小説『Li...nk』
7...
「何を話してんのかな?」
彼らの話が聞こえるようにとさらに顔を出す。
「ちょっと! そんなに顔を出したら見つかるでしょ!?」
既にドアの隙間から顔が出ており、見つかるどうこうの問題ではなかった。振り向いた瞬間、必ず視界に入ることだろう。
注意しても聞かない彼を見限って、リィは彼の白い髪を掴み、後ろへ引っ張って強制的にドアから引き剥がす。
「痛たたた!? 髪が抜ける抜ける!」
レイシャンはあまりの痛さに小声ながらも声をあげて、そしてのたうち回る。
「ばれないように声を潜めて言えるんだからまだまだ余裕じゃない」
彼女は手を放してドアの隙間から少し顔を覗かせる。
彼女が見た頃にはちょうど会議は終わったらしく見知らぬ四人はこちらに向かってきていた。
「こっち来た! レイ、隠れよう!」
リィはレイシャンの腕を掴み、近くにあった派手やかな装飾が施された大きな壺の中と後ろに潜み、彼らが出ていくのを待った。
やがて、四人が去ったのを確認すると、そこから出て改めて執務室をノックする。
サネルの返事が返ってくると、ドアを開けた。
中には未だにペンを走らせている大男、サネルの姿一人だけ。
「うーん……。お前ら覗くならばれないように覗け」
二人はサネルが顔も見ずに言ってくれたおかげで、熟れたトマトのように赤面したのを見られなかったのが幸いと心のなかで胸を撫で下ろした。
「サネルさん、さっきの人たちは?」
当然とも言えるレイシャンの質問にサネルは顎髭を撫でながら椅子にもたれ掛かる。
「さっきの? あぁ、あいつらは他の司令官だ」
「以外に若い人が多いんですね。女の人もいたし……」
「あぁ、だが若いからとか、女だからとかって見くびるなよ。ああ見えてもあの四人は、何千、何万という軍の中から、統率力から個人の戦闘能力まで全ての面において認められて選び抜かれた強者だぜ」
まるで大切なものを自慢するかのごとく、サネルは煙草のヤニで汚れた歯を見せて笑う。
「はあ、それはまた凄いですね」
兵士でも司令官でもないレイシャンはその話の凄さが分からず、半ば棒読みで答える。
その反応に目も暮れずにサネルは笑いながら「そうだろう」と繰り返した。
やがて気分が落ち着くと、彼は新たな煙草を取り出しながら、話題を転換する。
「……それはともかく話は昨日に戻るが、リィ。お前の方から来るってことは何か用があるのか?」
急に真剣な顔つきになったサネルに、リィは姿勢を正す。
ついに本題。リィは二回、深呼吸をして呼吸を整える。
「はい、セイルが姿を見せました」
するとサネルは飛び出てしまうのではないかと言うほど目を大きく開いて、椅子から立ち上がる。
あまりにも勢いよく立ち上がったせいで椅子は後ろに倒れ、騒々しい音を立てた。
それに驚いたのはレイシャンだけで、他の二人はそれどころじゃないほどの事態で気にも止めなかった。
リィはポケットからあの新聞の記事を取り出してサネルに渡す。
彼はそれを手に取り、目を動かしながら記事を読む。
やがて読み終わると彼はゆっくりと顔をあげて二人を見る。
「詳しく話してくれるか?」
彼は眉間に皺を寄せて言った。皺だらけの顔にさらに皺が刻まれている。
「それが――」
リィは横にいるレイシャンが二日前にセイルが写っていた新聞を持ってきたこと。そのセイルが怪しげなコートを着ていて、同じ服装の一昨日会った、不思議な能力を持つリュウジという男に会ったことを話した。
話終わるとサネルは目を閉じたまま動かなかった。
偶然に部屋の外も人通りが減ったのか静かになり、余計に静寂が際立つ。
「宙に浮く力を持つ黒いコートの男……ねぇ。全く、スカイサイクルいらずだな」
サネルはゆっくりと目を開き、既に三本目となった煙草を灰皿に擦りつける。
二人の話に驚きもしないで、また疑いもしない様子を見て、サネルは何かしらそれについて知っていると見てリィは口を開く。
「何か……知っていますか?」
サネルは何も答えずにただ煙草の吸い柄から立ち上る煙をぼんやりと見ている。
それを見てリィは「そうですか」と小さく呟いてうなだれる。
レイシャンはというと誰にも気付かれないようにため息をついて気まずそうに顔をしかめた。
「いや、知らなくはないんだが……。機密情報だからな」
それなら一層知ることは出来ないと知り、彼女は顔を上げ、軽くお辞儀をしてお礼を述べる。
「レイ、行こう。おじさん、本当にありがとうございました」
リィは背を向けてドアに手を掛けようした時、急に後ろから荒々しく椅子が床を擦る音が聞こえる。
二人は驚いて後ろを見てみると、サネルは立ち上がり、首に手を当てて一回骨を鳴らしていた。
「誰も教えないとは言ってないぜ。亡き親友の愛娘の頼みときたら断るわけにはいかないしな。……だが、絶対に外部に漏らしたりするなよ」
彼は睨みつけるように目を細めて呟く。
「そ、そんなに重大な内容が書かれているんですか!?」
「あぁ。世界を揺るがすほどのモンだ」
レイシャンは目を見開いて驚いた表情をさらけ出すと、サネルは鼻で笑うと、部屋の端に置かれている花瓶を退ける。
花瓶があったそこには、小さな銀色の鍵が置かれていた。
サネルはそれを拾い上げ、机の棚に差し込んで一回手を捻る。
ガチャリといかにもロックが外れたような音が出ると彼は棚を引いた。
そして彼が取り出して机に置いたものは一冊のノート。
それは大分古いものらしく、長い間空気にさらされたせいか黄ばんでいた。
表紙には「28」とだけ記されている。
「これは研究日誌だ」
「研究日誌? 一体誰の……?」
すかさず訊ねるレイシャンに、サネルは慌てるなと言わんばかりに手を出して制止する。
「ルベル・フォン・ジェイクって知ってるか?」
聞き慣れない人名に首を振る二人に、サネルは髭を撫でながら説明を始める。
「ジェイクはライン研究の第一人者だ。命懸けでラインの生体を探り、また、後々ラインが世界を脅かすと見て、真っ先に対策にうちこんだ」
彼は灰皿に置かれた煙草から立ち上る煙を見る。
勢いよく上り、やがて消えていく。それがまるで、人の一生とでも言わんばかりに。
「そんな英雄とも等しい彼が……いつだったかな。あぁ、そう。三十年ほど前に姿を消したんだ」
「姿を……消した?」
その言葉にリィは間髪をいれずにおうむ返しに訊ねる。
彼女にとってそのワードは聞き捨てならなかった。同じく突如姿を消したセイルと何か関係があるのではないか。そう思わせたのだ。
その反応を予想していたかのようにサネルは一回、大きく首肯した。
「そう、セイルと同じ状況だ。だがあいつとは少し違ってな。おい、これを見てみろ」
サネルはジェイクの研究日誌を次々と捲っていき、あるページで手を止め、二人の方に向ける。
二人が覗く先には、目を疑うような言葉が羅列していた。
『〇月△日、私はついに人間の潜在能力を究極値まで引き出すことに成功した。
しかし、それをする為には相応のリスクがある事も分かった。それは“魂を束縛しなければならない”ということ。
しかし、どうやら魂を束縛された人間は内に秘められた力を発揮出来るようだ。
しかもそれは人によって種類が違うのだ。つまり、何億もの……いやそれ以上の能力の種類があるに違いない。
これならラインをどうにかできるかもしれない。
どうにかしてラインを止めなければ世界は崩壊してしまうだろう。その為にはこの実験を続けなければならない。
平和のための犠牲とは悲しいものだが私はこの研究を続けよう』
『●月□日、私はリスクを考えた上で十三人の人間の魂を束縛した。魂を束縛をした彼らは自ら願い出たのだった。
これで我が世界は安泰であろう。私はそんな彼等を敬意を込めて“束縛された魂たち”と呼ぼう』
『□月○日、私はもう永く生きることができないだろう。
しかし、まだ彼らを解放する術を見つけていない。私が生きている間に、彼らをもとに戻す術を研究しなければ……』
そしてページを捲る。しかし、次のページは何も書かれていなく、何らかのシミで汚れているだけであった。
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