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丈晴_7
季節はすっかり冬になっていた。

相変わらず同じペースで会っていたが、一度多田の家に招かれて以降、家で会うことが多くなった。
一緒に芝居を見てみたり。
日帰りの旅行をしてみたり。

決して長い期間ではないものの、充実した時間を共有していると思う。

行きたい店があって、普段行かない場所で集合した。

「先生」

癖になってしまったのか、多田はまだ「先生」と呼ぶ。
二人きりの時は別にして。

だから湯島も多田くんと呼び続けていた。
二人きりの時は、別にして。

通り過ぎようとした大きな公園はほんのりとライトアップされており、
結婚式の前撮りなのか綺麗なウェディングドレスを着た女性を囲む数人の人影があった。

湯島は何の気なしにそちらを見ていた。

「先生、俺の嫁さんになってくれませんか」

藪から棒の発言にも、湯島はさらりと返答した。

「……俺は男だけど」
「わかってます」

同性婚は認められているが、アルファとオメガのカップルのための制度という認識が強い。

「わかってるんですけど、でもなんか、そう言いたい気持ちなんです」

嫁さん、と言う言葉が正しく何なのか、多田もよくわからない。
だが、数ある「女性配偶者」をさす言葉の中でこれが一番しっくりくるのだ。

「俺のパートナーになってください、でもないし」

多田の言い訳めいた言葉を湯島はただ聞いている。

「結婚してください、でもなくて……一番ぴったりくるのがこれなんです」

湯島は返答に困っていた。
長い付き合いではない。
多分、本当に結婚するならもう少し、時間をかけるべきなのではないかと思う。
特に根拠はないけれど。

「あと、もう一個、あり得ないこと言うだけ言わせて」

おそらく。
多田をアルファだと勘違いした一番の原因は、彼の言動なのだという結論に至っていた。

彼は全くきっぱりとした物言いをする。
普段こんなに弱弱しく、言い訳がましいことなんて言わないのだ。

自信があるかどうかは別にして、意見でも、何でも、言い切ってみせる。
それはきっと、彼が他人の信用を得るために使っているテクニックなのだろうけれど、見方によっては自信にあふれた態度と捉えられるだろう。
その一見高慢にも見える部分が、アルファっぽさを感じさせる。

気付いてみれば些細なことだが、彼の場合は容姿も相まってますますアルファっぽい。
近くで観察すればするほど、多田はとても格好いい。
精悍で、健康で。

やや間を置いて、多田がようやく発言する。

「……俺の子ども、産んで欲しい」

反射的に否定しようとして、飲み込んだ。
彼が悩みに悩んでその言葉を伝えるに至ったのだと感じたからだ。

「怒らないんですか」

否定しないんですか、ではなく、怒らないんですか、と聞くあたり、相当悩んでいたのだろう。

「うん……確かに君はあり得ないことを言っているけれど、からかっているわけではなさそうだし」

続けようとした言葉を脳内で確かめて、堰き止めた。
あり得ない返答をしようとしている。

だが、多田のほうが先にそんな発言をしたのだから、いいか。

「可能な体なら、その望みを叶えたいと思う」

湯島は返事がないのをいいことに続けた。

「でも、君の望みは俺の性別では叶えられないことだ」

どう頑張っても変えられない事実を述べるにしては、心が痛むような気がした。

眉を寄せた湯島に、多田が強引に笑って見せた。

「おかしなこと言ってごめん」
「いや」
「……忘れて、先生」
「でも」

もう一度忘れてと言った多田の腕を掴む。
掴む度に思うけれど、太い腕だ。

湯島はもう一度、でも、と続けた。

「君の望みを叶えらえなくて、心底残念な気がする」

強引に続けた湯島の一言に、多田は思わずため息を溢す。

感情に任せた発言を反省し、湯島はしょんぼりと項垂れた。

「ねえ」
「なに?」

顔を上げると間近に多田の顔がある。
少しだけ狼狽えて、息を飲んだ。

「丈晴、結婚して」.

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あきゅろす。
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