SSS
from the drop curtain
【from the drop curtain】
「な、なんだ?クーリッジ、何か用か?」
見上げる目は明らかに疲れを滲ませている。それはセネルを映してはいない。泳いでいる。彼女の態度はどこかよそよそしく、セネルの方を見ようとはしない。
「クロエ、飯食ってないだろ」
「……食欲がないんだ」
そう言ってふいとクロエは顔を背ける。セネルは一つ嘆息すると肩をすくめた。
「隣り。座っていいか?」
「………」
返事はないが、セネルはクロエの隣りに腰掛けた。
クロエがもたれかかっているのはよほど大きな樹らしく、茂った若葉の隙間から程よく陽光が差し込んでくる。さわさわと葉がこすれる穏やかな空気とは一転して、クロエの雰囲気は重い。セネルが腰掛けた瞬間に、クロエが少しだけ身を引いたのだ。
「もしかして、さっき言ったこと、気にしてるのか?」
「何のことだ?」
ぴくりとクロエの肩が持ち上がる。図星のようだ。
もう一度、セネルはため息を吐く。
『似合ってない』
それは本心からの言葉ではなかった。
いつもは黒のタイツを履いていたせいか、素の脚はとても白い。たっぷりとした空気のよく通しそうな上着は着ておらず、二の腕を晒したノースリーブ。うっすらと筋肉のついた腕は、セネルが思っていた以上に細い。そして何より普段見慣れないスカートが、クロエが動く度にひらひらと揺れる。その隙間からクロエの脚が見える。
やっとの思いでセネルはクロエから視線を引き剥がし、そう、言ってしまっていた。
それは本心ではなく、また違う意味では本心だった。
「気になどしていない!だけどクーリッジはその、嫌いなのだろう?こういった服が」
俯いた顔は、自分を包む衣服を眺める。
「クロエ」
違う、そうじゃない。そう言おうとして言えなかった。クロエが少しだけ腰を浮かせ、セネルから距離をとったからだ。セネルもすかさずクロエの方へ寄る。また逃げる。また、寄る。
「クロエ」
「う……」
次は逃がさなかった。がっしりと掴んでしまったクロエの手首は、思った通り細かった。
「本当は、似合ってる」
「え?」
「だから、その……、すごく困る」
セネルの視線が落ち着きなくさ迷う。
この服を着たクロエを初めて見た時、セネルは思わずその場に固まってしまった。それから、普段気にならないことがすごく気になってしまう。例えば、腕とか脚とか。
――何考えてるんだ、俺は。
「クーリッジ……?」
例えば、セネルを見上げる少し困ったような目、とか。
クロエの手首を掴んでいた手を離す。今度は両手でクロエの肩を掴んだ。
「あ、ぅ……、え?」
何が何だか分からない、といった様子のクロエの顔が、だんだんとセネルに近づく。
瞬間、ごうという音が聴こえるほどの突風が木々を揺らした。
「きゃ……」
クロエの手が、頭に被った大きな白い帽子を、飛ばされないように強く押さえた。
セネルの手は、捲れ上がりかけたクロエの白いスカートを、すんでのところで押さえつけた。
「本当はすごく似合ってる。でも、すごく困る」
顔を背けた状態のまま、セネルは呟いた。そっとクロエの顔を窺うと、その普段は雪のように白い顔が真っ赤に染まっていた。とはいえ、自分も尋常でないくらいに顔が熱いのだが。
ようやく合点がいったらしい。そんな表情でクロエもぼそぼそと呟く。
「や、やっぱり、着替えようかな……」
なんとなく惜しい気持ちになりながらもセネルは、今ようやく安堵の息を吐いた。
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