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first night(フレン×エステル)

「あの、フレン?!」
 困惑したエステルの声が耳のすぐ近くで聴こえる。その近さと言えば、声と一緒に彼女の吐息さえも耳にかかるほど。
「何でしょうか、エステリーゼ様」
 彼女の言いたいことなどすでに分かりきっているが、フレンは敢えてすっとぼけてみせる。
「あの、離してーー」
 自分の腕の中で居心地が悪そうに身をよじる彼女を逃がすまいと抱きしめる腕に力を込め、
「嫌です」
 かぶせるようにフレンは即答した。


【first night】


 かつての旅の仲間達との邂逅を目前に、エステルは終始浮かれていた。今はそれぞれの目的の為、世界の方々に散っている仲間達。それが、この度実に久しぶりに集う。嬉しい気持ちを抑えられる訳がない。向かうはダングレスト。ザーフィアスに在住していたエステルとフレンも、ダングレスト目指しこれまた久方ぶりとなる旅を進めていた。
 果たして旅は滞りなく進み、日の入りに導かれるようにしてヘリオード入り。到着を明日に予定し、宿で一泊しようとした矢先。
 この旅で初となる問題が起こった。

「あと一室しかない?」
 フレンの困った顔に、エステルはきょとんとなった。宿屋の主人が恐縮している。副帝と騎士団長の為に急いでもう一室空けようとしだしたのを、フレンは制する。そんなことはフレンも、もちろんエステルも決して望んではいない。
 フレンは、その最後の一室を借りた。そのことが、部屋の空きが一室しかないといったことなど、まるで問題とは思えぬ程の、この旅始まって以来一番の問題に発展するとは、今のエステルには思いもよらなかった。

「それではエステリーゼ様、ごゆっくりおやすみください」
 そう言って、部屋を出ていこうとするフレンをエステルは慌てて引き留めた。
「え? フレンは何処に行くんです?」
「僕は外にいます。何かあればお知らせください」
「外って……どうして?」
 フレンは平然と答える。
「どうして、と言われましても、エステリーゼ様と寝室を共にするわけにはいきませんから」
 先ほどの宿屋の主人とフレンのやり取りを思い出す。ちくりと胸に痛みを感じた。
「フレン、わたしはあなたのことを従者だなんて決して思っていません。確かに、わたし達はそういった肩書きを戴いてはいます。だけど、あなたはずっと一緒に旅をしてきた仲間じゃないですか! なのに、それなのに……」
「…………エステリーゼ様」
 いつの間にか俯かせていた頭を上げると、実に複雑そうなフレンの表情があった。それがどういった彼の気持ちの表れなのか、エステルには分からない。自分の気持ちが伝わったのか、そうでないのか。今一つ彼の表情からは読み取れなくて、それでもじっとフレンを見つめていると、彼はやがて小さく息を吐いた。
「……分かりました。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
 エステルは安堵して、表情を弛めた。しかし、それだけでは彼女の中の全ては解決しない。


「考えたらフレンがドアの外で見張らなくても、ここは町なんですから魔物は入ってこないはずです!」
 明るく言いながらエステルは白の法衣を脱いだ。ピンクの内服姿となったエステルから素早く体ごと背を向けたフレンが、ごく小さな声で何かを呟いた。
「ですから、そういった問題では……」
「なにか?」
「あ、いえ……。あ、しかしそう言われましても、町を守る結界魔導器はもう使えないんですよ? 町の出入り口に騎士を見張りに付かせているとはいえ……」
「じゃあ、事が起これば連絡があるはずです。今日は休みましょう。ね?」
「分かりました……」
 にこりと微笑んだエステルの笑みが、直ぐに引っ込む。ぶるりと震えて、自身の両腕を掻き抱いた。今夜はひどく冷える。エステルは部屋を見渡した。最後の一室は簡素なシングルルーム。暖炉もなく、一人用のベッドが一つ。寝具が一式。サイドテーブルが一つ。ソファもない。本当に、ただ寝るだけの部屋。床に腰を下ろし、荷物の整理をするフレンは、今は鎧も脱ぎ、内服のみになっている。これから恐らく防寒用の薄いマントに身を包んで寝るのだろう。
 ーーこんなに寒いのに。
 それでは駄目だとエステルは思う。フレンを言いくるめてこの部屋に留まらせたのは、自分なのだ。きちんと責任を持たなくてはならない。
 一つしかないベッドの上で正座をして、膝の上で両拳をぎゅっと握りしめて、エステルは言った。
「あの、フレン」
「何でしょうか?」
 マントを取り出したフレンの青い瞳がエステルに向けられる。
「………、こちらに、来ませんか?」
 フレンの動きがぴしりと固まった。手の中のマントがばさりと彼の膝へ落ちた。
「あの、仰っている意味がーー」
「ですから、このベッドで、わたしと一緒に、寝ませんか?」
 ベッドの上に正座をした少女の言った台詞がフレンの脳裏にある言葉を過らせた事など、無論エステルに知る由もない。
「今夜は冷えます。そのマントだと、確実に風邪をひいてしまいます。こちらに来てください、フレン。一緒に寝た方が、きっと暖かいですからーー」
「………エステリーゼ様」
「はい?」
 我慢ならない、というようなフレンの表情に、エステルはきょとんとなる。
「貴女は本気でそのようなことを仰るのですか?」
「え……?」
「僕にだからそう仰るのですか? それとも、ここにいるのが僕じゃなくても、 貴女は同じことを仰るのですか?」
 エステルは困惑した。
 目の前にあるフレンの顔は、どう見てもエステルのよく知る彼のそれとはかけ離れているからだ。自分は何を間違ったのだろうか。
 エステルが何も言えないでいると、やおら立ち上がったフレンは、つかつかとベッドへと歩み寄り、脛当てと軍靴を乱暴に脱ぎさりエステルの真正面に座った。ベッドの上に二人正座で向かい合う。
 その圧力。
 その眼差し。
 エステルは思わず身を仰け反らせてしまう。それを、逃がすまいとフレンがずいと詰め寄る。エステルの体は無意識に後退する。
「!」
 背中が壁に触れた。逃げ場のなくなったエステルに、フレンはその腕を伸ばす。ぎゅっとを瞑ったエステルが認識したのは、窮屈感。彼の体温。抱きしめられている。
「あの、フレン?!」
 困惑したエステルの声がすぐ近くの彼の耳に届く。その近さと言えば、声と一緒に己の吐息までもかかってしまうほど。
「何でしょうか、エステリーゼ様」
 エステルの言いたいことなどすでに分かりきっているという風だが、フレンは敢えてすっとぼけた様子で平然と構えている。
「あの、離してーー」
 あまりの境遇に身をよじるエステルを逃がすまいと彼の腕に力がこもる。
「嫌です」
 かぶせるようにフレンは即答してきた。
「あの、わたし……」
「僕じゃ嫌ですか?」
「え?」
「エステリーゼ様は僕のことがお嫌いですか?」
「嫌いだなんて! そんなはずないじゃないですか……」
「ならば、こうしていても何も問題はないでしょう?」
「そういう問題では………」
「ではどういった問題なのです?」
「あう……」
「………申し訳ありません。少々意地悪が過ぎたようですね」
 エステルを己の腕から解放したフレンが、そっぽを向いてぽつりと言った。エステルの心に何かがひっかかる。
「意地悪……? 今のは……冗談だったんです?」
「まさか。何も思ってはいない相手にこんなことをするほど浮わついてはいないつもりです」
 エステルの位置から見えたフレンの頬は、確かに赤かった。
「さあ、もう休みましょう。明日に障ります」
 そう言ってランプの灯を吹き消すと、毛布を広げ、身体にかける直前の動きで腕を止める。エステルが察して横になると、フレンはエステルと、そして自身の身体にしっかりと毛布をかけた。
 挨拶を交わした後は完全に沈黙した。まだ暗順応しない目には見えないが、一つのベッドに二人で横になる。彼の気配が確かにあった。
 自分から申し出たことなのに、ひどくおかしいことをしているような気になってきて、エステルは一人で不安定な心臓と思考とを抑え込みにかかる。すぐ近くにある彼の身体に触れたいような、触れてはいけないような。彼からの何かを期待するようなそれでいて怖いような。
 沈黙を保ちながらエステルに背を向けたままのフレンがその胸中でどんな葛藤を繰り広げているかなど、もしくは明日仲間達にフレンとの態度の違和感を指摘されることになるなど、いまは微塵も予想することはなく。とにかく夢の世界に逃げようと必死でエステルは目を瞑り眠ろうとしていた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルは呆れるくらい鈍感だけど、フレンはあくまでその紳士さをぎりぎりのところまで我慢しているようなイメージ。優しくほわんな彼もいずれは爆発してしまうということで。むしろエステルはこの一件で気付けばいい。

沙耶さま、お待たせしてすみません! しかもこのような駄文で申し訳ありませんが、どうか捧げさせてください……! リクエストありがとうございました!




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あきゅろす。
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