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blanket area(ユーリ&エステル&フレン)


 目覚めたのに、自分の寝室とはまるで異なる光景に、夢と現実の区別がつかない。
「あ、れ……?」
 声に出すと、一気に思考が現実へと回帰した。上半身を起こす。毛布がずり落ちた。辺りを見渡して、エステルはぎょっとなった。
 “眠ってしまっていた!”
 部屋には誰もいない。窓から外を覗く。暗い。いや、薄明かるい。
 エステルの顔から血の気が引いた。
 やってしまった。なんということだ。
 急いで、しかし静かに、だけど慌てて、エステルは部屋を後にした。


【 blanket area 】


 遡ること八時間。
 フレンは全く現れる予兆もない人影に焦りを感じていた。先程から時刻を何度も何度も確認して、その度にさして時間が経過していないことにまた焦燥する。頭の中ではすでに異常事態を報せる警報がなり続けている。もう来ていてもおかしくないその人物は、決して時間に遅れたり、約束を違えたりすることなどしない人物なのだ。すっかり人通りの無くなったザーフィアスの町で、フレンだけが一人焦れて立っている。その研ぎ澄まされた感覚が、彼に近付く一人の人物を察知させる。
「……ユーリか」
「おまえは人間警報器みてえなやつだな」
 黒髪の青年が呆れて言った。
 黒い長髪に黒い瞳、黒い服といった全身黒ずくめの男は夜に歩いていると、そこにいるのかすら分かりづらい。しかし、今のフレンにとってはいとも容易いことだった。
「ユーリ、エステリーゼ様を見なかったかい?」
 出し抜けにそう言うと、ユーリは怪訝そうに眉を寄せた。
「戻ってねえのか」
 まるでこちらの事情を全て知っているかのような口振りである。
「まさか、君も一緒だったってことはないね?」
「な訳ねえだろ。何でお偉いさんの食事会にオレが同席出来るんだ」
 言われてみればそうである。自分でしておきながら何と馬鹿な質問なのか。
「それより騎士団長サマこそお呼ばれしてねえのかよ」
「騎士団は政府関係者の会食には参加しない。非番の僕はエステリーゼ様にハルルヘ戻る為の付き添いを頼まれていただけだ」
 ユーリは乱暴に黒髪を掻いた。
「まあ、ぐちゃぐちゃ言っても始まらねえ。探しに行きゃいいじゃねえか」
 この幼なじみは本当にいつも正論を言う。だからこそ、それが余計に癪に障る。
「君に言われなくてもそのつもりだよ」
 言い残してその場を去る。後ろでユーリが肩を竦めたのが、気配で分かった。

 ザーフィアス城門を潜りながら、胸のもやもやとしたものを煩わしいと思う。焦りはいつしか不安に変わっている。時間にきちんとしたエステリーゼの遅刻。この異変はもはや事件に成ろうとしている。時間は夜半を過ぎていた。場内の会食はすでに定刻を持って終了している。エステリーゼの所在を訊ねると、随分も前に退出しているという。それも、一番フレンの不安を煽っているのが――。
「よお、フレン。副帝サマは見つからねえのか」
「……君は何をしているんだ」
 城門を出たところでユーリがふらりとやってきた。フレンは焦りからの苛々を滲ませた溜め息を吐いて、金髪を掻いた。ユーリの神出鬼没など今に始まった事ではないし、それこそ今取り上げるべき問題でもない。
「すでに会食からは辞されておられるようだ。自室にもいらっしゃらない」
「そっか。下町と市街と、まあねえとは思ったが、貴族街もざっと見てみたけど、どこにもいなかったぜ」
「そうか……」
 フレンの不安も心配も、もはや限界に達している。思考はゆうに冷静さを欠いていた。いや、もともとフレンとて冷静というよりは熱い男なのだ。本人に自覚はないが。
「ユーリ」
 仮説というより、彼の中では断定。
「エステリーゼ様に、何かあったのかもしれない」
 常なら考えすぎだと鼻で笑うユーリが、珍しく否定せずに押し黙った。
「…………有り得るかも知れねえな。あの放っとけない病のお姫様のことだ」
 誰かの同意を得ると、途端にその気になるのが人間というものだ。急いで騎士団に通達しなければ。エステリーゼが行方不明。とりあえず今警備に就いている騎士を集め、警備と捜索に振り分けて――。
「ちょっと待った」
 フレンの頭の中を覗いたかのようにユーリが言う。
「捜すのは良いが、副帝サマの行方不明なんてザマを公にしちまっていいのかよ?」
 わずかに頭が冷えた。と、同時にやはり幼なじみの正論が癪に触る。
「……君がまさかそんな事を言うなんてね」
「少し落ち着けフレン」
「僕は落ち着いている」
「ま、とにかくだ。ハルルヘの同行をおまえに頼んだってことはあいつが一人で街を出ることはねえし、街の出口にも異変はない。そうだな?」
「ああ」
「んじゃ、とりあえずこのまま探しながら朝まで待ってみようぜ。それでも見つからねえ時は首領に頼んでギルドでこの件請け負ってやるよ」
「君に丸投げするつもりはないけどね。その時は騎士団も動く」
 胸騒ぎは治まらないが、ここで慌てても仕方がない。時刻は日をゆうに跨いでいる。
「好きにしな」
 ユーリが低く呟いた。

 エステルは泣きそうな顔で歩いていた。遅れたなどという問題ではない。約束していた時間を何時間も過ぎ、それどころか夜が明けようとしている。もうこうなってしまっては何をどうすればいいのか分からない。フレンはどうしてしまったのだろう。とりあえず待ち合わせの場所へと向かってみる。居る筈なんてないのに――。
「!?」
 ぎくりと強張り、その場に立ち止まる。
 居た。どうして。まさかずっと待っていたのか。見慣れた甲冑の背中が見える。その隣には同じくユーリの姿も。
 どうすればいいのか分からない。立ち尽くす。
「よお。おはよーさん」
 振り返らずにユーリが言った。雷の魔術でも浴びたかのようにエステルは身体をびくつかせた。
 二人が同時に振り返る。
「あ、あ……、あの、ごめんなさい……」
 自分でも驚くほどに小さな声だった。
「……エステリーゼ様。一体。どこで。何を。していらっしゃったのですか?」
 押し殺したようなフレンの声。怒っている。
 言えない。まさか寝過ごしたなんて、口が裂けても。
「まあまあ、フレン。エステルも悪気があった訳じゃねーんだ。そこまでにしといてやれよ」
「ユーリ……」
「ただ、皇帝陛下と朝までオタノシミになられてただけだよな?」
「な!? ち、違いますっ! ヨーデルは酔ってしまったわたしを介抱してくれただけで――」
「ほおー……」
 どうやらカマをかけられたらしい。先ほどからの皮肉げなユーリの笑みが、冷たさを帯びたように見えるのは気のせいだろうか。
「エステリーゼ様……。貴女という方は……」
 悪いのは確かに自分だ。自分だけれど、あんまりにも――。
「意地悪……、です……」
「聞いたかフレン。副帝サマがお楽しみの間、必死こいて行方を探してたおまえのことが、意地悪なんだとよ」
「そうだね。関係ないのに夜通し一緒に探してくれたユーリのことが意地悪だと、そうおっしゃりたいらしい」
 ――〜〜っ!!
「ううぅ、ご、ごめんなさい〜っ!!」
 泣き出しそうな声でただひたすら平謝り。自分のしでかしたことを嫌というほど実感させられた。とにかく謝るしかない。
 そんなエステルを見て、フレンとユーリは顔を見合わせて苦笑する。
 無事で良かった。その言葉を胸中で呟き、二人の手が俯いたままのエステルの頭をぽんぽんと優しく叩いた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

下町ズの最終的に温かい感じが好きです。二人の間であわわわってなりながら可愛がられてると良いと思います。

ユラさま、駄文ですが捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!




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