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秋冬春夏(完結)
8
店が開いている間は滅多に携帯など見ないのだが、たまに画面が光っているのを覗くと、純からのメッセージが出ていたりする。

本日、連行されます。

仕事の出来る色男は、そういうこともよくあるらしい。
経験がないのでわからないが、いわゆる大企業にお勤めのサラリーマンは、そういう日もあるのだろう。

キヨカズは人知れず微笑んで、

「すみません」

の声で店主に戻った。

先日、居眠りの常連客もとい久我の協力を得て、女の子を口説く場所を紹介した若者が来ていた。
同じ友人と、同じ席で飲んでいる。

顔馴染みの客と、一見さんと、半々くらいだろうか。

一応大学を卒業したあと数年はホテルに勤務していたが、この店の場所を手にいれる事になり退職した。

店主になって10年弱経つが、そこそこに人の来る店になったと思う。
狭い店だが、時間が早いとアルバイトも一人いる。

アルバイトが注文をとってきた。
何杯かの飲み物を用意して、送り出す。
そこで例の若者が声をかけてきた。

「店長さん、こないだはありがとうございました」
「いや、私はなにも」

実際店主は久我の力を借りただけだ。

「どうなりました?」

話したいのだろうなと思い繋げると、案の定若者は身を乗り出した。

「それがね、彼女、タバコを吸うんだって分かったんですよ!」

それを聞いて友人君が笑った。

言われてみれば気になったらしく、まずはタバコを吸うかどうか聞き込みを開始した。そして先日紹介された店をネットで検索し、タバコを吸えるほうを選んで連れていったらしい。

「彼女すごく喜んでくれて!」

雰囲気はいいけど気取ってなくて、すごく居心地良かったんですよ。

さすが仕事の出来る男は、相手に会わせた店を勧めたというわけだ。この調子だと、いくら雰囲気がよくても、客層が大人しければ窮屈だろう。
ぼんやり酒を舐めている間に、よく観察したものだ。羨ましいくらいだ。

「上手くいきそうですか?」

結果彼女に出来なければ久我の活躍も意味はない。
店主の質問には、友人のほうが答えた。

「それがもう付き合ってるらしいんですよ」

この展開の早さまで、久我は予測していただろうか。

「すごい急展開ですね」

さすがに雰囲気のいいレストランだけではこう上手くいくまい。
なんだか不思議だなとは思ったが、他の客に呼ばれて話は終わった。

同僚に飲みにつれていかれることを、連行される、などとネガティブに言うが彼は酒が嫌いではない。むしろ好きなほうだ。
色白のせいか始めは少し赤くなるが、元に戻ったあとはなんの変化もない。特別饒舌になるわけでもなく、泣き出すわけでもない。
この店にいるときも眠りながら飲んでいるくらいだ。

会いたいな、と頭によぎったところで、完全に気が散っていたことを自覚する。
仕事に集中しなければ。店主は顔をあげた。

時間は静かに流れていた。

一次会終わりのもう一杯客で人の入りはピークになる。その客たちが少しずつ引いていって、アルバイトを帰す。いつもだいたい同じだ。変わりようもない。いや、自分で作った流れでないから、変えようがない。
ふっと息を吹いて、視界に落ちてきた髪の毛を散らした。

「今日は久我さんいないんですね」

先日合コンに誘おうとした石原だ。

「コツを教えてもらおうと思ったんだけどなあ」
「合コンの?」

教えるほどのノウハウは持ってないだろう。才能でやっているのだ。

「勉強のために一緒にいってくれないかなぁ」
「そう言う回だと割り切ってやるなら連れていってもいいと思うけど」

女性からひんしゅくを買ってもよければ。
石原はなにか考えているようだった。うーんと唸り、首を傾げる。

「久我さんて独身ですよね」

唐突な質問だ。店主はどうして急にと聞き返した。

「だって、合コンに行って女の子から連絡があっても、すぐ断っちゃうんでしょ?」
「そのようだけど」

石原はもごもごと、合コンで知り合うのが嫌なのかなと呟いた。
彼が断る理由は知っていたが、それは言わないでおく。

「食あたりなんじゃないの?」
「モテすぎて?」

ずいぶん前だが、実際そういう愚痴も聞いたことがあった。石原ははあとため息をつく。

「僕もモテたいです」

モテて嬉しかったことがなかった店主は適当にそうだねと返事をした。
自分の場合は完全に性癖のせいだ。多少女性にモテたいわゆるモテ期もあったが、どうしようもなくて平に断り続ける他なかった。いい思い出な訳がない。

「そのうちいい人が見つかりますよ」

そんな自分ですら見つかったのだし、と、心のなかで付け足す。

果たして純と自分が結び付いたのは、どの時点だっただろうか。
ずいぶん長いこと、人生の半分以上付き合いはある。

「僕もモテたいです」

少々子供っぽいところはあるが人懐こくてそれなりにモテそうな石原だが、切ないため息をついた。

「だから今度、久我さんにコツを教わります」

教えてもらえないだろうと思っているためなんといったらいいか分からず、キッチンを片付ける振りをして考えていたが結局思い浮かばない。

教えてもらえるといいですね。

月並みな返事で、お茶を濁した。

店じまいまであと少しだ。慣れた客には、お節介とは思いつつ終電の時間を知らせる。
連行されるとメッセージを寄越したきり音沙汰のない同居人は、帰りついているのだろうか。

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