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SSS
stand by me

 それぞれがそれぞれの信じる道を歩き始めたことを示すかのように、綺麗に道が分かれたように思えた。自分とは逆の方向の道を歩いていく妹の後ろ姿を何となくルナマリアは寂しい気持ちで見つめる。しっかりとした足取りで妹はかつての自分達の上官の後をついて行く。大丈夫。妹は大丈夫だ。あの人と一緒なら絶対大丈夫。そう言い聞かせる。まるで自分自身を安心させるかのように。
 足を止めてしまっていたことに初めて気付く。少し先を行ったところで、少年がこちらを振り返って見ていた。ルナマリアの心が解れてゆく。そうだ。あたしもきっと大丈夫。
「ごめん!今行くね!」
 自分の進む道には、彼が隣にいてくれるのだから。
「シン!」

【stand by me】


 少しだけ足を止めてメイリンの後ろ姿を見ていたルナマリアの横顔が、とても寂しそうに見えた。実際そうなのだと思う。ミネルバに乗っていた頃、オフの時間が重なると必ず一緒にいた二人だ。やはり心配で、気になるのだろう。姉妹であるからこそ尚更。肉親を全て亡くしたシンにはそれが酷く羨ましい。血の繋がった人とは、やっぱり一緒にいるのが一番だと思う。
 だけど、ルナマリアはシンに付いてきた。妹のことが心配な筈なのに。大切な血の繋がった姉妹なのに。そんな妹に背を向けて、何もないシンを追いかけて来てくれた。シンの隣りに並ぶと、シンの顔を見上げて微笑んだ。
 だから、シンもルナマリアに微笑みを返した。

 うっすらと笑った彼の顔は、相変わらず淋しさを滲ませていた。あの戦争が終わってからというもの、幾度となく彼のこういった表情をルナマリアは見ている。しかしだからといって、“元気出して”などという軽率な台詞は言いたくないし、言えない。
 何よりシンの境遇をルナマリアは知っているし、またその為だけに軍の厳しい訓練にも耐えてモビルスーツ乗りとなり己の信念に基づいて憎い敵を葬ってきたのも、すぐ近くで見てきた。そして、アスラン・ザラの言葉に迷いを感じ苦悩する彼も。
 シンは優しい子だ。
 家族や、オノゴロ島で同じように逃げていた人達が蹂躙され、そんな場面を作りたくない一心で、鬼神の如き勢いで戦ってきたほどに優しい子だ。アスランの言葉が理解出来ない筈がない。 そんな彼が心に迷いを感じた時、どんな思いでモビルスーツに乗っていただろう。殺すべき憎い敵をそう感じられなくなった時、どんな思いでトリガーを引いただろう。己の信念を根底から突き崩された時、どこに心の頼どころを置いて、出撃したのだろう。
 そんなシンの気持ちを慮るごとにルナマリアは心臓を締め付けられるかのような感覚を覚える。
 なのにルナマリアには何も出来ない。いつもシンの隣りで寄り添うことしか出来ない。そしてそれが、酷くもどかしい。
 海岸沿いを何とはなしに歩く。寄せては返す波の音の優しさが、今まで自分達がいた場所や境遇が遠い昔のような、もしくはまるで夢のような気分にさせる。もしそうだとしたら、これは悪夢だ。
 人はその価値観をすぐには変えることが出来ない。そうするにはかなりの衝撃的な出来事を体験するか、長い年月をかけるしかない。シンもまた戦争被害者だ。彼が受けた傷はルナマリアには計り知れない。
 けれど、先程シンが流した涙は綺麗過ぎて、きっと嘘ではないと思えるのだ。そしてもし彼の中の大きな傷のほんのひとかけらでも、キラ・ヤマトの言葉で癒されたというのなら、残りの傷をこれから何十年かけてもゆっくりと癒していけばいい。もうシンは、これ以上傷つかなくていいのだから。
 波が優しく寄せては返す。それに陽光が反射してきらきらと輝いている。夢のような景色の中で、海風がルナマリアの髪を揺らす。目にかかる髪の奥からルナマリアは見た。
 同じように陽光の照り返しをその顔に受けた顔は、どこか儚い表情で。何を考えているのだろう。何を憂いでいるのだろう。今にも泣き出しそうなシンの横顔に、何故だかルナマリアの頬を一筋の涙が伝った。

 海水を割る音が耳に届いた。それが少し後ろを歩いていた彼女のものだと認識した瞬間、背中に衝撃を感じた。
「ルナ……?」
 応える返事はない。ただ切実な力を込めて、シンの背中にしがみついている。その姿がかつての彼女とダブってしまいシンの胸が締め付けられる。努めて平気なフリをしてもう一度、後ろを向く。
「……!」
 服の袖でさっと涙を拭いたのが見えた。
「どうしたの、ルナ?」
「……っ、ごめん。なんか……」
「なんか……?」
「シンが消えちゃいそうな気がして」
 目を逸らしてルナマリアは笑った。それはどこか自嘲じみた笑みで、だからこそ酷く悲しい笑みで。
 ルナマリアに向き直ると、シンの服の裾をまだ掴んでいる彼女の腕に触れた。そのままゆるゆると背中へと両腕を回し、その体をシンの腕の中へ閉じ込める。
「ルナを置いていくわけないだろ」
「そうよね。シンったらあたしがいないと駄目だもんね」
「な……っ、“ルナが”だろ?!」
「あはは。そうかも」
 ルナマリアの声を聞く度に、体温を肌で感じる度にシンは心が穏やかになってゆくのが分かる。安心しているのだ。腕の中の存在に。他の誰でもない、ルナマリア・ホークに。
「……シンの体温ってほんと安心する」
 どっちがだよ、と思う。一人だと必ず抉られた心がざわざわして叫びたくなるのに、ルナマリアを抱きしめてその声を聞いていると、このオーブの海みたいに穏やかに凪いでいくような気がするのだ。それだけに、ルナマリアがいなくなったら自分はどうなってしまうのだろう。考えるだけで体が震えてしまう。
「寒い?」
「いや、そんなんじゃなくて……」
「シン、あのさ……」
「何?」
 キラ・ヤマトが言ったことはきっと正しいのだろう。でもすぐには理解出来ない。今までしてきたことの精算も出来ない。自分や家族が受けた傷も癒えていない。これから為すべきことは計り知れず、常に心の闇が付きまとうのだろう。
 でももしそこに誰かが居てくれるなら。隣りに誰かが居てくれたら闇はただ自分を喰らう存在ではなくて過去や乗り越えるべきものとして昇華出来るのかもしれない。
「あのさ、もし、シンさえよければ、ずっとそばにいたいんだけど」
 だからシンは怖くないのだ。見つけた。もう離さない。
 ぎゅっと一度強く抱きしめると、彼女の蒼い目を見つめて心から言った。

「ありがとう、そばにいてくれて」




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