[携帯モード] [URL送信]

苦界の躾
約束※
ぽかんと口を開けているアイの脇腹を駒形が爪先で蹴った。

「……お前が誘ったも同然なんだからな」

駒形の言葉に、アイはうんと頷いた。わかっている。でも、わざとじゃない。

「とりあえずこれで寝てろ。お前の蒲団だ」

そう言うと、大判の長座布団と毛布をアイの上に落とした。
翁と落合が帰ったあと、拘束を解いて駒形は部屋を出て行った。そして持って来たのがお粗末ながらアイの寝具だった。

「いたっ……」

落とされた蒲団類が新しい傷を直撃して、アイは悲鳴をあげた。しかし動くつもりはないらしく、蒲団に埋もれたままじっとしている。

「お前なぁ、自分で動くとかないのか?」

散々腿や腰を打たれたのだから動けなくて当然なのだが、腕も動かさないので駒形は呆れてもう一度蹴った。

「う……ぐぅ……」

少し呻き声をあげて、アイは寝返りを打つようにして蒲団類を自分の腹の上から除けた。そしてのろのろと起き上がり、長座布団を伸ばした。

「ありがとう」

アイが毛布に包まる姿を見ていた駒形は、不意に礼を言われて応じられなかった。少しの間の後に、やっと、おう、と返す。

「とりあえずの寝床だ。お前は若いから、それでいいだろ」

照れ隠しのようにそう言うと、アイはもう一度ありがとうと言った。
長座布団の上に毛布に巻かれたアイが寝転がると、駒形は照明を小さくして部屋を出て行った。
顔には二本、赤い痕ができていた。首の左側にも湿っぽいミミズが這って行った様な痕が残っている。ずっと頭の上で組んでいたせいで関節が硬くなった腕を動かし、そこに触れてみる。
アイは傷を撫でながら、眠りが訪れるのを待っていた。
その頃、駐車場に一台の車が入ってきた。駒形は何となく、裏口から外を覗いた。

「……錦さん」

近づいてきた影に呼びかけると、相手は少し笑って見せた。

「駒形君、ごめんね遅くに。まだ店が閉まってない時間だと思って、来てみた。」

そんなことを言って、建物に入ってくる。
地階に行こうとした錦を駒形は呼び止め、待っているように言った。奥に消えていった駒形は戻ってくるとき小さな桶とタオルを持っていた。

「どうしたの?これ」

それを渡されて、錦は感づいていながらも聞いた。

「今日は、随分打たれて。それで、ちょっと冷やしてやってください」
「あぁ……。そう……」

錦の表情は優れなかった。駒形は何となく罪悪を感じて、店番をするとごまかして錦から離れた。
階段を下りてくる音が聞こえる。アイはまだ眠っていなかった。駒形だろうと予測して、アイは体を丸めた。早く、眠りたい。

「アイ」

ドアが開くとほぼ同時に、聞きたいと思っていた声が聞こえた。目をあけると、錦が見えた。

「……錦さん」

アイが出した嬉しそうな声に、錦は笑ってみせる。静かに歩み寄って、アイの側に膝を着く。

「痛そうだね、アイ。白い肌が真っ赤だ」

毛布をめくった錦は、眉を寄せて言った。しかしその腫れあがった部分を、指でなぞっていく。アイは痛みに目を細めた。

「酷いねぇ。本当に」

本当はそんなことを思ってもいないといった感じの口調だ。言いながら、錦はポケットに手を突っ込んで、小さな折り畳みのナイフを取り出した。

「なんだかわかる?」

刃を出して、それをアイの頬に押し当てる。

「大丈夫。安心していていいよ。」

先日確かめたはずの錦の気持ちを疑わずにいられなかった。今日、散々翁に傷つけられて、錦まで自分を傷つけるのだろうか。真っ赤にはれた体を見たうえで。
乾いた唇に軽くくちづけて、錦はすでに閉じかけられていたアイの目を手で覆った。
ナイフを、白い腹に押し付け、スッと引く。不思議と強い痛みはなかった。しかし、腹を血が伝わっていく感触はあった。実際アイの肉は切れていない。錦が出したナイフは、刃が鋭くない、ペーパーナイフだ。何故血の感触がしたのかというと、錦がナイフを桶の水に浸してから肌に押し付けたからだ。ナイフについた水滴が、うまい具合に肌を伝った。それが見えていたわけではなかったが、アイは随分落ち着いていた。いくらか安心すら感じていた。その理由は、自分でわかっている。相手が錦だから、その錦が、安心していていいよと言ったからだ。
錦は何度も位置を変えてナイフを滑らせた。刃が肌に当たるたび、体をこわばらせるアイを見ていて、錦は興奮して来ていた。アイもまた、鈍い刃の刺激に敏感に反応していた。

「アイ、どうかしたの?息が荒いけど。」

実際には傷などついていないのだが、傷をいたわるように錦はアイの肌を舐めた。

「んんっ!」
「暴れないで。危ないよ。」

そう言ってまた、ナイフを肌に当てる。その後の刺激は、完全にアイの性感を刺激していた。胸を喘がせて、甘い悲鳴を上げる。そして、傷つけられている恐怖が、さらにアイを興奮させた。

「ねぇ、アイ。アイの首を、切っても……」

錦の声は興奮に震えていた。

「あぁぁっ!!」

錦は皆まで言わぬうちに、アイの首をかっ割いた、ふりをした。アイは恐怖や快感などが入り混じった声を上げて、失神した。本人は、死んだつもりだったかもしれない。
すっかり力の抜けたアイを、そっと抱き起こしてみる。腫れた部分が熱を持っていて、見ても触れても痛々しい。その傷をいたわるように、錦は体中に口付けをした。時折アイは体を震わせるが、目を醒ます様子はない。

「アイ、起きて、」

錦はアイを横たわらせると股間に顔を埋めた。少しだけ硬くなっているペニスを根元から舐め上げてみる。

「……う、ん?」

少し反応を見せたものの、目は醒まさない。錦は、こっそり悪戯をするような緊張を感じながら、愛撫を続けた。
先端を口に含み、あめ玉でも味わうように舐めしゃぶる。すると、さすがに刺激が強かったのかアイは目を醒ました。

「あ……、御彦、さん」

なにを、と顔を上げると、自分の股間に顔を埋めた錦が見えた。先ほどから腰をくすぐる刺激は、彼が与えたものだったらしい。

「アイ、起きたんだね」

アイの股間から口を離した錦は、手の甲で口元を拭いながら優しい笑みを見せた。そこでふと、アイは、先ほど殺されたのではないかと思った。かすかに、死ぬんだなと思った記憶が残っている。首を傾げたアイを見て、錦は這うように移動した。アイに顔を寄せる。

「アイのこと、殺しちゃった」

少しふざけた口調で言う。アイはますますわからなくて、眉を寄せる。

「……ふふ。死ぬと思った?僕、君のことを殺すなんて、出来ないよ」

そう言ったが、今ならば殺せるかもしれないんじゃないかと思っていた。今なら、アイを殺してその死体を持ち帰り腐るまで人形のように飾っておくというようなことも、できそうだ。そういう気分だった。

「あぁ、でも、手に入れたい」

錦は目を細めた。しかしアイをしっかりと見詰めたまま、唇を合わせる。貪るような口付けに、アイは咽てしまいそうだったがどうにか堪え、応えようと口を開く。ほんの僅か開いた隙間から、錦の舌が侵入してくる。舌を絡めとられ、このまま全て飲み込まれてしまうんじゃないかというような気分になる。濃厚な口付けは随分長いこと続いた。

「ん……ふぅっ」

色っぽい息を吐いて錦が唇を離したときには、アイはすっかり興奮してしまっていた。体にも、顕著に表れている。

「あぁ……。こんな体じゃなかったら、セックスするのに」

心底残念と言うように、ため息を吐く。それを聞いたアイは、してもいいよと言おうとしたが、言う前に錦に口を塞がれた。

「無理はしないで。僕と今セックスをしたせいで、明日倒れられたりしたら困るから」

そう言いながらも、彼は残念そうにアイの体を撫でていた。

「アイのを、舐めてもいい?」
「え……?」

舐めるのは慣れているが、舐められるのは慣れていない。それどころか、ほとんど経験がなかった。

「いやだ? アイはモテそうだから、女性経験豊富でしょ?」

他意はないようだったが、アイは少し傷付いた。女性とはあまり、縁がない。それに、セックスをするとなるとさらに駄目だ。

「もしかして、されたことないの?」

黙りこんだアイの顔を見て、錦がまさかとは思いながら聞いてみる。すると、困ったように顔をそらした。これは、肯定か。

「嬉しいな。僕が気持ちよさを教えてあげる」

綺麗に微笑むと、錦はふざけたようにいただきますと言った。

「え、ちょ、ちょっと、御彦さんっ!」

止めようとしたがすでに時は遅く、錦はすでにアイのペニスを口に含んでいた。温かい粘膜の感触。アイは体をぶるっと震わせた。

「……あっ、あぅっ」

思ったよりその刺激は強く、アイは歯を食いしばった。そうでもしないと、すぐにこのまま射精してしまいそうだったから。

「アイ、我慢しないで。僕の口に、出して」

一度ペニスを吐き出し、色気のある声でアイを誘う。その声にも、アイは敏感に反応した。

「んっ……、あ、あぁ……ダメ、ダメ、そんなこと」

きつく吸われるとアイは首をのけぞらせた。もう限界が近いのだろう。絶頂を誘うように唇を滑らせる。温かい口の中全体でペニスを擦られて、アイはすぐに視界が白んだ。

「ふあっあぁあっ!!」

抵抗することもできず、錦の口の中で果てる。錦はそれを喉で受け止め、ゆっくりと飲み下した。最後の一滴まで逃さないと言うように、少し吸いながら口を離した。

「気持ちよかった?」

アイは放心したように宙を見詰めていたが、錦の声を聞いて体を起こした。

「ん……御彦さん」

甘えた声で名前を呼ぶと、錦は微笑みながらその体を引き寄せた。

「どうしたの?僕のことを気持ちよくしてくれるの?」

期待はしていなかったが、アイはうんと頷いて見せてくれた。錦は少し驚いて、動きが止まってしまった。

「無理しなくていいんだよ、アイ」
「うぅん……するの。させて?」

積極的な態度に苦笑しつつ、アイの肩に添えていた手を離す。どうぞ、と言うように床に座って少し脚を開いてみせると、アイは小さく笑った。
アイは慣れた手つきでベルトのバックルを外し、ズボンの前をくつろがせた。その中の下着に手を入れてみると、すでに興奮した錦のペニスが指に触れた。

「御彦さん?」

顔を覗いてみると、錦はとぼけるように目をそらせていた。

「アイがいい声出すからだよ」

その言い訳がかわいらしくて、アイは噴出してしまった。しかし錦は咎めず、黙ってその笑い声を聴いていた。

「こら。笑いすぎ」

しばらく笑っているとたしなめられたので、アイは口をつぐんだ。そして口元を緩ませたまま、錦のペニスを取り出した。そこ特有の臭いが鼻をついて、目を瞑る。目を瞑ったまま、舌を這わせた。慣れた舌使いに首をかしげながらも、錦は黙ってアイに身を任せていた。ある程度唾液を塗りつけて、次は口にペニスを含んだ。初めのうちは先端だけを執拗に舐めていたが、一度口を離して大きく息を吸うと、喉の奥まで一気に飲み込んでしまった。ほとんど根元まで口に含んでいたが咳き込むことはなく、アイはゆっくりとそれを吐き出していった。
アイは錦の腰にしがみついて、ディープスロートを繰り返した。錦を気持ちよくさせようと言うのだけではなく、自分も満足させるように、喉の奥まで錦を受け入れる。

「あ……アイ、ちょっと……」

アイにされているせいなのかアイの技術のせいなのか、錦は繰り返される出し入れに自分の限界を感じていた。

「このまま出してもいいの?」

尋ねるとアイは目で頷いて見せた。それを見て、錦はもうアイに全て任せることにした。
大きく硬くなったペニスが、さらに強く反り返る。アイは射精を誘うように少し吸いながら唇を滑らせた。息の続く限り繰り返すと、錦の腰が少し震えた。

「んっ……アイ、」

錦がアイの頭を押さえた。色っぽい声を出して、錦は果てた。アイの口に、どろどろした液体が溢れてくる。先ほど錦にされたように、全てを受け止め、飲み下す。一滴も残さないように、いくらか吸って口を離した。
口の中に、特有の味が残っている。アイは何度か唾を溜めて飲み込んだ。

「アイ」

いつの間にかズボンを調えていた錦が、アイを抱き寄せる。

「ありがとう」

そう言った錦の笑みは穏やかだった。微笑み返したアイも、穏やかな気持ちになる。

「随分慣れているみたいだったけど、誰に教わったの?」

もし翁や落合だったら甚だ不快なので、とりあえず確認してみることにした。他の人物でも、不快じゃないとは言えないが。
アイは少し考えて、口を開いた。

「……いつのまにか」

小さな声で言ったきり、アイはうつむいてしまった。
とりあえず落合や翁に仕込まれたわけではなさそうなので錦は安心した。誰のために覚えたのかなどは、この際気にしないことにする。

「……駒形君に、アイの傷を冷やしてって頼まれたのに、すっかり忘れてた。」

錦が笑って桶を引き寄せたので、表情が緩んだ。

「アイ、痛くないの?すごく、痛そうだけど。」

絞ったタオルを赤みの酷い腰に当てながら聞く。ものすごく痛そうに見えるのだが、アイは首を傾げた。あまり痛いような気がしない。

「無理しないでね。って言っても、抵抗できない状態でやるんだよね。」

錦は自嘲気味に笑った。調教によって赤く腫れた体を、このように介抱してやったことなど今まで無かったかもしれない。翁に付き合って、相手を体中蚯蚓腫れにしてしまったことは少なからずある。しかし介抱する気になどならなかった。

「アイは、特別なのかな?」

自問するような、口調だった。それを聞いたアイは顔を上げた。

「御彦さんにとって俺がそうだったら、凄く、嬉しいな」

錦の顔を覗き込み、アイは笑った。そのかわいらしい笑みが目の奥に焼きつく。

「……どうして、僕が最初にアイを見つけられなかったんだろう」

確か、彼を見つけてきたのは落合だった。

「運命だよ」
「運命?」

□アイは自分で笑った。錦は聞き慣れない言葉に、目をパチパチさせる。
やがて錦は苦笑しながらアイの頬を抓った。その手を払うように身をよじると、強く抱き締められた。

「……今度迎えに来るよ」

耳元で囁かれた言葉に、意識が溶けてしまいそうな甘さを感じた。アイは目を細め、もう一回と催促した。

「アイのこと迎えに来るよ。誰にも邪魔されない所で、アイと抱き合いたい」

抱き合うという言葉に他意はないつもりだったのだが、言い終えてから少し不安になった。体を求めていると解釈されてしまうかもしれない。

「……待ってる」

アイの小さな声に、錦は目を瞑って微笑んだ。
本当なら明日とかはっきりしたことを言いたかった。できることなら今連れて行ってしまいたかった。部屋を出てから、ため息を吐く。仕事をやめてしまおうかなどと考えながら、錦は駒形に挨拶をして去っていった。
初めて会ったときは、ただ、綺麗な顔をしていて、快感を覚えさせたら本当に淫らで綺麗だろうなと思っただけだ。
誰にも邪魔されないところで、抱き合いたい。そんな台詞、いったい今まで誰に言ったことがあっただろう。こんなに夢中になるなんてどうかしている。
錦は、エンジンをかける前にタバコに火をつけた。
タバコの煙を眺めながら、どうかしてるのかなと呟く。
苦笑して、キーを回した。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!