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苦界の躾
剃る※
気がつくと彼は暗い部屋にいた。肌に空気が冷たく感じられる。全裸なのだ。
天井から吊り下げられた鉄パイプに、脚が大きく広げられて縛り付けられていた。手は頭の上で束ねられている。彼が脚の間から見上げると、そこには一人、男が立っていた。室内は暗く、男が立っているあたりまでしか見えない。そこはちょうど、自分の体ひとつ分の距離のようだった。

彼に見られていることを察して、男は微笑んだ。それは、挨拶のときにするような優しい作り笑いではなかったが、嘲るような笑みでもない。

「こんにちは」

男は小さな声で言うと、近づいてきた。彼好みの、低く響く声だった。

「気分はどうだい?」

彼の頭の側にしゃがみこんだ男は、額にかかっていた髪の毛を除けてやった。そしてその手で、頬をなぞる。

「少し乱暴をされたみたいだね。まさかはじめからこんな格好にするとは思わなかったよ」

意外と優しい言葉をかけられた彼は安心した。
目を細めてよく見てみると、男はなかなか整った顔立ちをしているようだった。

「お詫びと言ってはなんだけど君に名前を付けてあげよう。何がいいかな?」

思わぬ話の方向に、彼は戸惑った。名前なら既にある。しかし、彼が言葉を探しているうちに男が喋り始めてしまった。

「ポチとか、タマとかじゃ、かわいそうだな。君はかわいらしいね。かわいらしい名前がいい」

そう言って男が首を捻ったとき、部屋のドアが開いた。そのドアが重いドアだということが、音でわかる。
数人が入ってきたらしい。足音からすると、3人くらいだろうか。暗いのとドアが自分の脚の向こうにあるせいで、確認できなかった。

「早いな。手を出していたのか?」

室内に響いた声は、奇妙に甲高かった。彼は少し怯えて身を固くしたが、側に居た男がなだめるように額を押さえてくれた。

「いや。勝手に話し掛けていただけだ」

男は鼻で笑って答えた。それに気を悪くしたのか、脚の向こうから舌打ちが聞こえた。

「どうでもいい。まずはこれじゃ」

不機嫌そうに言ったのは、しわがれた声だった。老人だろうか。
部屋に入ってきたのは3人の男性だった。1人は背が低く生真面目そうな眼鏡の男。もう1人はヒゲを伸ばした白髪の老人。もう1人は、筋肉質な大柄な男だった。全裸の彼を取り囲むのは、先ほどから彼の側に居る背の高い男を混ぜて、合計4人だ。

老人が床に剃刀とシェービングムースを放り投げた。両方とも一般にはヒゲを剃るために売られているものだ。それを見た大柄な男は、無言のままポケットからハサミを取り出した。そして、彼の股間の前にあぐらをかいた。

「見かけによらず几帳面だな」

甲高い声で眼鏡の男が揶揄する。股間を前にした男は、取り出したハサミで丁寧に彼の陰毛をカットしていた。

シャキシャキというハサミの音が室内に響く。彼は、音と股間が引っ張られている感じとで、陰毛を切られていることを確信していた。しかし、先ほど額を押さえていた男の手がいつの間にか目を覆っていて、彼は目で確認することはできなかった。それに、体を動かしたら、大事なところが傷ついてしまう可能性もある。彼は黙ってされるがままになっていた。

ハサミである程度陰毛を短くすると、男は床に投げ捨てられた剃刀とムースを手に取った。ムースの缶を振り、彼の股間に直接中身を出した。少し冷たくて、彼はまた体をこわばらせた。

「そんな弱い刺激で感じるなんてね」

眼鏡の男は、彼が体をこわばらせたのが股間へのムースの刺激のせいだと思ったらしい。バカにしたような笑い声が響いた。彼はそれを無視して、できるだけ体を動かさないように呼吸を整えていた。最初に話し掛けた男が触れていてくれるおかげで、何とか落ち着いていられる。

先ほどから一言も発さない大柄な男は、睾丸の方から剃刀を当てていった。彼の陰毛は薄く、綺麗に剃り落とされるまでさほど時間はかからなかった。蒸らさなかったせいで毛が刃に引っかかり、少し血が滲んでいたが、そんなことはお構いなしというようにタオルで泡や剃り落とした毛を取り払うと、男は彼の股間から離れた。

「……なかなかいい出来じゃあないか。一本の剃り残しもないわい」

老人は満足そうに言うと長いヒゲを撫でた。そのまま、彼の目を覆っている男を見る。

「いつまでそうしているつもりじゃ?」

不満そうな声に、男は苦笑いをして手を離した。老人たちの方から顔をそらして立ち上がり、2・3歩彼から距離を置いた。
彼自身全くそうは思っていないが、それなりの美人だ。それで居て決して女性的な美しさではない。目の前の美麗な顔に、男たちはそれぞれにため息を漏らした。

「まぁ、急ぐこともないでしょう。この男には探してくれる家族も居ないようですから」

眼鏡の男が言うと、老人が深く頷いた。他の2人はただ老人の動きを見ていただけで、黙っている。反応のない者たちに、眼鏡の男は苛立ったらしく、舌打ちをした。
老人が、ゆっくりとした足取りで彼の顔の側に来た。腰を曲げて顔を覗き込み、ハリのない皺だらけの手で彼の顎を掴んだ。満足そうに口をゆがめる。彼は目を合わせないように、老人とは逆の方向を見ていた。

「これからはわしの許可なしに手を出すことは無用じゃ。わかったな?」

彼は早く離れて欲しくて居たが、老人はいつまでも彼の顔を撫で擦っていた。

老人の言葉に対しては何の返事もなかった。皆わかっているのだろう。彼には、この老人がどんな立場なのか全く分からないが、いつの間にか拉致されてこんな姿を見られている以上、それを知る意味などないように思えた。

ここで何が行われるのかは彼にも大体予想がつく。調教という奴だろう。しかしその後どうなるのかはさっぱりだった。ずっとこの4人にどうにかされ続けるのかもしれないし、ここである程度調教したらどこかに売られてしまうのかもしれない。怯えるに充分な状況だろうが、彼は自分でも驚くほど落ち着いていた。これから自分が調教されるのを、楽しみにしているのかもしれない。彼はそんなことをぼんやりと思っていた。

「足に血が回らなくなる。ここで終わるなら、足を解くか降ろしてやったらどうです」

今まで無言だった大柄な男が言うと、老人は「そうじゃな」と頷いた。頷いた割に自分でする気はないらしく、それを見た最初の男が壁に手を這わせた。男が壁のパネルを操作すると、天井から吊られていたパイプが床に下りてきた。同時に、縛り付けられていた彼の足も床につく。彼は足を動かそうとしてみたが、腿を固定されているのと鉄パイプが重いせいで膝から下が軽く動く程度だった。しかし脚を上げた状態でずっと過ごすよりはいい。彼は安心して目を瞑った。

「そんな格好の割に随分と落ち着いているのう。ま、明日からが楽しみじゃわい」

老人は彼から手を離して大声で笑いながら離れていった。そのままドアに向かっていった老人に、眼鏡の男が着いていく。大柄な男と、最初に話し掛けてきた男は残っている。ドアが閉まる音が室内に響くと、壁際に居た男が彼の側に寄ってしゃがみこんだ。

「名前を考えたよ」

彼を愛しそうに見詰めて言った男は、床に膝を着き身を屈めた。彼に覆い被さるようにして、耳元に唇を寄せる。

「君は目が魅力的だ……」

耳に温かい吐息が当たって、彼は身悶えした。

「……アイ」
「んぁっ……」

耐え切れずに上げた甘い悲鳴が、部屋に響きわたる。離れたところに立っている大柄な男は、その声に眉をひそめた。

「錦さん」

大柄な男にたしなめる様に名前を呼ばれ、男は彼から体を離した。顔を包み込んでいた温もりが去ってしまうと、彼は淋しさに駆られた。

「すまない駒形君」

大して反省もしていない様子で言った錦に、駒形と呼ばれた大柄な男はため息をついて見せた。

「アイ、おとなしくしているんだよ」

錦は立ち上がってドアの方に向かった。駒形もそれについて行く。二人の足音が遠くなるに連れ淋しさが大きくなり、ドアの開閉音が聞こえると、彼の目胸に淋しさが込み上げる。

「……アイ」

彼は先ほど自分につけられた新しい名前を呼んでみた。女の子の名前だ。深呼吸をしてもう一度呼んでみると、体に染み込むような感覚があった。

目を閉じて、眠ることにした。

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