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SSS
annual ring
【annual ring】


 普段温厚な人間が怒ると怖いというのはどうやら本当の話であるようだ。それというのも、感情表現の比較的豊かな仲間をいつも宥める側にある彼だからこそ尚更それが顕著に感じられるのだろう。ジェイドの笑いの裏に隠された怒りとは分類そのものが違うが、もしかするとそれよりも怖いかもしれない。
 いや、そうではなくて自分はショックを受けているのだと理解する。普段怒ることのない彼が怒っている。それも間違いなく自分のことを。睥睨した瞳がこちらに向けられている。そのことが何にも代え難くショックなのだと。
 二人だけしかいない安宿の一室は、仲間たちが思い思いの用で出払っていたこともあってさすがに静かだ。それでも無音というわけではない。街の子どもたちの声だろうか。遊んでいるような幼い声が小さく聞こえてくる。だがそれすらも耳に入らないほどに今この場での沈黙が痛かった。
 だからといってこういったもやもやとした気分をいつまでも抱えているのは自分の性に合わない。極めていつも通りを装って、勝ち気に胸を反らせて、ナタリアは口を開いた。
「何をそんなに怒っていますの?」
 壁に寄りかかって腕を組んだ姿勢のまま、ガイが不機嫌そうな視線をナタリアに投げる。
 思えばこの青年がいつも感情表現豊かな仲間たちを宥める立場にあるのは、それだけ自分の感情を抑えることに長けているからだ。そんな彼がこうして“不機嫌”という感情を隠さず露わにするのはいつもの彼らしくないのではないか。その辺りも含めてナタリアには疑問だった。
「いや、君は誰にでも優しいんだなと思ってね」
 ナタリアの方も見ずにガイがそっけなく言った。
「?、なんのことです……?」
 本気で言っている言葉の意味がわからない。心当たりもない。小首を傾げるナタリアの様子に何か言おうとガイが口を開きかけるが、ため息を一つだけ吐いただけだった。
「いや、いいよ。俺が悪かった。今のはナシだ。忘れてくれ」
「な……!何ですの?!はっきり言ったらどうです!いえ、言いなさい、ガイ!」
 つい口調が荒くなってしまう。言いかけた言葉を引っ込められることほど気持ちの悪いものはない。何より、ナタリアを見て何だか諦めるような瞳をしたガイの態度に少し腹が立ってしまった。言いたいことがあるならはっきりと言えばいいのだ、最初から。
「……じゃあ、言わせてもらうが、さっきの戦闘で、その……ルークが負傷しただろ?」
「しましたわね」
「その時にだな〜〜……」
「それがどうかしまして?」
「………」
 ガイの煮え切らない態度に苛立ちが募る。一体なんだというのだろう。先ほどの戦闘、確かにルークは負傷した。それは完全に不覚をとったもので、頬を五センチほど魔物の爪に裂かれたものだった。たいした傷ではないが、傷を癒やすのは治癒術士であるナタリアの役目だ。幸い痕も残らず綺麗に癒やすことが出来た。しかしそれがどうしたというのだ。
 ガイを見やる。言いたいけど言えない。そんな複雑な表情をして、どこか苛々している様子だ。顔が少し赤いように見えるのは何故だろう。
「ルークの傷ならわたくしがちゃんと治したではありませんか。治癒術士として当然のことですわ」
「その……っ、治癒術士ってのは、あんなに必要以上にくっつかないといけないのか?!」
「……!?」
 言われた言葉の意味を飲み込むのにかなりの時間を要した。ぱちぱちと五、六回は目を瞬かせる。
 ガイはといえば完全に顔を赤くして“言わなければよかった”とでも言うように手で口を覆い、ナタリアから顔を背けていた。
「ガイ、あなた……。もしかしてやきもちを――」
「わぁぁああ!!」
 聞かれる仲間もいないのに大声を上げてナタリアの言葉を遮ったのは照れ隠しなのだろう。
「いっ、意外だな!君がそんな言葉を知っているなんて……!」
「馬鹿にしないでくださいまし。これでもキムラスカの民たちから色んなお話をうかがってますのよ?」
 あえて追求したりという意地悪なことはしないでおいた。というか、照れてしどろもどろになっているガイは、見ているだけで楽しい。
「あら?ガイ、こんなところに擦り傷が出来てますわよ?」
「ん?別に怪我なんて……、っ!!?」
 別にルークを治療する時に必要以上にくっついた覚えなどないが、今度は意識的にガイに顔を近づけてやった。怪我など何もしていない彼の頬にぎりぎり触れない距離で手を添え、ナタリアは短く詠唱。瞬間、眩い光が部屋全体に拡散した。ファーストエイドの光が消えても、ガイはぎゅっと目を瞑り、動かないでいた。
「……逃げませんの?」
「ば……、馬鹿にしないでくれないか?こ、これぐらいのことで逃げるわけないだろ……?」
「わたくしの方から退いた方がよくて?」
「いや……!そうしててくれ。出来れば……」
 そっとガイの胸元に寄り添ってみた。それでも彼は固まっているのが精一杯なようで。
「ナタリア……」
「わかっています」
 彼のトラウマを疎ましく思う気持ちはない。だからやきもちを妬くぐらいならいっそのこと抱きしめてくれればいいのにと思う気持ちは胸の奥に押しとどめ、震えながらも自分にだけは逃げないでいてくれる優しい彼への愛しさを胸一杯に噛みしめた。




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あきゅろす。
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