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苦界の躾
交わる※
「アイ、」

優しく呼びかけて、アイの柔らかな唇に自分のそれを合わせた。舐めるようにして唇を味わってから、口内に舌を差し込む。しかしすぐに口を離した。

「……んぁっ」

錦が急にくちづけをやめてしまったので、アイは少し不安になった。どうしてなのか理由を聞こうと口を開く。

「どうして……、あ、キ……」

何故か恥ずかしくて、キスという言葉が言えない。眉を寄せて俯くと、錦はアイの頬に手を当てた。

「なに?」

唇ではなく、額や鼻の頭など他の場所にくちづけを繰り返しながら尋ねる。アイが何を聞きたがっているのか予想はついているが、錦は言わせたかったのだ。アイが恥ずかしいと思うことを強引にでもさせたい。

「……どうして、キス、を、やめちゃったんですか?」

固く目を瞑り消え入りそうな声でアイが言うと、錦は口元を緩めた。

「アイに、してほしいから」

耳元で囁くと、アイはくすぐったかったのか錦に抱きついた。

「僕がしてほしいのはキスだよ。抱き締められてもねぇ……」

錦が意地悪く言う。アイは泣きそうな顔で錦を見た。恥ずかしくて仕方がないのだ。自分よりもずっと格好いい人にキスをせがまれて、どうしていいかわからなくなってしまう。

「別に恥ずかしいことを要求しているわけじゃないでしょ」

してよ、と耳元で囁くと、アイは固く目を瞑って唇を寄せてきた。アイにしてみれば一大決心だったわけだが、錦は寸前で顔を反らした。

「目は?あけてくれないの?」

見詰め合ってするのは恥ずかしすぎると、アイは首をぶんぶん振った。

「じゃあ、僕が瞑っていてあげるから」

それならできそうだ。そう思ってアイがうんと頷いた。それを見て錦は目を瞑った。
呼吸を整えてから、目を瞑った錦の唇にそっとくちづけをする。手を添えた頬は温かくて、アイは安心した。錦に触れている部分から温まっていくような錯覚が、アイにくちづけを深めさせた。軽く閉じている錦の唇を舌で割り開き、その舌を押し込む。そこまでしてみて、アイはハッとして唇を離した。

「……どうしたの?よかったのに」

錦は困ったように眉を寄せて俯いているアイの髪の毛を撫でてやった。

「オレ、その、キスの仕方が、」

わからない。アイが小さな声で言った。
彼は性体験があまり抱負でない。触れ合うということに対しての知識は乏しく、実際、女性とのセックスは相手を飽きさせる行為にしかなっていなかった。そんなことを思い出すと、アイは急に、錦に触れているのが怖くなった。

「……嫌だ、」

アイが少し体を引く。

「アイ?」

錦が顔を覗き込んでくると、アイはさらに後退りした。彼は、胸が強く打つのを感じた。
「ふあぁっ!!」
心配した錦が手を触れた瞬間、アイは叫んで逃げ出した。後ろを向いて走り出そうとしたがうまく立ち上がれずに、四つんばいで床を這うような格好になる。そこを、錦が上から覆い被さるように押さえつけた。

「やっ……やだぁっ……」
「アイ……」

アイは額を床に押し付けて首を左右に振った。

「やめなさい。傷がつくから……」
「ヤダっ……」

髪の毛を掴み強引に顔を上げさせる。コンクリート打ちっぱなしの床に激しく擦りつけられた額からは薄っすらと血がにじみ出ていた。そのまま髪の毛を引っ張り体を起こして、両腕で包むように抱く。

「あーっ、あぁーっ」

言葉も出ないのか、アイは声を上げて錦の腕の中で暴れた。

「アイ?僕が何かした?」

抱き締める腕に力を込めて、錦は尋ねてみる。それに、アイはかすかに首を振って答えた。しかしまだ眉を寄せた泣きそうな表情でもがき続けている。
しばらくすると、アイは落ち着いてきた様子で、錦を見た。

「……ニシキさ……ん、」

振り絞ったような掠れた声で名前を呼ぶと、錦は優しい眼差しでアイの顔を覗き込んできた。

「どうしたの?僕のことが嫌いになっちゃった?」

錦は、この上なく柔らかい口調でアイに言葉をかけてやる。その口調と眼差しが、アイを落ち着かせた。

「……嫌いじゃ、ないです、オレ、……こわいんです」
「怖い?」

聞き返されて、アイはガクガクと首を折る。

「コマガタさんに、深入りするなって、言われたけど、でも、オレ、」

泣いているのかアイはしゃくりあげていた。なだめるように背中を叩いてやる。

「アイ、その先は、言わない方がいいよ」

気持ちが高ぶっている今のアイには少し酷なことだったかもしれないが、事実いわないほうが彼の身のためだとも思われた。言葉を止められて、気持ちを押さえ込むことになったアイは本格的に泣き出してしまった。

「バカな男が本気にすると、君が立ち直れなくなるからね」

好意を持たれることが嬉しくないわけではない。アイの事は、これまでになく気に入っている。綺麗だし、かわいいし、体もいい。できることなら、本気で自分のものにしてしまいたい。しかし、今のアイの立場上それをすると翁や落合がどうのように怒るかわからない。アイも危険だろうと思う。
アイは、本気にされて立ち直れなくなっても構わないと思っていた。ここから、立ち直りたいとも思っていないし、立ち直れるとも思っていない。

「君のことを壊したくはないんだ。」

必要以上に傷つけられるのも、壊れてしまうのも見たくはない。そんな気持ちできつく抱き締めると、アイは少しだけ抱き返してくれた。

「……アイのこと、飽きないでいてくれる……?」

アイのごく小さな声に、錦は微笑んだ。

「それは、アイ次第だよ」
「オレ次第?」
「そう」

不思議そうに顔を覗き込んできたアイの髪の毛を撫でながら、錦は何度か頷いた。

「キスの仕方も、僕を喜ばせることも何でも教えてあげるから、僕を飽きさせないように、がんばりなさい」

錦がそう言うと、アイは嬉しそうに笑った。ハイと返事をして、頷く。錦も嬉しそうに微笑んでアイの髪の毛を撫でていた。

「じゃあ今日は、何をしようか?」

アイを放して、少し距離をおく。改めて顔を見ると先ほどの額の傷が気になったが、かすり傷のようだ。放っておいても一週間もすれば綺麗になるだろう。

「……少し質問してもいいかな?」

時間はあるが何をするか思いつかない。あんまり深入りするまいと思うものの、聞いてみることにした。アイが頷いたので、さっそく質問する。

「いくつ?」

あまりにも簡単な質問に、アイは面食らった。何かもっと複雑なことを聞かれるのかと思っていた。

「……25です」

質問も簡単だった上に反応も簡単で、錦はへぇと声を漏らしただけだった。

「学生?」
「いや、違います」

なんだかアルバイトの面接みたいだなと思いながら、アイは正座して、あぐらをかいた錦を見詰めていた。
職業があるのか聞こうと思ったが、まさかそんな奴を選んでここに監禁することはないと筈なので、とりあえず無職ということで片付けた。

「まぁいいや。アイ、ちょっと待ってね」

そう言うと、錦は服を脱ぎ始めた。突然だったので、アイは呆然と、仕立てのいい上着やシャツが床に落ちていくのを見ていた。

「……この部屋結構明るいからなぁ。恥ずかしいな」

彼が人前で服を脱ぐことは滅多にない。昨日上着を脱いだことすら駒形に珍しいと思わせたのだ。
上半身裸になると、錦はアイの前に膝立ちになった。

「好き勝手してもいい?」

何をされるのかよくわからなかったが、アイは頷いていた。目の前の男の体が酷く魅力的に見えて、この体になら何をされてもいいかもしれないなどと思ってしまっていた。
アイが頷いたのを見て、錦は靴や靴下まで全ての衣服を脱いで全裸になった。正座していたアイの前に座りなおすと、手招きをする。あぐらをかいた脚のうえにアイを跨らせて腰に腕を回す。

「アイ、やり方を教えてあげるから、もう1回キスをしてみなさい」

そう言われ、とまどいながらも錦の唇に自分の唇を重ねる。先ほどは気がつかなかったが、少しタバコ臭いような気がした。昨晩錦がしてくれた濃厚なくちづけを思い出しながら、自分の舌を相手の舌に絡めてみる。しかし、堪えられなくなって唇を離すと、錦が笑った。

「そんなに出来るじゃないか。昨日してあげたのを、思い出した?」

恥ずかしそうに顔を赤らめて頷いたアイがかわいらしくて、錦は背筋がゾクゾクした。

「でもそれじゃ足りないよ。教えてあげる」

そう言うと、噛み付くようにアイの唇を奪った。少し荒々しい行為にアイは驚いたが、してもらう快感にすぐに意識が溶け始める。

「ん……ふぅっ……」

錦はちゃんと意識して舌を使っているわけだが、アイは快感ばかりが先に来てキスの仕方などまったくわからない。

「……アイ、ちゃんと勉強してる?後でしてもらうから」

少し唇を離してそう囁くと、錦はまたアイの唇に噛み付いた。何とか錦の舌の動きを読み取ろうとするのだが、そうしようと思ったときには既に遅く、口の中だけではなく体中が敏感になってしまっていた。錦がだた押さえているだけの頭や腰からも、じわじわと痺れが生まれ始める。舌の動きに集中していられる場合ではない。
腰に押し付けられた股間に変化を感じ、錦はアイの頭を離した。顔を覗いてみると目がとろんとなっていた。

「気持ちよかった?」

聞いてみるとアイは何度も頷いた。相当気持ちよかったらしい。

「アイは感じすぎるね」
「……そういうやつは、嫌い?」

アイは不安になって、無意識にそう訪ねていた。それを聞いた錦が嬉しそうに笑う。

「大好きだよ。はじめから感じすぎる体だなんて、最高だ」

言いながら、錦は指をアイの口に含ませ、舐めさせていた。

「……ふっ……ぁ、はうぅっ……」
「口の中をかき回されて、気持ちいいの?」

唾液まみれになった指を、今度はアイの肛門にあてがう。するとアイは怯えたのか体をこわばらせた。しかし錦が筋肉をほぐすように指を使い始めると、昨晩の快感を思い出して頭の中がぼんやりしてくる。

「ん……、あぁ、」

なるべく痛みを感じないようゆっくりと丁寧に指を使う。それだけで気持ちいいのか、アイの口からは色っぽい息が漏れてきていた。さらに、指を中に誘うように腰を揺らし始める。

「アイ、中に欲しいのかい?」

耳元で囁かれて、アイは何度も頷いた。それを見るや、錦は予告もなしに指を奥まで挿し入れた。

「はっあっ!」

アイは突然の挿入に驚いて首を反らせた。背筋をピンと張り、錦の体にしがみつく。自分からしがみついてきたことが嬉しくて満足げに微笑みながら、片手で腰を支えてやる。そして中に入れた指をかき回すように使う。

「……は、ぁあっ……、あう、うぅん……」

前立腺を集中して刺激しているわけでもないのに、アイのペニスは既に硬く勃ち上がり先走りを垂らし始めている。それを腹で感じ取り、錦がからかうように笑った。

「アイ、まだ指を入れただけだよ?まだ君の感じるところを触ってあげてないのに……」

言葉を途中で止めて、錦は指をぐいっとアイの前立腺に押し当てた。

「ひっ!ひぃいいぃっ!!」

強烈な刺激にアイは歯を食いしばり、錦にしがみつく腕にさらに力をこめた。

「そんなに感じるの?」

落ち着いた声で囁き続けている錦だが、アイが乱れる姿に興奮してきていた。錦の硬くなったペニスが股間の辺りに触れていて、アイはそれを意識せずにはいられなかった。

「もう一本入れるよ」

アイがその声を聞いた瞬間、肛門に強い拡張感が与えられた。半ば強引に指を二本に増やし、挿入するや否や二本の指で前立腺を激しく刺激し始める。

「あうっ、あっ……あぁん、……う……うぅっ」

腰が痺れる。ペニスからも先走りが溢れ出した。アイは固く目を瞑って、錦の肩に顔を押し付けた。
錦は、前立腺の辺りを指の腹でぐりぐりと押し込んだり、抜き差ししたりして、アイが乱れている姿を楽しんでいた。その姿を見て、どうしようもなく興奮している自分がいる。

「アイ……、我慢できないや」
「えっ……?」

腰を支えていた手で背中を擦りながら、錦はアイの肛門から指を引き抜いた。アイが名残惜しそうな声を上げ、腰を揺らした。

「ちょっと痛いかもしれないけど、ごめんね」

そう言いながらアイを寝かせ、両足を肩に担ぎ上げる。その体勢から、何をされるのかわかってしまったアイは、恐怖に眉を寄せた。

「怖い?」

身を屈めて膝や腿にくちづけを繰り返していた錦が、アイの表情を見て尋ねる。アイは当然頷いて見せた。

「大丈夫。多分、アイなら、すぐに慣れるよ」

錦は小さく、いくよ、と囁いて、先端をアイの肛門に押し付けた。

「んっ、ぐぅっ……!」

指とは比べ物にならない質量にアイは固く目を瞑った。腕が、なにか縋る物を探して宙を彷徨う。その手を握ってやると、アイはもう一方の手も添えて、錦の手を強く握った。

「アイ、力を抜いて、……そう」
「……くぅっ」

アイが大きく息を吐いて力を抜くと、やっと亀頭が収まる。きついアイの直腸にペニスを馴染ませるように、腰を揺らしながら挿入を深めていく。

「あ……あうぅ……」

アイは時折快感とも苦痛とも取れない声を上げて、錦を受け入れていった。指に比べたらとんでもない痛みだが、決して痛いだけではない。腰がビリビリと痺れているのを感じる。

「ふっ、うん……、はあぁ……」

ペニスが根元まで入ると、アイはまた大きく息を吐いた。錦もため息を吐いて、呼吸を整える。

「苦しい?」

息を含んで幾分艶っぽい錦の声に、アイが首を振って応える。体の中を埋める充実感が、アイの脳髄を解かし始めていた。

「……うごかすの?」
「え?……うん」

潤んだ目で錦を見たアイの質問に、苦笑して見せる。

「嫌だ?」

錦が聞くと、アイはゆるく首を振って、声にならなかったが何か言った。その口の動きを見て、錦は目を見開いた。

「……はやく?」

信じられなくて、確認するために聞いてみると、アイは恥ずかしそうに顔をそらした。錦は仕草から本当に早くと言ったことを確信して嬉しくなった。
さっそく、ゆっくりと腰を揺らし始める。

「んぐぅっ!!」

早くしろとねだったもののやはり苦しい。搾り出すようなアイの悲鳴に、錦は動きを止める。

「やめようか?苦しいんなら、やめておいたほうがいいよ」

そう言われるとやめてもらいたい気もするが、この挿入はただ苦しいだけではなく、かすかな快感をアイは掴みかけていた。

「……やめないで……」

吐息混じりの声から、錦はアイが少なからず感じていることを読み取り、軽く微笑んで頷いた。そしてまた腰を揺らし始める。

「……う……ぁ、はうぅ……」

しばらくは静かに腰を使う。指を入れられたときには得られなかった奥を押されるような感覚が気持ちいい。アイは意識を集中させて必死にその快感を追った。
アイが感じてきたようなので、今度は腰を引いて、奥にペニスを打ちつけてみる。

「ぁあん!」

腸壁を擦られる感覚も、快感に変わってきていた。アイが上げた声は苦しさを訴える声ではなく、快感に喘ぐ声だった。

「アイ……、気持ちいいの?」
「うんっ……、ん、……きもち、いい、」
「このまま続けていい?」

錦の声に頷き、アイはねだるように腰を揺らした。それも快感となってアイの脳髄に伝わっていく。
誘うように腰を揺らし続けるアイの脚を押さえ、錦は大きくペニスを抜き差しし始めた。

「あ、あんぅう、うっ、うぁっ、」

錦の腰の動きに合わせて声が漏れる。さらに、大きく抜き差しされることで前立腺にも充分な刺激がいく。どうしようもなく感じる部分に強烈な刺激を受け、アイのペニスからは先走りが溢れ出していた。

「あぁーっ!あっ、あうっ、ぅ……あああっ!!」

割れんばかりの悲鳴を上げペニスの先端からドクドクと先走りを流しているアイの姿を見て、錦は本当に嬉しそうに笑った。昨日初めて直腸の快感を知った男が、今自分のペニスを咥え込んで乱れている。

「アイは壊れてるんじゃない?アナルセックスは初めてじゃないの?」

興奮に息を弾ませて聞く。アイは意識が薄れていく中で何とか頷いて見せた。

「初めてなのにこんなに感じてるなんて、アイは本当に変態だね」

笑いが止められない。相手は言葉が出ないほどに感じている。初めてのアナルセックスで、痛いと言わない。アイの態度や感じ方、とにかく彼の全てが、錦を興奮させていた。錦はさらに激しく腰を使う。

「アイ、どうして……、どうして僕をこんなに興奮させるの?」
「ど……して、って……」

そんなことはわかるはずもない。錦も明確な答えを求めているわけではなかったが、アイが困る顔を見たかったから言った。それを聞いて本当に困ったように眉を寄せるアイがかわいくてしょうがない。泣きそうな顔で見上げられて、錦はさらに興奮した。腹の底から湧きあがる笑いを止めることが、どうしてもできない。

「アイ、かわいい……かわいいよ。もっと鳴いて見せて。もっと……」

自分でもおかしいと思うくらいに、錦は腰を使った。だんだんと快感を放ってしまいたくなってくる。

「んうぅっ……、あ、あっ、あふっう……」
「ダメだ……。僕がダメだよ、もう……」

脚を肩から下ろして体を折り、アイの体を抱き締める。すぐ側からアイの喘ぎ声が聞こえてきた。

「このままイってもいい?」

このままというのは、中に放ってしまっても良いかと言うことだろうか。アイはそれを激しい快感のせいで途切れ途切れになった意識の中で思った。どうせ自分ももう我慢ができそうではない。アイはガクガクと首を折って答えた。

「……んっ、」

錦の艶っぽい声が耳元で聞こえてくる。自分よりもずっと格好いい男が、自分でこんなに感じてくれている。そう思うと全身が痺れて、その痺れがすぐに快感となり脳髄を解かしていく。

「いっ、あぁう……、アイも、アイもイクぅっ!」
「イっていいよ、アイっ……」

アイは、一層強く抱き締められ、意識を手放しながら、錦の腰がかすかに震えたのを感じた。
絶頂に達して気絶してしまったアイからペニスを引き抜く。すると自らが放った精液が肛門から溢れ出してきた。それを見て錦は自嘲するような笑みを浮かべた。他人と快感を共有することから、長いこと離れていたことに気づく。自分を魅了する相手が居なかったこともあるし、本気になりたくないと思っていたこともあって、もう随分と長い間、自分がイってしまうほどのセックスをしていなかった。
先ほどアイの顔を拭いた濡れたハンカチで、とりあえず自分のペニスと腹を拭う。アイの体もと思って見てみると、体を洗ってやった方が早そうだった。それに、一度洗腸しておかないと、翁や落合にセックスしたことがばれてしまう。あの二人には、あまりアイに夢中になっている事実をさらけ出したくない。
その辺に脱ぎ捨てた下着やズボンを身に着けながらアイを見ていると、先ほどの笑みがぶり返してきた。アイと言う男が、たまらなく面白かった。自分だけの体になったら、きっと歯止めが利かなくなるくらいに面白いんだろうなと、錦はアイから目をそらした。
とりあえずワイシャツを着て、アイの側にしゃがみこむ。

「アイ、」

呼んでやると、彼は薄っすらと目をあけた。しかしはっきりと目を醒ませないようなので、ポンポンと頬を叩く。すると目をあけて上から顔を覗き込んでいる錦を捕らえた。

「……に、しき、さ……」

アイが掠れた声で名前を呼ぶ。

「気持ち良かった?」

尋ねると、アイははにかむような笑みを見せた。うん、と小さく頷く。その顔に、錦はまた欲情してしまった。

「駒形君にシャワーを貸してもらって、体を洗ってあげるから。少し待ってて」

沸いてきた性欲を振り払うように、錦は立ち上がって部屋を出た。階段を登っていくと、少し落ち着いた。
店を覗いたが駒形はいなかったので、その奥にあるドアが開いていた部屋を覗いてみる。

「……駒形君、」

テレビを見ている駒形に声をかけると、彼は少し慌ててドアの方を振り返った。

「錦さん、どうかしました?」

見てみると、錦の髪は見事に乱れている。そんな姿をしている錦に、駒形は本当に驚いていた。珍しい、どころではない。

「いや、シャワーを借してほしいなと、思って」

駒形の視線で髪の毛を整えていなかったことを思い出し、錦は苦笑した。
事情をわかってくれたのかは定かでないが、駒形は快諾してくれた。苦笑したまま礼を言い、地下室に戻る。
錦がドアを開けると、床に転がっているアイは少し首を動かした。

「ニシキさん……」

呟くように言った後だらしなく開いたままになった唇が、薄明かりに光る。それがものすごく艶っぽく見えた。その唇に、誘われているようで、錦は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「アイ……、誘わないでよ。そんな顔して」

アイはそんなつもりはないと言うように首を振った。

「いけない子だね」
「変態だから」

変態。アイの口から出た言葉に、錦は鼻で笑った。

「認めるんだ……?」

宣言させておいて、こう言うのもおかしいか。そう思いつつアイを見ると、彼も同じことを思ったのか不満そうに目を細めていた。

「僕が認めさせたのにね」

言いながら、ダンボール箱が積んである方へ向かう。
久しぶりのセックスで、終わった後どんな態度を取ればいいのかわからない。前はどうしていたのか思い出せない。
ダンボール箱に昨日とは違うタオルケットが入っていた。何枚か入っていたのか、昨日の物と取り替えられたのか。さらにダンボール箱に手を突っ込んでかき回してみると、大きめのバスタオルを見つけた。それを持って、アイの側に歩み寄る。

「証拠隠滅させて」

錦は優しい声で言った。それに頷いたものの動こうとしないアイにバスタオルを被せる。それで包むように抱き上げる。
決して小柄ではないが、軽い。重くて持ち上がらないかと思ったが、意外と難なく持ち上がった。
横抱きにしてもアイは抵抗しなかった。少しぐらい恥ずかしがってもいいんじゃないかと顔を覗いてみると、彼は目を閉じていた。眠ってしまっているようだ。
話し掛けないまま部屋を出て階段を登り始めると、揺れたせいか薄っすらと目をあけた。

「……キス……」

目の前に錦が居る。アイは無意識にくちづけをねだっていた。

「キス……欲しい」
「……してあげるよ」

君にねだられて断れるわけがないじゃないか。言外に含ませ、苦笑する。アイに伝わっているかどうかは、わからないが。立ち止まって、薄く開いた唇に重ねるだけのくちづけを落とす。
キスが降ってくる。そんなことをぼんやりと考えながら、アイは錦のくちづけを受けていた。
数回繰り返すと、アイは目を閉じて眠ってしまっていた。
階段を登りきったところで顔をあげると、駒形がバスルームの前に立っていた。

「錦さん、そろそろ店を開けるんで」

持っていたタオルをアイの腹の上に乗せながら言う。ありがとう、と錦は笑った。
駒形の店は午後三時ごろに開く。店主である駒形の都合に合わせて店番を任されてくれる不定期のアルバイトが居るらしい。今のように地下室に人がいる場合は、駒形が夕方まで店番をし、その後はアルバイトが店番をする、というパターンになっているようだった。
バスルームに入り、バスタブの淵にアイを座らせる。頬を軽く叩いて呼びかけると、目をあけた。

「……ニシキさん」

アイのぼんやりとした声に、なぁにと返しながら、錦は服を脱ぎ始めた。

「ニシキさんって、背、高いですね」

目の前で服を脱いでいる錦は自分より大きい。彼だってそう小さい方ではないはずなのだが、少し見上げないといけない。
アイの言葉に、錦は小さく笑った。

「……背筋、すごいですね」
「アイ、あんまり見ないで。恥ずかしいから」

全裸になると、アイの視線を遮るように目を片手で覆った。その行為に、アイは何となく笑った。錦も嬉しそうに笑っていた。こんな温かいやり取りは、久々のような気がする。しかも、あれほど甘い時間の後に。
少しにやけたまま手を放し、アイをバスタブに入るように促して、錦もアイの後ろに立った。後ろから手を回してシャワーヘッドを持ちお湯を出す。最初に勢い良く出た水がアイの体にかかったらしく、彼は悲鳴を上げて少し暴れた。それに笑っていると、アイが眉を寄せて振り返った。何か文句を言ってくるのかと思ったが、何も言わないまま前を向いてしまった。
お湯になったのを確認してシャワーヘッドを固定する。お湯がかかりっぱなしになってしまったアイは鬱陶しげに髪の毛をかき上げている。そんなアイがかわいらしいと思ったが、放っておくと今度こそ文句を言われそうなので、近くに置いてあった石鹸を手にとって泡立てた。どうせ朝にでも体を洗ってもらったのだろうから、それほど念入りに洗う必要はない。アイもあまりお湯を浴びて居たくなさそうだし、手早く汗が溜まる首や腰のあたりを洗ってやった。
体についた泡を流し、お湯を止める。

「アイ、髪も洗う?」
「……アイが、洗ってあげようか」

二人同時に言葉が出た。錦はアイに体を近づけて、アイは振り返っていたので、お互いの間に距離がほとんどない。それに気づくと、アイは赤くなって顔をそらした。
錦は嬉しそうに笑うと、アイを抱き締めた。

「洗ってくれるの?」

先ほどあれだけ抱き合ったのに、肌が触れ合っている感じにどうしても慣れない。そんなもどかしさを感じながらアイが頷いた。シャワーを取って振り返る。

「洗ってあげる。」

後ろ手に蛇口を捻りお湯を出し、少しだけ身を屈めた錦の髪の毛に遠慮なくお湯をかけた。このままではお湯をかけることしかできないので、錦にシャワーを押し付ける。

「……ニシキさんて、どういう字?」

髪の毛を泡だらけにしながら聞いてみる。いろいろ、知りたい。さっき傷のことを教えてあげたから、きっとこのくらいは教えてくれるだろう。

「佐藤錦の、錦」
「サトウ、ニシキ?」

押し付けたシャワーを取り返して、シャンプーの泡を流す。丁寧に濯ぎながら、佐藤錦がなんだったか思い出そうとしていた。

「さくらんぼの品種だよ」

佐藤錦は分からないか、と苦笑して、別の例えを考えることにした。

「もみじのにしきかみのまにまに……?」

自信なさげに言って、アイはごまかすようにシャワーを奪い取って髪を濯いだ。
佐藤錦を知らなくてそれが出てくるのも不思議だが、正解だ。
アイが濯ぎ終わるのを待って、頷いた。

「……良い漢字だね。」
「そう?僕にはちょっと豪華な気がするけど」

ううん、と首を振ると、錦が抱き締めてくれた。

「綺麗だもん、似合ってると思うな」
「ありがとう」

なにが綺麗なのか良くわからなかったが、誉められたような気分で純粋に嬉しかった。抱き締めたまま、アイの手からシャワーを奪う。

「アイ、少し、中を洗わせてね」

そう聞いてアイがしがみついてきた。その体を片手で支え、シャワーヘッドを先ほどのセックスで少し緩んだ肛門に押し当てる。

「……んぅっ……」

少しだけお湯を入れて、シャワーを離す。体を支えていた手をそこに這わせ指で肛門を押し広げると、お湯と一緒に精液が流れ出た。

「もう一回ね」

今度は指で広げたままお湯を中に入れる。アイは少し苦しそうに眉を寄せていたが、中に入った湯が全て流れ出ると、ホッとしてため息を吐いた。
お湯を止めると、不気味なほどに静かになった。

「……錦さん、オレ、どうなるの?」

錦にしがみついたままのアイが、小さな声で言った。声は少し震えていた。

「どうって……」
「どこかに、売られちゃう?」

アイの不安がかわいらしくて、錦は笑っていた。売られてしまうなんて、今のご時世あまり聞かない。男も女も何人か調教された人間を見てきたが、大体は誰かに引き取られていく。この調教自体、趣味のことで、後のことなど誰も真剣に考えてはいないのだ。気が済むまで遊んで、飽きたら、誰かが引き取り先を探してくる。本人が元の生活に戻れそうならそのまま放してやることもある。

「わからないね。……僕の、奴隷にでもなる?」

冗談半分で錦が言った言葉に、アイは身震いした。

「冗談だよ。本当に、どうなるかは、僕だけでは決められないからね」
「……錦さんの、奴隷っていう道も、あるの?」

冗談と言われいくらか落胆したアイだったが、全く先がわからない不安から開放されたくて、聞いてみた。

「無きにしも非ずと、言っておこうかな」

下手に約束すると、もしそうならなかったときにアイが不幸だから。そんなことを無意識に考えてしまい、錦は自分が本当にアイに夢中になりつつあることを悟った。
アイは黙ってしまった。

「……名前を教えて」

錦は髪の毛を撫でて、囁いた。突然の要求にアイはとまどった様子だったが、目を瞑って肩に顔を埋めると、口を開いた。

「三ッ彦」
「ミツヒコ?」
「うん……。数字の三に、ちっちゃいツに、彦、で、三ッ彦」

へぇと反応する声が上ずった。なんというめぐり合わせだろう。

「僕の名前を教えてあげる。でも知ってることは誰にも言っちゃダメだよ。二人きりのと
きだけ、名前で呼んで。」

アイが頷いたのを見て、錦は耳元で小さく囁く。

「君と同じ、ミツヒコ、だよ。」

偶然にしても、こんなに気持ちいいことはない。何かを共有している感覚が、アイの体を振るわせた。

「どう書くの?」
「制御の御に、彦」
「……豪華」

すぐに漢字が思い浮かぶ彼を、賢い人なのだなと思った。返された言葉は、別としても。

「御彦さん、」
「なぁに?」

ただ呼んでみただけだったのかアイは黙ってしがみついていた。

「名前を教えてもらったけど、君の事は、アイって呼ぶから。」

それが僕の気持ちだよ、と錦が耳元で笑った。

「アイ、だけは、僕の……」

温かいと感じた。多分お互いに。

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あきゅろす。
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