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Ne.(フレン×エステル)

【Ne.】


 それでも彼女はフレンとは住む世界の違う人間だった。
 だから、フレンが初めて彼女を目にした時抱いた感想としては、それまで彼の持つ貴族像とは全くぶれず、ただ、高慢タイプの貴族ではなく、苦労も現実も知らない無垢で無知なタイプの貴族、だということだった。
 騎士団の僻地遠征の為に次期皇帝候補のヨーデル殿下より激励のお言葉を、出達の日に賜る。その、殿下の後方に数人の貴族らしき人間が控えている。その中の一人に、あまり場にそぐわない雰囲気の少女が一人混じっていた。ピンク色の髪に、ブルーのドレスを纏い、ややうつ向き加減で殿下の言葉を聴いている。フレンとしては気にも止めずに、殿下の言葉を拝聴していた。その人物が、もう一人の次期皇帝候補、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインだということを知ったのは、後の日の事。思えばそれが、フレンがエステリーゼを意識した初めての場面だった。

「フレン!」
 城内の通路に可愛らしい声が響く。その人物に嬉しそうな笑顔で駆け寄られるほどの関係になっている自分に戸惑いをかんじながらも、しかしそれはただの自意識過剰に過ぎないのだと瞬時に気付き、なんとも複雑な表情のままエステリーゼを迎える。
「おかえりなさい、フレン。任務お疲れ様です」
「こんにちは、エステリーゼ様。お元気そうで何よりです」
 にこりと笑顔を返した。
 今時珍しい貴族。皇族特有の雰囲気かと思いきや、どうやらそうでもない。
『あなた、有名ですから。一度お話をしたいと思っていたんです』
 それが、フレンとエステリーゼのファーストコンタクト。平民どころか下町出身の騎士。それは“次期皇帝候補”と同じくらい有名な看板であったらしい。だからこそ、こうして一介の騎士でしかない自分などに話しかけてくださっている。
「皆さんも、お疲れ様です」
  やはりこの方は無垢で無知。だけど、それに更に増えた認識が、
 ーーこの方は誰にでも別け隔てなく優しい。
 声をかけられた騎士団員は恐縮しきっているが、にこやかに微笑む彼女を見て自分もまた自然と笑顔が浮かんでいる。フレンにはまだ、それが好意的に受け止められていた。

「エステル!」
 エステリーゼはフレンの知らない間に聞いたこともない名前で呼ばれていた。今まで一度だって城から出たことのない彼女が外の世界に出るきっかけとなったのが、“暗殺者に狙われている事をフレンに報せる”という内心複雑な理由だったが、彼女が外の世界の様々に触れ、見せる表情を見ていると幾多の気持ちがフレンの中を巡る。
 “エステリーゼ様が嬉しそうで良かった”という友愛の気持ちと。
 ”エステリーゼ様を外の世界の危険に晒したくない”という情慕の気持ちと。
 そしてーー。
「エステルってば」
「あ、はい! なんですか?」
 今まではフレンを見付けると嬉しそうに浮かべていたその笑みが、今は旅の仲間全てに向けられているということに嫌悪する気持ちだ。
「フレン。ご飯が出来たそうです。行きましょう?」
 この気持ちが何なのか、フレンにはもう見当が付いている。フレンが抱くにはあまりにお門違いな感情だ。
 ーー僕は、一体、何を考えている……!
「フレン?」
 自分を呼ぶ声に我に返ると、とても近い位置にエステリーゼの整った顔が、心配そうに自分を見つめていた。慌ててフレンは距離を取る。顔が熱い。鼓動が速い。思考がおかしい。
 自分の感情に見て見ぬふりをすることに意味はない。だけど、認めてしまうことはとても辛い。
 それでも心は叫んでいる。
「エステリーゼ様……」
 ーー僕はあなたを独占したい。
「今すぐ僕と城へお戻りになりませんか」
 ーーここから離れて、誰からも離して。
「わたしは……」
 ーーあなたの優しさも、あなたの愛らしさも、僕にだけ見せていて欲しい。
 手袋に覆われた白の手を取ろうとして、しかしフレンの手はぴたりと止まる。
 俯いていたピンク色の頭が上がる。フレンを見上げる目は、
「エステリーゼ、様……」
 なんとも悲痛に満ちていた。
 ーー僕は、何をーー。
 笑顔を向けて欲しいどころか、エステリーゼにこんな表情をさせている。苦しそうな、痛そうな、それでいて、とても哀しそうな表情。それを、他ならぬ自分が、させてしまっている。
「フレン、ごめんなさーー」
「申し訳ありません、エステリーゼ様。あなたを困らせるつもりはありませんでした。どうかお許しください」
「そんな、頭を上げてください、フレン! わたしがわがままを言っているだけなんです。あなたが謝ることは……」
「食事の準備が出来たそうですね。行きましょう、エステリーゼ様」
 フレンは微笑んだ。
 エステリーゼの目がフレンを見つめる。それから、彼女も少しだけ微笑んだ。恐らく罪悪感を胸に抱えて。
 彼女は誰にでも別け隔てなく優しい。
 それは逆に言えば残酷な仕打ち。
 フレンと住む世界の違う人間に望むこととしてはあまりに無理な願い。
 ーーそれでも、僕は……。
 自分が願うこと。
 すべてを投げうってでも願うこと。それを今、果たすことが出来ない自分がどうしようもなく悔しくて堪らなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

フレンの中でエステルが無意識に大事過ぎたら良い。

あれ、思いの外切ない感じに……。かなめさま、駄文過ぎて申し訳ありませんが、捧げさせてください…!

リクエストありがとうございました!




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