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leak out(エステル&ジュディス&リタ+ユーリ)

【leak out】


「痛あっ!」
 体を覆う泡を落とそうと、自らの身体に湯をかけようとしたところでそんな声が響き、エステルはぎょっとなって振り返った。
「あら痛そう」
「痛そうってか、実際に痛いのよ! あたた、すっかり忘れてたわ……」
 湯船に浸かり呑気な感想を述べたジュディスを恨めしそうに見つつ、リタは痛みの波が去るのを耐えて待つ。彼女の押さえている手の下に恐らくその忘れていたという傷口があるのだろう。失念していた傷口にユウマンジュ特有の少し熱めの湯をかぶった際の痛みを想像してエステルは身が竦み上がらせた。パーティーにおいて戦闘のほぼ回復役を担うエステルとしては、痛恨のミスというべきものだった。身体中を泡だらけにしたまま、リタへと駆け寄り患部を確認しようと少女のそばに膝まづく。
「ちょ、な、エステルっ! あんた泡ぐらい流しなさいよ!」
 当惑するリタの言葉を流し、押さえている手を退けると、細い二の腕に瘡蓋になる前の痛々しい赤が目に飛び込んできて顔をしかめた。ほぼ無意識にエステルの泡だらけの身体の下に術式が構築され、淡く白い光がリタの二の腕に吸い込まれた。
 光が消えるのと同時に消え入るような声でリタが、ありがと、と呟く。エステルは慌ててかぶりを振った。
「その時に気付かなくてごめんなさい」
「エステルが謝ることないわよ! 悪いのはあたし……いいえ、あのガキんちょなんだから!!」
 エステルはきょとんとなる。果たしてどの場面だったかと記憶の引き出しを探る。ああ、と思い至った表情はジュディスだ。
「いくら虫が嫌いだからってあいつ、虫を引き連れてきてあたしの後ろに隠れたのよ! しかも詠唱中に! 信じられない!」
 リタが嫌悪感を露に吐き捨てる。詠唱中に魔物に襲われる事の辛さは、エステルも経験上嫌というほど分かっている。それ故苦笑を浮かべた。
「でもそれって、思わずリタの後ろに隠れてしまうほど、カロルにとってリタは頼れる存在なんですね」
 そう見解を告げると、何故だか一瞬時が止まった。リタが信じられないものを見るような目でこちらを見ている。なにかおかしいことを言っただろうか?
「〜〜な訳ないでしょ! こっちは願い下げだってのよ。あたしは頼られるのが嫌いなの。むしろーー」
「頼りたい?」
 リタの言葉を継いでそう言うと、彼女はぎょっとなった。ジュディスも意味深な流し目で、
「例えば、ふざけているようで詠唱中には防護射撃をくれたり、見てないようでいて辛いときにはしっかりと回復効果のある術技を飛ばしてくれる、ような人に?」
「な、な……だだ誰があんなおっさんなんか!!」
「あら。おじさまのことだなんて一言も言っていないのだけど?」
 顔を真っ赤にして言葉を詰まらせるリタの睨みを受け流し、優雅に湯から出ると、ジュディスは髪をほどいて洗い始めた。
「えっと、でもレイヴンは確かに頼りになりますよね」
「どこがよ。あんな胡散臭いだけのおっさん」
 リタの酷い物言いに苦笑しながらエステルも湯船に入る。冷えた身体に湯が心地よく沁みる。
「ていうか、頼りになるのなんていないじゃない。胡散臭いおっさんに、ガキんちょに、前科持ちだなんて、ここまで旅を続けて来られたのが不思議で仕方ないわ」
「そうでしょうか。皆とっても頼りになりますよ?」
「お姫様は寛容ね」
 ジュディスが長い蒼髪に湯を注ぐのをみつめながらもエステルのエメラルドブルーの瞳はきょとんと丸くなった。リタが、湯に浸かり続けて少しばかりのぼせたのか、湯槽に腰を下ろし、そうよ、と同意する。
 それから彼女は口を尖らせて抗議するようにこう言った。
「じゃあエステルは、あんな連中とずっと一緒に暮らしていけるほどあいつらの事、頼りになるって言うの?」
「……………え?」
 今度こそエステルはきょとんとなった。
 視界の端でジュディスが肩を揺らしたのが見えたが、エステルにはいよいよ訳が分からない。戸惑った視線で、どういう事です? と問おうとして、
「結婚出来るか、ということかしら?」
 ジュディスの涼やかな声が先回りして答えを詳らかにした。一瞬遅れて別の戸惑いがエステルを支配し、その質問をエステルに突き付けた筈のリタが何故か赤くなっていた。湯に浸かりすぎたせいではないらしい。
「………リタは、どうなんです?」
 やっとの事で絞り出した言葉が何故かそれだった。繰り出した攻撃をカウンターされたリタは、それを見越してなかったのか、呂律の回らない舌で大いに慌てた。
「ああああたし!? 嫌よ! 絶っっ対、に! 嫌!! あんなおっさんとこの先ずっと一緒だなんて考えただけで吐きそう!」
「おじさまのことだなんて一言も言っていないのだけど?」
 慌てながらも律儀に答えるところがこの少女の可愛らしいところか。
「そそういうあんたはどうなのよ!?」
 ルーレットの針がジュディスという目でぴたりと止まるかのような振りに若干楽しそうな様子を見せた伝説のギャンブラーは、人差し指を顎に当て、そうねえと思案。焦れるような沈黙の後、
「考えもつかないわ」
 さらりとそう言ってのけた。
「なんっなのよぉ!!」
 渾身の術技をいとも容易くかわされたリタとしては当然の憤慨である。
「私にはずっとバウルが一緒だったから彼以外の誰かと一緒に暮らすだなんて想像も付かないもの」
 再び蒼い髪を頭の高い位置で纏めたジュディスが湯舟に戻ってきた。早風呂の彼女にしては珍しい。
「でも、カロルはああ見えて頑張っていると思うわよ。ギルドの首領の仕事も、他のギルドの首領に揉まれながらよくやっていると思うわ」
「カロルは頑張りやさんですもんね」
 リタとしては反論もないらしく、しかし簡単に認めることには抵抗があるらしく、なにか言いたげに押し黙っていた。
「で。エステルはどうなのかしら?」
 クリティア族の美人ディーラーはルーレットの針をエステルでぴたりと止めた。
「やっぱり騎士様なのかしら」
「フレン、ですか」
 金髪の騎士の爽やかな微笑みが脳裏に浮かぶ。
「そうですね、彼は誰よりもこの国の事を考えていますし、何より民にも好かれています。帝国になくてはならない存在だとーー」
「あいつは駄目ね。面白くないもの。エステルを任せらんないわ」
「え? え?」
「じゃあ、ユーリ?」
 エステルをさりげなくフォローしてくれる際の、不意に近付いた精悍な顔付きが浮かぶ。
 ーーあ、れ……?
 一瞬体が熱いような頭がくらくらするような感覚を覚えてエステルはしぱしぱと目蓋をしばたたいた。
「まあ、あいつがいる限りエステルに危険はないって思うわよ。思うけど、なんか渡したくないの!!」
「安定した生活は確実に約束されない、わね」
 どきどきどき、と、やけに鼓動が速い。
 エステルのただならぬ様子にリタもジュディスも揃って顔を覗き込む。
「顔が赤いわね」
「あんた、まさか、え! そうなの?!」
「でも一番落ち着いて……」
 次いで口を開きかけて、目蓋が勝手に閉じる。意思が遠退いて体は浴槽の中で少しずつ傾きだした。
「エステル!」
 エステルは、のぼせてしまった。

 気が付くと、さわさわと心地よい風が全身を包んでいた。初め、脱衣所の送風魔導器の微風を浴びているのだと思った。でも、どうやら違ったようだ。景色が違う。脱衣所ではない。どこか靄掛かって非現実めいていた意識が段々クリアになってきて、自分の状況を認識し始めた時、
「よう、お目覚めか?」
 そんな声が間近から降ってきて、エステルは一瞬にして自分と周囲の環境を覚った。
 ユーリが、寝ている自分の傍らに腰を下ろし、呆れたような瞳でエステルを見下ろしていた。彼はなにか薄い紙のような物をぱたぱたと動かし、そこから生まれる微風がエステルのピンク色の前髪を揺らしている。
「ったく……なにやってんだよ、おまえは」
「……えっと、あの……すみません」
 気配からリタやジュディス、それに他の仲間も居ないらしい。
「体、休めにきてぶっ倒れてたら意味ないだろうが」
「………ごめんなさい」
 謝るしかない。
 ぱたぱたぱた。さわさわさわ。
 彼はまだなにか言いたそうだったが、ため息を吐くことで小言は終わりにしたようだった。
「………で」
 突如声のトーンが変わり、彼が何かを言い出す気配を感じてエステルはじっと待つ。
「のぼせるほど一体なにを長々と喋ってたんだ?」
 素直に記憶を掘り返し、掘り返してゆくごとに浴場でのリタとジュディスとの会話を思いだし、
『じゃあ、ユーリ?』
 エステルの心臓がどきりと跳ねた。しかもその当人である彼がこんなに近くにいる。軽やかというよりかは軽快過ぎるほどにステップを刻む心臓はさらさら大人しくなる気はないらしい。
 どきどきどき。
 ぱたぱたぱた、さわさわさわ。
 どきどきどき。
「それは……」
 エステルがユーリを見る。ユーリがエステルをじっと見つめる。エステルは目を逸らせない。
「それは……」
「それは?」
 穏やかでのんびりしたユウマンジュの空気が一瞬止まったと、その時誰もが思った。
「一番……ーー、落ち着いてるのは、ラピードだなあって……」
「……………は?」
 空気が動き出した。
「落ち着いてて、安心感があって、どっしり構えてて、すごいですよね、ラピードって」
「そう、だな」
 エステルだけは浴場のあの時の話の続きを話しているつもりでいたのだが、彼女は知らない。
 女風呂で繰り広げられていたガールズトークを隣接する男風呂に居た全員が聞いていたことも。
 エステルの異変に何かを感じ取ったリタと興味本意で部外者特有の高みの見物を決め込んだジュディスの視線と同じくレイヴンとカロルのそれが今も自分に注がれていることも。
 そんな彼らの半ば予想できた失望の溜め息も。
 エステルの介抱を強引に押し付けられたユーリの心中も。
 呑気そうに続きを話す彼女は、全く知らない。
 そして、ユウマンジュの外で、今話の主役に抜擢されているラピードが退屈そうに欠伸をしたのも、エステルには全く知る由もないことだった。




ここまで読んで下さってありがとうございます。

設定が分かりにくくて申し訳ないのですが、フレンのみその場にいません。入れさせて頂いたCP要素としては、リタ→レイヴン? とエステル→←ユーリ? みたいな感じです。イメージとしては好き勝手ばかり言ってる女子、男子は見えないところでぎりりとなってます。

アオさま、大変お待たせした上に駄文で申し訳ありませんが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



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