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苦界の躾
休憩3
アイと二人部屋に残された駒形は、大きくため息を吐いた。
結構長い間楽しむつもりのようだったのに、三日目でここまで痛めつけるなんて、やりすぎだろう。落合が腹を立ててはじめたちょっとしたいじめに、翁が面白がって便乗したのかもしれない。翁は元々暴力が好きだ。相手が暴力でも感じるとあれば、さぞ楽しいに違いない。駒形はまたため息を吐いた。
とりあえず、アイの排泄物が溜まったバケツを片付ける。何かのはずみでひっくり返したら大変なので、息が苦しいかもしれないがもう少し我慢していてもらうことにした。排水口にバケツの中身を空け、軽く濯いでから手を洗ってアイの側に戻る。

「おい」

先ほどから彼はぴくりとも動かなくなっていた。すこし不安になり、声をかける。反応がないので不安になった駒形はアイを抱き起こした。

「おい、生きてるか?」

何度も叩かれた部分が熱くかすかに脈を打っているので、生きてはいるだろう。安心しながらまずは口のテープを剥がす。SMプレイのための低粘着力のテープだったので、簡単に剥がれた。

「……はぁっ」

相当息苦しかったらしく、アイは口が開放されるや否や大きく呼吸をした。次に目隠しのテープをはがしたが、彼は目を瞑ったままだった。胴、脚と全てのテープをはがすと、叩かれていた部分が真っ赤になった体が表れる。一部、内出血のようになっている部分もある。

「おい、」

もう一度声をかけると、駒形に寄りかかっているアイは薄っすらと目を開けた。

「……い、たい……」

うわごとのように言う。きっと、駒形に触れている背中や、床についた尻が痛むのだろう。そう思い、駒形はアイを横向きに寝かせた。寝かせるまで、アイは辛そうに眉を寄せていた。だんだんと意識がはっきりしてきて、痛みも同じように鮮明になってきたのだろう。

「ここで眠れそうか?」

駒形の声に、アイはゆるく首を振った。しかしそれは問いへの答えではなくて、頷いたら出て行ってしまうのではないかという不安から来た行動だった。できれば、側にいて欲しい。
目が見えない中で責められるというのは、想像していたよりずっと怖かった。しかも、手を固定されて何かに縋ることもできない。前に安易に目隠しを使っていたことを思い出して、彼は心から反省していた。

「立て」

確かに硬い床では打たれまくった肌がかなり痛むだろう。駒形はアイが首を振ったことに納得して、移動させる事にした。
アイを肩につかまらせてとりあえず立ち上がらせる。駒形に寄りかかりながら一応足をついたが、腰に力が入らずアイは倒れこんだ。腰を強く打たれたせいだろう。自分で歩かせた方が傷への接触が少なくて楽かと思ったが、歩けないのなら仕方がない。駒形はアイを担ぎ上げた。

「……いっ……」
「我慢しろ」

叩くのなら前半身か後半身かどちらかにしてくれと、駒形は少し苛立った。背中一帯と腿の前側が傷付いているせいで、仰向けもうつ伏せも痛いはずだ。
アイの体は思いのほか軽く、階段を登っても大した付加にはならなかった。一見スマートな錦ですら横抱きにして歩けるのだから相当軽いんだなと、垂れ下がった足を見た。足は引き締まっている。走るのは速そうだ。そうなるとどこの肉がないのだろうか。骨がしっかりしているせいで、あまり軽そうに見えないのかもしれない。
そんなことを考えながら1階に上がり、駒形は2階へ続く階段室に入った。2階への階段は地下への階段とは繋がっていない。そこからは完全に駒形のプライベートな場所だが、硬い床やソファに寝かせておいて彼が眠れなくても困る。
2階は寝室しかないようで、8畳かもう少し大きめの部屋に、ベッドや机が置いてあるだけだった。整えてあったベッドの上に、アイの体を横向きに寝かせてやった。

「んぅっ……!」

いくらベッドが床よりもやわらかいとは言え、傷に触れれば痛いに決まっている。アイは目をきつく瞑って痛みに耐えているようだった。

「今冷やしてやるから、待ってろ。」

駒形はそう言うと、部屋を出て行った。1階のキッチンに行き、桶に氷水を用意する。そこにタオルを2枚ほど浸して、2階に戻る。
戻ってみると、アイは駒形のベッドの上で眠気と戦っているようだった。実際眠気が戦っているのは体の痛みだろうが、彼は眠りと覚醒の間を行き来するように目を開けたり閉じたりを繰り返していた。

「冷たいからな。」

キンキンに冷えたタオルを絞り、まずは赤みの酷い尻に当てる。

「ひっ!」

アイが驚いて体を硬直させた。しかし、腫れた尻に冷たいタオルは実に心地よく、すぐに体の緊張はほぐれた。

「どこが一番痛い?」

とりあえずあちこち冷やしていたが、そろそろ寝かせてやろうと思い駒形は聞いた。

「腰か、ケツの辺り……」

アイは眠りに落ちかけているような少しぼんやりした声で答えた。その声のかわいらしさに、駒形は無意識に微笑んでいた。錦が夢中になってしまう気持ちが良く分かった。固く絞ったタオルを腰と尻に当てる。

「寒くないか?」

この問には、アイは首を振った。蒲団をかけられても痛いだけだ。

「じゃあ、寒くなったら自分で毛布をかけろよ。」

そう言ってアイの足元に折りたたんである毛布を指す。うとうとしながらアイはありがとうと小さな声で言った。
駒形の足音が聞こえなくなるのと同時に、アイは眠りに落ちた。

目を醒ますと朝になっていて、つけっぱなしだったテレビが朝のニュースを映し出していた。どうせ午前中は店の掃除くらいしかしないのだから暇だ。慌てることもないと、駒形はのそりと立ち上がった。
キッチンで電気ポットに水を足す。電源を入れて、駒形はバスルームへ向かった。
シャワーを浴びたいなと思ったところで、アイのことを思い出した。とりあえず顔を洗って用を足し、2階に上がっていく。
その頃、アイはどの体勢が一番楽か模索していた。仰向けになりたいところだが背中が痛くて無理だ。うつ伏せになると、背中や尻ほどではないが腿が痛む。そうなるとやはり横向きしかないかと思うが、ずっと横向きでいるのは辛い。思い切ってうつ伏せになってみた。

「ぅいっ!」
「……なにしてるんだ?」

やっぱり腿が痛くて悲鳴をあげると、ちょうど駒形が部屋に入ってきたところだった。恥ずかしい所を見られたなとアイは苦笑しつつ駒形の方を向いた。

「横向きが、疲れて、」

そう言うと駒形は納得したように何度か頷いた。

「でも、なかなか元気じゃないか。……若いな」

率直な感想が口から出た。その言葉に、アイは思わず吹き出す。

「お前、でも二十代だろ?」
「そうですよ」

そろそろ筋肉痛が出るのが遅くなったりとか痛みがなかなか引かなくなる頃だと思うけど、と駒形は少し羨ましそうな目でアイを見下ろしていた。それを断ち切るように、咳払いを一つする。

「ところで、何か食べるか?」

食べる、と聞いて、アイは何となく昨日のことを思い出した。錦が持って来た弁当はすっかり体から出て行ってしまっているだろうか。

「腹が減ってるんじゃないか?」
「……うぅん、」

昨日食事をしてから随分時間が経っていたが不思議と空腹感はない。

「何か飲めば気がつくだろうよ」

きっと空腹が続きすぎて慣れてしまっているのだろう。駒形は、昨晩置いておいた桶を回収して部屋を出て行った。

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