苦界の躾 売り物3※ 三ッ彦と呼ばれたので目をあけると、見たことのある人が自分を覗き込んでいた。 「……み、や、こ、さん?」 間違っていたら失礼だが、多分そのような名前のはずだ。 この穏やかな笑みは、京だ。 「僕のこと覚えててくれたんだね」 京は本当に嬉しそうに笑って、彼の頭を撫でた。しかし前よりも具合が悪そうなのが、気にかかる。 「また会えるとは思ってもみなかったよ。相変わらず綺麗だね」 そう言いながら彼にかかっている毛布を整えて、ベッドのすぐ側にある空調の操作盤を確認した。先ほど世話役の男が彼の服を脱がせてしまったので、少し温度を上げる。 「あんまり、お客さんには反抗しないんだよ」 心配そうに顔を覗き込みそう言うと、京は離れていった。 ドアが閉まり、部屋には彼だけが取り残された。 前とは違い、スプリングの利いたベッドが彼の居場所だった。ソファより居心地がいい。 部屋を出た京は、後ろ手にドアを閉めてその場に立ち尽くした。ドアに寄りかかり、両手で顔を覆う。 京は経営者なので、この店に特に営業時間を定めていないことや、殺さなければどんな行為でも容認しているということは、もちろんよくわかっている。 翁だって知っているはずだ。 前回はよかったかもしれないが、今回はどう見ても、この店に置いていい状態ではないように思える。 京は断ろうとしたが、翁の影響力では自分の身まで危うい。結局は引き受けてしまった。 くたくたになって起こしてもすぐに眠ってしまうような状態の彼が、これから際限ない暴力にさらされると思うと苦しくなる。 腕時計を確認して、京は歩き出した。底無しに不安になりそうだから、彼の事はできるだけ考えたくない。 京が店を出たすぐ後、すでに彼のもとには客が訪れていた。 前に数回、彼を買ったことがある人だった。 「……お前、いつ戻ってきたんだ?」 部屋に入るとすぐにベッドに歩み寄り毛布を剥ぐ。 彼は眠っていたがその行為に起こされた。 「会いたかった。俺から逃げたのかと思ったよ、蜜彦」 男は心底愛しそうにミツヒコの顔を撫で回し、体を引き寄せた。 「すぐにしよう。蜜彦も、俺が欲しくてたまらなかっただろう?」 ミツヒコはなにがなんだかわからなかったが、とりあえずうんと頷いて見せた。 すると男は喜んで、すぐに自分の衣服を脱ぎ捨てた。 湿った手のひらで体を撫で回されると、自分がセックスばかりしていた事を思い出す。 薄暗い部屋で、面識のない人と、散々したことを思い出した。 「ん……ぁ」 「感じてきたか?」 男は背面からミツヒコを抱え、耳元で囁いてきた。 それと同時に、ぷっくりとした乳首を手のひらで転がす。その刺激に弱い彼は、歯を食いしばって、張り上げてしまいそうな声を堪えた。 「何を我慢してるんだ?どんどん声を出せ。もっと、聞かせてくれ。」 そう言われ口をあけると、喘ぎ声が溢れ出してきた。 刺激を与えられるたびに、口から垂れ流される。 彼にはとても汚らわしいものに思えた。 「んふぅ……ぅうう、うぁぁっ、ん、ぐうぅ、」 耳や乳首への刺激で感じてくると、男は舐めて湿らせた指で肛門に触れた。ミツヒコは特に反応は見せず、まだ続いている乳首への刺激に喘ぎ声を上げていた。 「そろそろここに欲しくなってきただろ?」 男性らしい節くれだった指が、入ってくる。 一本目の第二関節くらいまで入ると、すぐにもう一本入れてきた。 「随分緩いなぁ。まぁ、いいけど。」 その二本を何度か抜き差しして、そこの硬さを確かめたらしい。 ここ数日は何も受け入れていなかったが、それまではずっと、毎日セックスをしていたので、彼の肛門は以前ここに居たときよりはすっかり慣れていた。 部屋に用意されていたローションを肛門に垂らす。そして、すでに硬く勃起していたペニスを押し当てた。 「俺も我慢できないから、入れちまうぞ」 「ん……っ!」 体が慣れているとは言え、急にペニスを受け入れるのはさすがに辛い。 彼は胸を喘がせながら、何か縋る物を探して手で宙をかき回した。 後背位の姿勢が、挿入を深くして圧迫感を強く与える。 苦しさに耐えながら呼吸を整えていると、宙を彷徨っていた手を男が取った。 「お前が大好きなもんだぞ。どうだ?」 彼にはいつの間にか何のことだかわからなくなっていたが、どうやらセックスをしているというこの状況と、相手の言葉を合わせて考え、うんと頷いた。 いつの間にか、京の店にいることなど忘れていた。 何回も思い出して、何回も忘れた。そんなことを繰り返していて、自覚なく消耗する。 客が途絶えたのは朝方で、近頃ほとんど眠りっぱなしだった彼は長く覚醒していたせいもあり疲労を感じ、一瞬にして眠りに落ちた。 神田の家にいたときの彼は、過眠と言ってもいいくらい眠っていた。それをセックスのために何時間も起こしておくなど、無理な話なのかもしれない。 昼頃になるとまた客が来た。ミツヒコは何となく、眠りと覚醒を往き来しながら相手をしていた。 彼が来た翌日の夕方、京は再びミツヒコの居る店に足を運んでいた。 京はあまりここに顔を出さない。自ら進んで始めた商売ではないにせよ、罪悪感が付きまとうからだ。 京は真直ぐにミツヒコの部屋に行くと、ドアを開けて、毛布からはみ出た白い体に呼びかけた。 「ミツヒコ」 ミツヒコと呼ばれることは、特に不快ではなかったが、相手が錦ではないという証明になるので、あまり面白くはなかった。 「大丈夫?」 彼は薄っすら目をあけてみた。そこにいたのは京のようだった。 「初日から凄いね……君がこんなに人気者だったなんて……」 おそらく見慣れない名前があるから試しに買ってみるという人が多いのだろうが、ミツヒコの無事が確認できればなんでもいい。 ミツヒコと目が合った気がして、京は微笑んだ。 「どこか痛いところはない?」 肩に誰かの指の跡が残っている。そこを撫でると、ミツヒコは少しうめいた。 風の噂で、彼が錦に気に入られているという話を聞いた。 気に入られているどころじゃなく、愛されていると言ってもいいという。 京は錦と面識はあったが、あまり話したことはない。なんとなく苦手意識があった。 あんまり完璧だからかもしれない。苦手意識というか、やっかみというか。 「……みつひこさん」 「ミツヒコ?」 京は錦の名前を知らない。 ただ、甘えるような声に何となく錦の名前ではないかと察した。 背中がぞくぞくする。 こんなに甘えた声で呼び掛けるような相手がいるなら、こんな場所にいるべきではない。 ここから開放してやりたかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |