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won away(ユーリ→エステル←フレン)

【 won away】


 思えば散歩という口実も、どれだけの回数使ってきたか分からない。それでもほぼ毎夜ごとに散歩に出掛けてしまうのは、そこに理由があるからに他ならない。それに感付いているのはジュディスとレイヴンとリタと、それからラピードぐらいか。
 ーーまあ、変に気ばっか使うやつが集まってるからな。
 かくいう自分もその仲間にしっかり入っていることを微塵も自覚することなく、ユーリは優しく頼もしい仲間たちに内心でこっそりと苦笑しながら歩を進める。
『エステル見なかった?』
 時間が時間だけにその顔色にわずかな不安を滲ませてそう言うリタに、すぐに戻ってくるだろ、と気休めをかけて、“散歩”に出掛けてから半刻。こうしてユーリは歩き続けている。
 夜のダングレストは意外に暗い。ここから距離のほど近いヘリオードよりも全体の雰囲気的に断然くだけているはずのギルドの聖地も、表と裏の顔を持っていることの証か。潜み混む為の闇をわざと多目に作ってあるのかそうした危険な暗がりはそこかしこにある。
 そんな中で白色の法衣はひどく目立った。まるで声をかけられるためにいるような滑稽さに今度は呆れた笑いを表情に浮かべながら、白い人物に近付いた。当の本人は全く気付いていない。
 声をかけようと口を開いた瞬間だった。
「フレン?」
「エステリーゼ様。こんなところでどうされたのですか?」
 丁度エステルからは死角になった暗がりから現れた金髪の騎士が心配そうな声色をエステルに向けていた。
「もう夜も遅いですし、早く休まれた方がよろしいかと」
「ごめんなさい、少し外の空気が吸いたかったので……。すぐに戻ります」
 そんなやり取りの後、二人連れだって夜の闇に消えていく。気配が完全にここから去った後。ユーリは後味の悪さも払拭出来ないまま、
「……何隠れてんだか、オレは」
 ひっそりと溜め息を吐くように呟いた。

 騎士だと言っても自分達と旅をしている以上、隊長と言え旅人と同じ扱いを受けているため、必然的にこちらに帰って来ざるを得ない。
 そんなフレンが戻ったのを見計らってユーリも同じタイミングで部屋に入った。
「ユーリ。君もまだ休んでいないんだな」
 フレンは振り返ることなくそう言った。
「お互い様だろ」
 自分の為に当てがわれたベッドに、フレンは外した甲冑や小手の類いを置いていく。
「僕は君ほど暇じゃない」
「どうだか。この街でおまえが見回りを買って出ることに意味があるとは思えねえけどな」
 言ってユーリは狭い部屋の壁に背を預ける。一つのベッドにはカロルが寝息を立て、もう一つのベッドには相変わらずレイヴンの姿は無かった。ユーリのベッド脇の床では、ラピードが微動だにすることなく、目を閉じている。
「僕が勝手にしていることだ。君には関係ない」
「まあ、そうだな。……ところで」
 ユーリはフレンの方を見るともなく、本題に入ることにする。
「おまえ、わざとやってんのか?」
 無意識に、少しだけ語気が強まってしまった。フレンの視線が自分を捕らえているのが気配で分かる。確信犯。ユーリは直感した。
「なんのことだ?」
 フレンはそう言う。
「分かってることをわざわざ説明してやるほど気の長いほうじゃないぜ、オレは」
「ああ、知っている。でもーー」
 すべての、自分を覆っていたものから解き放たれ身軽になったフレンが、ユーリを真っ向から見据えた。
「その質問は、僕の質問だと思っていたけどね」
 その目に挑戦的な光が宿る。
 なるほど。やはり確信犯だ。
 おかしいとは思っていた。
 こいつはいつもタイミングが良すぎる。
 ーーノール港ん時と言い、さっきと言い、分かってやってる訳だ。
「お姫様の護衛任務にしちゃ大袈裟過ぎねえか?」
 一応は聞いてやる。
「近くに君みたいなのがいるからね。用心するに超したことはないよ」
「とかなんとか言って、おっさんに小言言ってる割には、やってることおっさんと変わらねえんじゃねえのか?」
「だとしたら、君もそうじゃないのか?」
 お互いに押し黙る。
 腹の内は知れてしまった。ならもう、その腹を括るしかない。譲れないものは、お互い同じなのだから。
「ユーリ、どこへ行くんだ?」
「どこだっていいだろ。何でいちいちおまえに報告してから行かなきゃならねえんだ」
「君と言うやつは……!」
「……別に、エステルのとこに行くってんじゃねえよ。……ただの散歩だ」
「そんなことを言ってるんじゃない、体を休めるのもーー」
「わかってるよ」
 振り切るようにしてドアに手をかける。とにかく、今の状態でフレンと同じ空間に居たくなかった。少し一人になる必要がある。それはなんの偽りもない今の心境。
「ユーリ!」
 全く、カロルが寝てるってこと忘れてんのか。肩を竦めながらドアを開けた。
 瞬間、全く同じタイミングで隣の部屋のドアが開き、ひょこりと頭が覗いた。
「!」
 まさしく今まで話の渦中にいた人物を認めて、ユーリの心臓が跳ねた。
「エスーー」
 エステルは懇願するように人差し指を自らの唇に当てる。何しろ先ほどフレンに連れ戻されたばかりだ。なのに性懲りもなくまた脱け出そうとしている。見たところ、用を足しに行く訳ではなさそうな様子で。
 とりあえず後ろ手でドアを閉めた。
「何だってんだ、一体?」
 小声でそう言うと、エステルは困ったように眉を下げた。
「実は今日街に着いてからここに来るまでに落とし物をしてしまいまして……」
 なるほど。
 夜のダングレストを一人彷徨いていた訳がそこで判明した。勿論、また夜闇の中に一人出させる気など毛頭ない。
「分かった。んじゃ、行くぞ」
「え?」
「探すんだろ? 手伝ってやるよ」
 口角を上げてにやりと笑んでみせれば、ぱっと華やぐエステルの表情。少し楽しくなってきて、宿屋の出口に向かおうとしたまさにその時。
「お待ちください、エステリーゼ様」
 やはりと言うか、見つかってしまった。
「話は聞きました」
「おま、地獄耳過ぎるだろ……」
「ですが、どうか明日になさってください。もうお休みになられなければなりません」
「でも……」
「別にいいじゃねえか。子供じゃねえんだから」
「君には聞いてない」
「行こうぜ、エステル」
「君が決めることじゃない!」
「えっと……」
 とりあえず何とかして逃げ切らないことには始まらない。しかし自分達のやり取りをおろおろと見ているエステルよりも、フレンにどうしても意識が向いてしまう。
「分かったよ。なら、エステリーゼ様。僕がお供します」
「ちょい待った。何でそうなるんだよ?」
「別に僕が行っても何の問題もないはずだ」
「問題大有りなんだよ!」
「行きましょう、エステリーゼ様」
 振り返るとーー。
 カロルが立っていた。
「「!!?」」
 二人ともにぎょっとなって後じさる。エステルがいた場所に、カロルが不機嫌そうに、眠そうに、目を擦りながら立っている。
「もう、何なのささっきから。夜中だよ?」
「ああ、悪ぃ。っていうかーー」
「エステリーゼ様は……?」
 カロルは寝ぼけ眼で宿屋の出口を指した。
「出て行ったよ。リタと一緒に」
「「リタぁ?!」」
 さっきまで激しく言い合っていた二人の声が、重なった。
 戸口に目をやる。
 リタの酷く不機嫌そうな顔が覗いた。それが問答無用で引っ込んだ。
「エステル!」
 思わず声をかける。
「……えっと、ごめんなさいユーリ、フレン」
 声だけが聞こえてくる。
「行こ、エステル」
「はい!」
「な、ちょっと! 何手なんか繋いでんのよ!」
「駄目、です……?」
「ま、まあ、別に……いいけどね!」
 声と共に小さくなっていく足音。カロルが部屋に引っ込む。扉が閉められた。閉ざされた扉。置き去りの二人。真夜中のダングレスト。しばし無言。
「………寝るか」
「………ああ」
 ほどなくして、宿屋は完全な静寂に包まれた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルの前では一切見せないのに、陰で熾烈な戦いを繰り広げてる二人が大好きです。

椿さま、限りなく駄文ですみませんが、捧げさせていただきます…! リクエスト、ありがとうございました!




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