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丈晴_2

「ずっと大学の先生じゃないんだ」

元医者。現在大学講師、研究者。
それがこの男、湯島の経歴らしい。

「なんで医者をやめたの? 儲からなかった?」
「儲かったけど、疲れたんだ」

儲かるという部分を否定しないことが、多田にとっては面白かった。
頓着しなさそうなのに。

「それに、医者の身分では自由に研究できない」

研究、というのがどれ程魅力的か多田には分からない。

「先生ってなにを研究してるの」

その問に、湯島はやわらかく首を傾げた。
白くて、綺麗な首が見える。

「発情のこと」

綺麗な唇は、意外な言葉を吐き出した。

「オメガの?」

聞き返すと、湯島は首を緩く振る。

「アルファの」

多田は素直に感心した。

「先生ってアルファでしょ」
「そうだよ」
「アルファって、発情するのは自分のせいじゃない、みたいに思うもんじゃないの?」

下に向いていた視線が、はっと多田の顔に向いた。目があって、逸らせなくなる。

「俺はそうは思わない」

そう思わないというより、そう思いたくないというか。
それではいけないと思う、というか。

学者じゃない多田に合わせてくれているのか、整理がついてないのかは分からないが、曖昧な言葉が続いた。

多田はあえて、くしゃりと笑って見せた。

「俺はベータだから、発情のことはよくわかんないけど」

湯島がますます目を見開いた。

多田にとってはよくあることだ。
アルファだと思い込まれて、オメガに交尾を仕掛けられたことすらある。

「え?」

ワンテンポ遅れた湯島の反応に、なぜか下半身が熱を帯びる。

なんて、可愛い人なんだろう。

多田はごくりと喉をならした。涎をすすったと言った方が適切かもしれない。

この人はアルファで、男女に関わらず捕食する側なのだ。
それを、獲物でもなんでもないベータが、可愛いなどと。

多田は悶々とする気持ちを、拳を握りしめて堪えた。

「すまない、てっきりアルファなのかと思っていた」
「よく間違われます」

心底申し訳なさそうに眉を下げた湯島に、ますます気持ちが燃え上がる。
ただ、警戒されないように笑顔は崩さない。

湯島は失礼、とスマートフォンを出した。

「電話?」
「いや」

きっぱりと否定をしたし、見えた画面には着信の表示もない。

「君のことを、メモしたくて」

そういった湯島の声に明らかな興奮が含まれている。

「何をメモするんですか」
「アルファと間違えられるベータの所見を」

湯島は興奮気味に答えたが、はたと止まった。
止まったと思えば、割れるのではと思うほどの勢いでスマートフォンをテーブルに置く。

「悪い、本当に失礼をした」

自分に対して下げられた頭を、多田は呆然と見ていた。

「断りもなく研究対象のようにした。気分を害したらすまない」

硬い言葉は、しかし誠実に聞こえた。

不器用なんだなと、おもう。
ますます可愛らしくて、もう目が離せない。

しかし他の客の視線を感じ、座らせることにする。

「先生、他のお客さんがビックリしてるから、頭を上げてよ」

ここで抱き締めて、かぶりつきたいくらいだった。

耳まで赤くなった湯島は静かに体を起こした。しかし顔は俯いたままだ。

「取り乱してすまない」
「いや、もう謝らないでください」

湯島の顔をどう上げさせるか考え、話の続きを振ってみる。

「俺のことメモしたいだなんて、珍しいんですか、俺みたいなのって」

俯いたまま首をかしげた湯島は、恐る恐るといった感じに顔をあげた。

「俺が出会った限りかなり珍しいよ」
「思わずメモを取るくらい?」
「これでも、見分ける目はあるつもりだったんだけど」

なにで勘違いしたのかな。

小さな呟きまで、可愛らしかった。
目をそらして性的興奮をやり過ごした方がよかったかもしれないが、多田は欲望に流されるまま湯島を見つめた。

「先生は独身?」
「ああ」

湯島は話題を変えただけと捉えたのか、顔の緊張が緩んだようだった。

「君は?」
「見ての通り独身ですよ」
「見ての通りと言われてもな」

勤め先では見ての通りというと「ああ」というだらしないため息と共に納得されるわけだが、この相手は違うらしい。
じっと見つめられ、苦笑いを返す。
湯島はややあってからひらめいたようだ。

「君はいかにも相手がたくさん居そうだということか」

その通りだが、真剣に考えることでもないだろう。

「お分かりいただけました?」
「だからアルファに見えるんだろうか」

これほど食いつかれる話とも思わず、どう話を広げたものか悩んでしまう。

「実際にそうなのか?」

いかにも真剣な顔で聞かれ、多田は吹き出した。
先ほどあんなに真摯に謝ったのに、やはり興味がおさまらないのだ。

「まあ遊ぶ相手には事欠かない人生ですけど、この仕事だとなかなか時間がなくて」

学生時代はモテたし、流されるままおおいに遊んだ。いまは仕事が忙しいためほぼないが。
湯島はすこし黙り込んでいたが、やがて意を決したようにまっすぐ多田を見据えて言った。

「君のことをもっと教えてほしい」

まるで愛の告白だ。
笑いたい気持ちを堪えて、顎を引く。
片眉を上げ、やや上目遣いで、試すように聞く。

「それなら俺と付き合いません?」

は、と目を見開いた湯島は本当に硬直した。
湯島の呆然とする姿はますます多田を興奮させた。

「俺のこと、知りたいんでしょ?」
「きっ……君はゲイなのか?」
「まあ、素敵な人ならどっちでも」

多田の即答に、湯島はかっと赤くなる。

「すてきって……」
「先生のことですよ」

この人は、他人に誉められることに慣れていないのだ。
アルファなのに。
アルファだから、か。

そんな彼をベタベタに甘やかしてみたい。
耳元で美しさを誉めちぎって、体には欲望を打ち付けて。
そんな妄想で、もはや股間がはち切れそうだった。

だいぶ沈黙が続いたが、湯島が口を開く。

「……魅力的な提案のように思う」

まさか、合理的かどうかもわからない提案に、相手が乗ってくるなんて。
多田はまたごくりと喉をならした。

「すまない、こういう誘いにどんな言葉で返したらいいかわからなくて」

多田が黙り込んでいるので湯島は焦って言葉を足した。

「やはり本気にしてはいけなかっただろうか」

自分に駆引きの経験がないことを心底恨めしく思った。
恋愛なんて面倒で、つまらなくて、いつもうまくいかない。
性的嗜好がゲイである自覚はなかったが、多田の提案はそんな理由で断れないほど魅力的に聞こえた。
アルファと間違えられるベータを側で観察できる。
いや本音は。

「君の側に居てみたい」

気が付いたら本音が漏れていた。

多田がクスリと笑った。
表情を確認すると、呆れているようでもなく、嬉しそうに目を細めていた。

「じゃ、決まり」

よろしくね、先生。

付き合っている状態の二人のことを、恋人同士と呼ぶのだろうか。

そんなことを、湯島はぼんやりと思い浮かべた。


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