り込んできた。
 外は晴れ晴れとしていて雲一つ無かった。
「ふう、家族揃って頑固なことだな。分かった。分かったよ。出来る限り力を貸してやる。……俺だってお前を実の娘のように思ってるんだから心配してんだからな?」
 その言葉に二人は驚きと喜びが混ざった顔をしながら彼を見た。
 彼の表情は多少、困った顔をしていたが、優しく微笑むその姿を言い表すならば「父」という単語。
 二人は深々と頭を下げて感謝を述べた。
 始めから迷惑をかけているのは分かっていた。しかし、それを越えてでも譲れないもののため。
 感謝と謝罪のお辞儀だった。
 一段落着いたと言わんばかりに新たな煙草を取り出して火を付ける。
「取り敢えず……強くなるためには経験を積むことだな。死なないためにも、な」
 その言葉にレイシャンは疑問符を浮かべて訊ねる。
「でも、こんな俺たちでも倒せるような手頃なラインとかいるんですか?」
「知らん。取り敢えず、ラインの報告が一番少ない南部に行って実戦経験を積んでこい。あそこなら俺よか大分暇している、かつラインよりも強い南部司令官に稽古つけてもらえるしな。ちゃんと南部司令官には伝えといてやる」
 そう言うとサネルは机の引き出しから地図を取りだし、リィに投げ渡し、「行ってこい」と手をひらひらと返す。
 地図を受けとった彼女は再三礼を言い部屋を後にする。
 続いてレイシャンも出ようとドアノブに手を掛けようとすると、不意に後ろから「おい」と野太い声が飛んできた。
 驚いて振り返るとサネルが神妙な顔つきで手招きをしている。
 レイシャンは小走りで寄ると、サネルが強引に握手をしてきた。
 その瞬間、ゴツゴツした何かがレイシャンの手に収まった。
 彼の手にしては無理がある感触。
 彼は慌てて手の中にあるそれを見る。
「こ、これは……」
 中身を見なくても分かるそれは貨幣だった。
 貨幣は手に収まる程度の皮袋にぎっしりと詰め込まれていた。
 レイシャンは慌ててそれを返そうとするが、サネルはそれを彼に握らせたまま耳打ちをする。
「旅費に使え。リィに渡そうとしても絶対に断るだろうからな。さ、早く行け。あんまり長くいると疑われるぞ」
 サネルはレイシャンの背中を手の平で軽く叩く。
「……ありがとうございます」
 レイシャンは深々と頭を下げて礼をすると、皮袋をポケットに詰め込んで、一目散に走ってリィの後を追った。


    ***


 二人がいなくなり、一人残されたサネルは、窓から二人が城から出ていくのをこっそり見送る。
 二人が見えなくなるのを見届けると、彼は本棚から一冊の本を取り出す。
 付箋らしきものが挟まれているページを開くと、それは付箋ではなく、写真だった。
 今より少し若いサネルと、さらに若い男が緒に写っている。
 それを見ながらサネルは溜め息をついて絞り出すように呟く。
「俺はまた……約束を破ってしまったよ。お前の愛する娘をも闘いの道へ歩ませてしまった。でも、何故かこれでいいと思うんだよな」
 サネルは煙草を取り出して口にくわえる。そして弱々しい笑みを一瞬浮かべると、写真に写っている銀髪の男に触れる。
「お前はどう思う?」
 彼は今はいないその男のことを思い出しながら彼は煙草に火をつけた。


    ***


 地図を見ながら最短距離を選んで南部の司令官がいるゾジアという街へ向かうリィたち。
 既に位置的には南部に至るが、ゾジアの街があるのはもっと南。海に面している、つまりは港街である。
「こりゃあ一日で着くのは無理だな。そろそろ宿を決めた方がいいんじゃないかな?」
 後ろですることもなく、ぼんやりとしているレイシャンは太陽が沈みかけているのを見てぼんやりと訊ねる。
「でもここら辺は宿がないみたいだよ」
「ど、どうするんだよ?」
「見つかるまで走り続けるつもり」
 見つからなかったらゾジアまで、という意味だとレイシャンが気付くのはそう時間がかからなかった。
 彼はげんなりしつつ空を見上げた。
 まだ太陽が燦々と輝いている。
 これから日が暮れるまでスカイサイクル――しかも後部席で居続けるとなると堪ったものではない。
「何かいい暇潰しってないかな」
「そんなのあるわけ――」
 リィは口をつぐみ、急にスカイサイクルを停止させる。
 あまりに突拍子もなく止めたため、レイシャンは前にバランスを崩して、前部席に頭突きをするはめになった。
「痛たたたた……。どうしたんだよリィ、急に止めてなんかして」
 レイシャンは頭を擦りながら彼女を見上げる。当の彼女は前を指差している。
 その指に沿って首を捩る。
 そこにはまさかの人混み。近隣の住民の全員なのかその数は意外と多い。
 彼らは何か口論しているらしく、激しい怒鳴り合いが聞こえる。
「喧嘩かな?」
 レイシャンの言葉にリィは首を横に振る。
「それにしては人が多すぎない? 取り敢えず行ってみようよ」
 リィはスカイサイクルから降りると続いてレイシャンも降り、それを押しながら人混みに近づいていく。
 人混みに着くと、二人に気付いた中年の男が二人に声をかけてきた。
「こんなところに珍しいな。こんな物騒な時に旅行かね?」

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あきゅろす。
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