秋冬春夏(完結) 11 「キヨカズ」 すっかり思い出の中にいたので、キヨカズははっとした。 「なに?」 振り向いてみたが、暗くて顔はよく見えない。 呼んだくせに黙っている純に覆い被さるようにして、顔を覗く。 「抱いてよ」 ふわふわの酔っ払いがよく言う。 「吐かれたくないから嫌だ」 「大丈夫だよ」 「思いっきり揺らすぞ?」 言い合いながらどんどん近づいて、キスをしていた。 散々貪ってからようやく顔を離すと、純は不敵に笑った。 「ほら、したくなった」 キヨカズは悔しくなってなにか反論しなければと思ったが、 「したかったんだよ」 という一言しか出てこなかった。 いま純に誘われたからしたくなったわけじゃない、と言いたいことは伝わったようで、純が鼻で笑う。 「変態」 「健康体と言ってくれ」 こんな少々の休憩で立ち直る純のアルコール分解能力に感心しつつ、体に合わせたきれいなスーツを脱いでいく姿を見ていた。 すっかり脱いでしまってから、純は寒い寒いと布団に潜った。 「はやく」 上書きしてくれよ。 自らキヨカズを引き寄せて、しがみつく。 相当嫌だったんだろう。 「何かされた?」 「触りながら口説かれた」 「どこを?」 「胸とか背中とか、腿とか」 ずいぶん大胆なおばさんなのか、酔った勢いなのか。 「挙げ句股間すら触られた」 うえ、とキヨカズは我が身を重ねて不快感を露にした。 純は女性が怖いだけでもともとストレートだからキヨカズとは少し違う。根っから同性愛者だから、好き嫌い以前に性的興味の対象じゃない。 「触ったって立たないのにね」 自分から誘っただけあって、積極的に触れてくる。 首や耳、顎に、柔らかく口付けが繰り返された。 「それって」 キヨカズが何に引っ掛かったかわかって、先回りする。 「キヨカズじゃないとダメって意味ではないよ」 落胆した様子のキヨカズを慰める訳でもなく、純は愛撫を続けた。 純の冷たい手を感じながら、ではどういう意味なのか考える。 どういう意味もなにも、彼はEDなのだ。 「俺とするときはそれなりになるだろ」 つまりキヨカズじゃないとダメと言わせたい。 純は困ったように笑った。 「気持ちいいんだけどね」 気持ちよくなければ抱いてくれなんて言わないし、キヨカズに抱かれて刺激されれば射精もできる。 ただ、性交が成立するほど固くならないし、継続しない。 キヨカズはコメントに困っていた。 「それって、不満なの?」 あちらこちらにキスをする純を捕まえて、顔を覗き込む。 純はきょとんとした。 何度か大きく瞬きし、やがてきれいに微笑んだ。 「全然」 言い切った純はキヨカズの腕を抜けてずるずる布団に潜った。 キヨカズは逃げるように起き上がり、枕の方に腰を引く。 純は布団をめくって顔を出した。 「なんで逃げるの?」 「熱でもあんのか?」 二人の問いはほぼ同時だった。 少々の間ができた。 やがて、純がキヨカズの胸板を這い上ってくる。 首に腕を巻き付け、ぴたりと唇を耳たぶにくっつけた。 「上書きして欲しい。キヨカズで」 まんまと焚き付けられた。 キヨカズはもはやなんのためらいもなく、相手が酔っているということも忘れて、押し倒した。 自ら純を捕まえたものの、いつから惚れていたのか全く曖昧だった。きっかけらしいきっかけも思い出せない。 学生時代は普通の友人としてつるんでいたし、自分に恋人が居ることもあった。 北欧旅行だって、下心なく、純に誘われて時間がとれたからついていっただけだ。あんなプロポーズめいたことを言うつもりなど更々なかった。 いつのまに純の呪文にかけられていたんだろう。 組み敷かれた色男は、なにか考えている風のこちらを不思議そうに見上げた。 いつのまに、じゃない。純はいつもキヨカズを虜にする呪文をかけ続けている。 キヨカズはため息をついた。 私はあなたの虜です。 純の肩に顔を埋めて、呟く。 呟きを聞いて、純は嬉しそうに笑った。ただしそれとは裏腹に、僕のものになってほしい訳じゃないんだけどな、と不満が返ってくる。 キヨカズはもう黙らせることにした。 これ以上夢中にさせられたら敵わない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |