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苦界の躾
休憩2

翌朝、駒形が地下室に行くと、アイは体を起こしていた。

「……おはようございます。」

ドアの方を向いて、彼のほうから挨拶をする。驚いた駒形は上ずった声でおはようと返した。

「コマガタさんですよね……。あの……」

どうやら昨日の痴態を覚えているらしく、アイは顔を赤くした。

「コマガタさんは、いつも、ここに居るんですか?」

駒形は、喋るアイを、首をかしげて見詰めていた。なんだか急に、ちゃんとしている。

「オレ、」
「昨晩縛らないままにしたのは失敗だったな」

優しい人だと思っていた駒形が発した言葉に、アイはショックを受けた。呆然と、ドアの前に立つ大柄な男を見上げる。

「逃げようと思わなかったのか?」

近づきながら、駒形が問う。昨夜は鍵もかけないまま放っておいたのだ。逃げようと思えば簡単に逃げられたはずだ。

「鍵も開けっ放しだったし、縛られてもいない。裸なのはしょうがないとして、逃げても良かったんじゃないか?」

駒形は、膝を抱えて座っているアイの前にあぐらをかいた。ぽかんと口を開けたまま自分を見詰めている男の綺麗な顔を覗き込む。

「……よくわかんないんだけど、オレ」

アイは膝に顔を押し付けた。鍵が開いていたことは先ほど確認してみたので知っていた。今更だが、逃げればよかったのかもしれないと思う。

「起きたとき、いい気分だったから……。それに」

昨日されたこと全部、気持ちよかったから。そう言おうと思ったが声にはならなかった。全部見ていた駒形にはわかるかもしれないし、全部見られていたとはいえ改めて言うには恥ずかしすぎた。
駒形は何となく言いたいことを感じ取り、立ち上がってため息をついた。
昨日はそれほど酷いことはされなかったが、落合は加減をしない男だし、翁も相手のことを考えない。逃げなかったことを、絶対後悔する時が来る。これからが心配だなと思いながら見下ろすと、アイは駒形の視線に気づいて笑って見せた。

「……おかしな奴だ」

率直な気持ちを言葉にすると、それを聞いたアイは首をかしげた。

「俺はお前を監禁してるんだからな!? 」

駒形自身、忘れかけていた。彼があまりにも抵抗しないので、自ら望んでここにいるような錯覚を起こしてしまっていた。そのせいか、自分に言い聞かせているような語調になってしまった。
当然とでも言うようにすんなりと頷いたアイに、駒形は呆れて背を向けた。

「体を洗ってやるから、来い」

ぶっきらぼうに言って歩き出した駒形を、アイは焦って追いかけた。立ち上がるとき尻の奥に少し痛みを感じたが、我慢した。
連れてこられたのは少し広めのユニットバスだった。自分で洗う事もできたが、駒形に洗ってもらうことにした。アイは人に触られる気持ちよさをすっかり覚えてしまった。迷惑がって手抜きをされるかもしれないと不安になったが、駒形は丁寧に洗ってくれた。
シャワーの後に渡された歯ブラシで歯を磨いてからバスルームを出ると、その向かいの部屋で駒形がテレビを見ていた。

「……それ、オレも見たい」

自分が全裸だというのも忘れて、駒形の隣に座る。三人ほどが座れるソファなのに何故かつめて座ったアイを駒形が横目で気にした。

「これ、今やってるの?」
「録画だよ」
「先週の続き?」
「見てればわかるだろ」

アイは膝を抱えてテレビ画面を見詰めた。いつの間にか一緒に録画観賞しているが、隣にいるのは監禁されているはずの男だ。駒形はまた忘れそうになっていたことに気づきこめかみを押さえた。

「お前、自分の立場、わかってるんだろうな?」

短いCMの間に尋ねてみる。するとアイは頷いた。

「監禁されてるんですよね」
「監禁がどういうもんか分かってるのか?」
「初めてなんで」

わからないという意味だろう。アイの答えに、駒形は呆れた。人生は長いが二度以上監禁される人がそうそう居てはたまらない。横目で見てみると、アイはテレビにすっかり夢中になっていた。
エンディングテーマが終わるとすぐに画面が黒く変わってしまった。駒形はリモコンを取ったがそのまま立ち上がり、テレビの主電源を落とした。レコーダーの方も本体のボタンで止めて、結局リモコンは使わなかった。

「監禁されてる奴はさっさと部屋に戻れ」

まだソファに座っているアイを振り返り、駒形はできる限り冷たい声で言った。一応監禁しているという立場上、彼を甘やかすのはよくない。

「わかりました」

素直に返事をし、アイが立ち上がる。恥ずかしげもなく歩き出す所を見ると、どうやら裸を見せることに抵抗はなくなってしまったようだ。
昨夜の傷が気になるのか不自然な歩き方のアイに着いて地下に降りる。地下室に入ると、換気扇を回しておいたものの、抜けきれなかったすえた匂いが鼻をついた。排水口には強力な脱臭剤を撒いてあるのでそちらの匂いはほとんど気にならない。

「……この部屋、なんか臭いですね」

ほとんど自分の匂いだとわかっているが、顔をしかめずには居られない。アイと同じく少し顔をしかめた駒形は、彼の言葉には応えなかった。閉じ込めておく方としては、慣れてもらわないと面倒だ。

「逃げないとは思うが、一応つないでおくからな」

鎖がぶら下がっている辺りにアイを座らせると、駒形はダンボール箱を探った。今は正気のようなので、それほど強く拘束する必要はないだろう。それに錦が来るのであれば、また解いてしまうかもしれない。というわけで、首輪と手枷が繋がっているものを選んで持っていく。
駒形が持って来た拘束具に興味を持ったのか、アイはまじまじとそれを見詰めた。

「こういうの、いっぱいあるんですか?」

アイの視線を振り払って首にベルトを回す。質問には答えないことにした。

「オレ、どうしましょう?」
「何がだ?」

首輪を止めると、アイが振り返って聞いた。駒形は質問の意図がわからなくて眉を寄せる。

「手、後ろですか?」

積極的な態度に呆れながらそうだよと言うと、アイは腕を背中に回した。ここに来て3日目で自分から拘束されようとする者は今まで居なかったので、さすがの駒形も困惑気味だ。ここを出る時まで抵抗を続ける者さえ居るのに。

「……また錦さんが来るらしい」

腕を固定し、容易にはずれないのを確認すると、天井から垂れている鎖を首輪につなぐ。つないでみたが鎖の位置が高く、立ち膝にならないと首が吊られてしまうので、駒形は壁のパネルを操作して鎖を伸ばした。
錦が来ると聞いたアイは、口元を緩め顔を赤くしていた。

「ニシキさんって、どんな人なんですか?」

床に寝ても大丈夫なくらい鎖を伸ばしたので、アイは安心して床に腰を下ろした。そして、嬉しそうに訪ねる。

「どんなって、見たまんまだよ」

数年の付き合いがある駒形も錦の事はよく知らない。乗っている車や着ている服から、経済的に充実している人なのだろうということは予測がつく。

「見たまんまって言われても、だってオレ、よく見てないし……」

とにかくいい男だということぐらいしか、アイにはわからない。一緒に居た時間はずっと乱れていたのだから、わからなくて当然だ。
好意を抱きかけているのだと察した駒形は、わざとらしくため息をついて見せた。

「……あまり興味を持たない方がいい」

ここに来る人間に深入りするな。

そう念を押すように言われ、アイは頷いた。そのまま首を垂れて、不健康に白い自分の太ももを見る。少し、細いかもしれない。目の前の駒形が大柄だから、そう思うのだろうか。

「お前、顔の割にはいい体してるなって、よく言われないか?」

駒形は首を垂れているアイを見下ろして尋ねてみる。色白だが線は細くない。それなりに鍛えられている。

「顔の割にはって言葉をよく言われる。顔の割に口が悪いとか、顔の割に声がでかいとか」

並以上に美麗な顔にコンプレックスを持っているのかもしれないと、駒形は自分の発言を申し訳なく思った。女顔というのとは違うが、彼の場合顔の印象でイメージを固められてしまうのだろう。

「俺は体の割に几帳面だってよく言われるよ」

大したフォローにはならないだろうと思ったが、アイは嬉しそうに口元を緩めた。それに安心した駒形はドアに向かった。
監禁している相手に完全に嫌われてしまうのも、あまりいい状態ではない。

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あきゅろす。
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