amiable fellow(ルシアン×フェア) 「あーもう! フェアったらいつまで待たせるつもり!?」 姉の苛立たしげな声を聞きながら、ルシアンは特に慌てることもなく、いつものようにいつもの口調でまあまあねえさん、と柔らかく彼女をなだめた。焦れた姉がばんばんとテーブルを叩き出した時はさすがに即座に止めに入ったが、そんな彼女の怒りの矛先が向けられた少女は、全くお構い無しに自分の作業を続けている。 「せっかく今日は休みだって言うから来てあげたのに!」 ーー来てくれだなんて一言も言われてないけどね。 いつも押し掛けるのは自分達の方だ。 「やりたいこといっぱいあったのに!」 ーーフェアさんと遊びたかったんだね、ねえさん。 いつもどんな時も素直に言い表せない姉である。 その姉が、乱暴に立ち上がると戸口の方へと歩いていく。 「ねえさん? どこへ行くの?」 リシェルは振り返ると不機嫌そうに言った。 「帰るのよ。あいつったらああなったらもう駄目よ。行くわよルシアン」 再び踵を返した彼女だが、後を付いてくるはずの弟が座ったままだということを怪訝に思ったのか、足を止めて、ルシアン? と眉をひそめる。その視線を受けながらルシアンは曖昧に笑みを浮かべると、ごく控えめに口を開いた。 「……僕は……、もう少し、居るよ」 だから先に帰ってて、と続けるとリシェルは呆れた表情でルシアンを見る。言いたい台詞は全てわかっている。だけど、それでもルシアンは動こうとはしない。やがてため息を吐いたリシェルが、勝手にしなさいよ、と言い残し、この場を後にした。 ルシアンは再び視線を戻した。視線の先の少女はルシアンとリシェルのやり取りに全く気づいていない。ただ難しい顔をして、己の作業に没頭している。 ルシアンの眼差しは柔らかく少女を見守っている。 【amiable fellow】 静かだった。 先ほどまでは鍋を火にかけたり、食材を刻んだり、調理の音が店内のキッチンに響いていたが、今は何の音もない。ルシアンは喋らない。フェアに話しかけることをしない。彼女の作業の手を止まらせることをルシアンはしない。彼女が新作のレシピを編み出す為に奮闘しているところに水を差すことなど決してしない。だから、彼女の作業を見守るだけに留まっている。 が、その作業の手もどうやら止まってしまった。フェアは口を開かない。キッチンに背中を預け、眉間にシワを寄せて、難しい顔をして考えこんでいる。知らず、ルシアンの表情もわずかに曇る。自分にも何か出来ることはないかと思案し、妙案を思い付く。ダイニングテーブルを離れ、キッチンに入る。フェアの前を普通に横切り戸棚から手鍋を取り出すと水を満たし、火にかける。フェアの許可も得ず、彼女の周りをうろちょろとし、ルシアンは作業を続ける。フェアは依然として自身の思案に没頭しており、彼女の視界には入っていようにも意識の中にはルシアンは入れない様子。ルシアンの顔に苦笑が浮かんだ。 やがて湯が沸くと、二人分のカップに茶葉を入れ、湯を注いだ。茶の優しい香りが、辺りにふんわりと広がった。 「ルシアン? お茶を入れたの?」 目の前を歩き回られても気付かないのに、漂う茶の香りで我に返るとは、つくづくさすがだなあ、と関心とも呆れともつかない感想を抱きながら、ルシアンはうん、と首肯すると、カップをフェアへと差し出した。 「どうぞ」 フェアがカップとルシアンとを見比べる。ルシアンがにっこりと笑ってみせると、おずおずとカップを受け取った。彼女がカップに口を付けるのを見て、自分も茶を口に含む。飲み下してから、満足そうに微笑んだ。 「はー、おいしい」 フェアの肩の力が抜けるのが見てとれた。 「そんなに難しいの? 今度の課題」 編み出す新たなレシピは、半分は忘れじの面影亭に訪れるお客さんの為であるが、もう半分は“グルメじいさん”なる人物との対決の為であるらしいことは、ルシアンも知っていた。どうやらその出された課題というのが今回相当難解であるらしい。フェアはこっくりと頷いた。 「いつも曖昧過ぎるのよ、課題の内容が」 「どんな?」 「“心の芯まで温まる料理”」 確かに、と胸中で大いに納得し、かと言って彼女にかける言葉も見つからずルシアンは黙ってしまった。そんな彼を余所にフェアはカップを両手で包み込んだまま、大きな溜め息を吐き出した。 「今のわたしの中の“心の芯まで温まる料理”は、このお茶なんだけどなぁ……」 彼女がどれほど煮詰まってしまっているかがよく分かる台詞に、ルシアンは苦笑を浮かべた。こんなの料理って言えないよ、と率直に告げると、でも本当に体も心もぽかぽかになったんだもん、と反論されてしまった。その言い様に、今度はルシアンの心がじんわりと温まる。素直に嬉しかった。 「フェアさんの疲れが少しでも取れるようにお願いをかけながれ入れたから、かな?」 ルシアンの言葉がフェアに浸透するまで僅かの時間を要したらしく、きょとんとなったフェアの表情は、虚空を見つめ、やがて口許にゆっくりと笑みが広がった。 「……願いをかけながら、か……」 小さく呟いた声は空中に溶けて消えるようだった。何かを掴んだらしいフェアの言葉よりも、ルシアンの目はフェアのくるくると変わる表情を映しては愛しそうに細められた。 「フェアさんの顔見てるだけで僕は心が温かくなるよ。フェアさんの悩んでる顔も、美味しそうな顔も、やる気に満ちた顔も、僕は全部ーー」 ルシアンの目とフェアの目がしっかりと合う。意識が繋がった。 「ーー好きだよ」 「……!!」 ルシアンの視線の中のフェアの目が丸くなる。それから、ほんのりと頬を赤く染めて、 唇を震わせた。 「……あれ?」 目線を逸らして、今度はあたふたとおかしな挙動で茶をすする。 「おかしいな。今何か掴めたはずなのに、こんな気持ちで今調理をしたらーー」 「?」 「“恥ずかしいような嬉しいようななんだか複雑な料理”が出来ちゃいそう」 そう言って両手で自分の頬を包み込んでしまった彼女を見て、ルシアンは可笑しそうに笑った。 ここまで読んでくださってありがとうございます。 フェアさんの料理に対する真面目さとか本気さとか、ルシアンのさりげないフェアさん好きさが大好きです。ルシフェア可愛いよぅ……! いーまさま、大変お待たせした上に駄文ですみません……! どうぞ捧げさせてください。リクエストありがとうございました! [戻る] |