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a person in charge(ユーリ&ヒスカ)

【a person in charge】


 口を突いて出るのはひたすら溜め息のみ。足取りは重く、とぼとぼというよりは、渋々、といった様子。憮然とした表情で、ただ歩く。
 少し前を歩くのは、これまた倦怠感を隠すことなく素直過ぎるほどに表した歩き方。空は晴天。町は賑やか。しかしそんな中で溌剌さとか、瑞々しさとか、そんなものとは一切かけ離れた様子で歩く、二人の若者。
騎士。
 ヒスカとユーリ。
 ユーリの口がへの字に曲がっている。なんでオレがこんなことしなきゃなんねえんだ面倒くせえ、そう言い出しかねない仏頂面。それを見ながらヒスカは心の中でぼやく。当たり前でしょあんたは新人で見習いなんだから買い出しくらい文句言わずにやりなさいよ。少年の背中で揺れる長い黒髪を半眼で睨んでいると、少年の声が風に乗って聞こえてきた。
「あー、面倒くせえ、何でオレが買い出しなんてしなきゃなんねえんだ」
 返事の代わりに溜め息が出た。本日幾数回目か。すでに数えきれない。
「あのね、それ、わたしの台詞なんだけど」
 ムッとなってそう言うと、少年はだんまりを決め込んだ。
「だいたいねえ、買い出しくらいなんで一人で出来ないのよ。子どもじゃないんだから」
「おまえが勝手についてきてんじゃねえか。嫌なら官舎に居ればいいだろ」
「出来てるならそうしてるわよ」
「じゃあなんでついてくるんだよ?」
 ヒスカは歯ぎしりした。買ってこいと言われた品の種類と数を未だに正確に買えたことのない自分に、本当に気づいていないのか。それとも、日頃の鬱憤をヒスカを苛めることで発散しようとしているのか。いや、そもそもこの自由過ぎる少年の中に鬱憤というものが存在したことがあるのだろうか。無駄なことを考えておるのは分かっている。そのせいで胃が痛くなるのは馬鹿馬鹿しい。胃の腑から全ての溜め息を吐き出して力なくヒスカは呟いた。
「先輩責任ってやつよ……」
「ふうん。おまえも大変だな」
 少年はまるで他人事の様にあっけらかんとして言った。
 もう何も言うまい。考えるのはよそう。これが今の自分の現実だ。しばらく無言で歩く。ザーフィアスの城下町は貴族街を降りると途端に活気に溢れており、露店の並んだ道は、様々な品を売り買いする声が響いている。
 その声の中に、明らかに異質な声が起こった。
 悲鳴だ。
 反射的に二人は駆け出している。
 行き交う人々を押し退けるようにして現場に向かう。途中で道脇に逸れる人影を確認。と、同時にまた叫び声。
「泥棒だ! 捕まえてくれ!!」
「ユーリ!」
 短く声をかけると、ユーリは例の人影を追い、道脇に差し込んでいった。
 ヒスカは現場に辿り着いた。食料品から薬品類を扱うその店は、棚のいくつかを倒され、商品は散乱し、無惨な状態だった。中には薬品の瓶が砕け、中身が流れ出しているものもある。ヒスカは辺りを見渡す
。店主、野次馬、どうやらこの場にいる中で怪我人は出ていないらしい。
 店主の半ば八つ当たりのような愚痴の混じった被害状況を書面にまとめながら、ふとヒスカは不思議に思っていた。
 ユーリの帰還が遅いことを。

「取り逃がしたぁ?!」
 官舎に戻っていたヒスカは、まさかの手ぶらで帰ってきた後輩に、呆れとも怒りともどちらともとれる声音でそう言った。
「信じられない! なんで?!」
 てっきりすぐに確保して戻ってると思ったのに。あの時ヒスカの目からも視認出来た泥棒は、到底ユーリの足から逃げられるようなものに見えなかった。だから、信じられない。繰り返す。
「なんでよ?!」
 ユーリはしれっとした表情で言う。
「意外と足、速かったんだよ。撒かれちまった」
 ――嘘よ。絶対嘘よ。
 ぱくぱくと、言葉にならない空気だけが唇から漏れていく。ユーリはもう何も言うことはないというように、口を真一文字に結び、ヒスカの脇をすり抜けていった。
 その時、昼間の光景がよみがえった。
 人の波。すり抜ける異質な人間。薄汚れた装い。独特の雰囲気。
 確か、盗られたものは数種類の薬類。
 合点がいった。
「そっか。確かあんたも下町出身だっけ」
 ユーリの姿はすでになかった。

「よお」
 食堂の隅の、テーブルの一つに突っ伏したヒスカの頭上から声が降ってきた。
「……………」
 何も返さないでいると、声の主はヒスカの向かい側の椅子に腰を降ろした。食事のトレーを置く音が聴こえた。
「逃がしたんでしょ」
 頭を上げず、突っ伏したまま、告げた。
「ん? ……ああ、だから撒かれたんだって」
「あんたさあ、そんなことばっかり続けてくつもり?」
「……………」
「税の滞納者への取立て、留守って言ってたわよね? 居たんでしょ、本当は」
「……だったらなんだってんだ」
「そんなこと続けてもあんたの望む下町にはならないってことよ!」
 顔をあげて声を荒らげてしまう。正面にあったのは――、
「……っ!?」
 なんとも悔しそうな、それでいてうんざりとした、少年の顔だった。ヒスカの言いたいことなど、すでに昔から悟っているような、苦々しい怒りに満ちた顔。
 何も言えなくなって、ヒスカはまたテーブルに突っ伏してしまう。自分が受けたとばっちりを、この後輩にぶちまけてやろうと思っていたのに。誰かさんが泥棒を取り逃がしてくれたせいで店の被害を騎士団が補填する羽目になって、しかもそのせいで誰の給料が減給されたと思っているのか。怒りをぶつけてやろうと思っていたのに。
 ――そんな顔されたら、何も言えないじゃない……!
「……悪かったな」
 声が降ってきた。
 顔を上げようとしたら、何かを頭の上に乗せられた。この重量と固さは、皿か。恐らく小皿を後頭部に乗せられている。
「ちょ、何す――」
「分かってんだよ。けど、オレだけで下町の奴らを守るのは、無理だったみたいだ」
 どうやら何処から得た情報かは分からないが、ことの顛末を聞き及んでいるらしい。その上での、皿だったようだ。
 両手で皿を持つ。顔を上げた。プリンだった。
「あんた、好きなんじゃないの?」
「いらねえなら、食うけど」
「……もらっといてあげるわよ」
 安い穴埋めだということは苦笑に滲ませて。
 背けた横顔は、必死に仲間を守ろうと独りで闘う未熟な騎士。自分はこの少年の先輩で、彼に味方してやれる唯一の人間なのかも知れない。
 気にするな、なんてあまりにも癪に障るので言えないけれど、せめてそれでも先輩風だけは吹かせてみようと思う。
「あんたがわたしの後輩である限りは、幾らでも責任なんて取ってやるわよ」
 それが、ヒスカの仕事なのだ。
 背けた顔がこちらを向く。驚いたような目がヒスカを見て、
「先輩責任ってやつか?」
「そうよ」
 昂然と言い切ると、ユーリは少しだけ、嬉しそうに笑った。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ユーリに振り回されてる不憫な先輩ヒスカと、そんなヒスカをなんだかんだで危ない時は助けてくれる頼もしい後輩ユーリが大好きです。

海苔雨さま、駄文ですが捧げさせていただきます。リクエスト、ありがとうございました!



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あきゅろす。
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