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秋冬春夏(完結)
19
三方との再会はすぐに決定したらしく、翌週には純が、カウンターを空けておいてねと伝えてきた。
開店前に、予約席と書いた紙を席に置いた。
彼らが来るまで、なんとなく、三方が描いた自分の姿を思い起こしていた。
自分が書く場所と三方がイーゼルを置く場所はいつも決まっていて、だいたい三方が先に来ていたので、終始彼の視界に収まっていた。
ずいぶん精緻なスケッチだった。
裸にされたような気がして、少し恥ずかしい。
シャツを汚すと家でずいぶん叱られたから、専用のジャージか肌着で描いていた。冷房もなかったから、半裸の時すらあった。
筋肉の動きすらわかるような絵だったのは、それも見ていたからか。
観察眼に恐れ入る。
やがて、純の伝えた時間通り、店の扉が開く。

「いらっしゃいませ」

微笑んで出迎える。
見慣れた美男子に続いて入ってきた男は、ぽかんと口を開けた。

「あ」

二の句のつげない三方に対し、純は非常に嬉しそうだ。

「久しぶり」

キヨカズも、なんと言ったらいいか分からなかったので、とりあえず当たり障りのない挨拶をした。

「ひさしぶり……」

複雑な笑顔を見せ、やっとのことで言った感じだった。

「キヨカズ、席は」
「奥だよ」

さらさらと奥に進んだ純は、席に置かれた紙を見て笑った。

「予約するとこんなことになるの」

久我さま 予約席、と書かれてある。

「一応ね」

ほとんど予約が入ることはないのだが、たまにあるとそのように対応していた。名前まで書くことはあまりないが。
その紙を見て、三方も笑う。

「もらっていい?」
「どうぞ」

なんにします、ビールで、などというやり取りをしている間も、三方は落ち着かない様子である。

「お店をやってるんだ」

三方に言われ、そうだよと返事をする。
純には緊張していることがバレているらしい。嬉しそうな笑顔がいちいち気になる。

「なかなか似合うでしょ」

何故か純が三方に自慢した。三方は苦笑して、うんと頷く。

「この前、ようやく思い出してキヨカズに絵を渡したんだよ」

早速の話題だ。ただ、この話のために再会したわけなのでおかしくはない。

「ずいぶん持っててくれたんだね」
「ごめんね」

ううん。

こんな顔だったな。キヨカズはしげしげと首を横に振る三方を眺めていた。
本当は渡してもらえないんじゃないかと思っていたからメールを見たときビックリした、とのことだ。
純はうんうん頷きながら、手元のビールを温めていた。

「たまたま、あの絵と君の手紙を同じ日に思い出したんだよ」
「手紙ね」

三方が恥ずかしそうに笑った。

「でも、絵の方が先だったから要望に答えられるほどキヨカズの顔を見てなくて」

それでここで会うことにしたのだろうと、キヨカズはピンときた。

「もう、面倒だから本人に会わせようと思ったってこと?」

三方にも予想がついたようだ。
指摘され、はは、と乾いた笑いを返す。

「まあ、それもあるし」

純が、いつか守山にしたように、身を乗り出して三方と目を合わせた。
間近に整った顔を見て、キヨカズからも三方が怯んだように見えた。
その隙に、これね、と純が写真を出す。

「ああ」

三方は目を細めた。

「これ」

懐かしい。
見たかったんだ。

明らかに、三方の言葉はおかしかった。キヨカズはそのように感じた。
自らホームページに載せている絵を、見たかったとは。
三方は純の手から写真を取り上げて、じっと見つめた。

「この絵、無くなってしまって」
「ホームページのやつは?」

キヨカズが思わず口を挟む。

「あれはレプリカなんだ」
と言うか、二代目と言うか。

歯切れ悪く答える三方の視界から、純はようやく出ていく。少しだけ、緊張が解れたようだった。

「書いてすぐに写真を撮って、久我くんに送ったんだけど」

続けようとした三方を、純が待ってと止める。

「その話、して大丈夫?」
「……どうして?」

なにも知らないはずの純は、妙に警戒している。

「いや、理由はないんだけど」

守山くんが、すごく恐ろしい感じがするって言うから。
三方は守山を知らないので、素直にそれは誰かと聞いた。

「僕の友人の感性の塊なんだけど」

それならお前は色気の塊だよと、キヨカズは心の中で呟いた。

「なんだかぞわぞわするって言うの」

きょとん、と純を見つめた三方だったが、やがて唸り出した。

「まあ、いい思い出ではないんだけど」

……話してもいい?

遠慮がちに聞かれ、純は小さく何度か頷いた。

一枚目のその絵を描いたあと、出来に満足して部屋に飾って置いた。出来がいいから発表したいとも思って、ボロが出るか確かめる意味も込めていつも見れるところに飾ったのだ。
すると当時付き合っていた彼女がその絵ばかり眺めているようになった。

「まるで恋でもしてるみたいな顔だったんだ」

やがて彼女はその絵を譲って欲しいと言い始めた。
しかし気に入っていたので譲る気にならず断ったのだが、何度もしつこくせがまれるので、飾るのをやめて他と一緒に押し入れに仕舞った。

「それから彼女、おかしくなっちゃって」

その絵を探して部屋中探すので、嫌になって目の前で溶かして消した。
同時に、彼女とも別れた。

キヨカズが純を見ると、彼はずいぶん神妙な面持ちで自分の指を眺めていた。

「その彼女とはすぐに別れたんだけど、またあの絵が見たくなって描き直したんだ」

純が小さく、どうして、と聞いた。
三方は首を傾げた。

「描きたくても描けないものがひとつだけあってさ」

白状するよと三方が続ける。

「金澤くんの顔が描けないんだよね」

今度はキヨカズがぽかんとした。

「顔というか、表情というか」

あれほど精緻に姿を描けるのに、どうしてだろうと不思議に思う。

「だからずっと、描く方法を探してて、高校を卒業する頃ようやく思い付いたんだ」

久我くんを通して描けないかなって。
純が静かに呼吸をしていた。

「最初はね、すごく綺麗だから単純に描いてみたくて、それで久我くんのことを描いてたんだけど」

少し間があって、女神みたいに綺麗な人だからと付け足す。
冗談めいていて、しかし本気のような気がして、キヨカズは笑えなかった。三方と言うのはそういう感性の持ち主なのだ。

「ずっと金澤くんに憧れてて、たぶんうまく描けないのは、たとえば神の名前を呼べないというような、そういう類いのものかなと」

神に例えられるなんて、恐縮だ。気まずくて顔をそらす。

「それで、久我くんの瞳を介せば描けるんじゃないかって思ったんだよね」

なるほどね、と純は呟いた。

「だから、あんなことを僕に頼んだわけか」
「恥ずかしくて直接渡せなかったってのも、あるけど」

照れたように笑う三方は、女神に対して僧侶のようだ。欲はなく、ただ、道を求める。
やがて、純が緩く微笑みながら口を開く。

「僕は女神にしちゃ業を背負いすぎてるし」

この人は神にしちゃ優しすぎるよ。

キヨカズは堪えきれずに吹き出した。
その笑いを制するように、三方が身を乗り出す。

「女神は強くて、神は優しいものだよ」

純の唖然とした表情をみたキヨカズは、冗談半分に言ったんだろうなと確信する。
それに真面目に返されて、ビビってるんだろう。

「笑ってくれると思ったのに」

困ったように笑った三方が、それはごめんね、と謝る。

少し沈黙があって、やがて三方は何か思い浮かんだのか、満足そうに何度も首を折った。

「やっぱり久我くんがいれば描ける気がする」

久我くんしか、金澤くんを正しく見れないんだ。

もはや返す言葉もなく、純はキヨカズを見つめた。それに、首をかしげてみせる。苦笑つきで。
やがて純は何か思いついたようだ。

「たぶん本当はね」

大きな声では言えないが。
三方が少しだけ、純に顔を寄せる。

「キヨカズだけが僕を正しく見れたんだよ」

何度かその言葉を反芻した三方は、やがて納得して頷いた。

「だって君はふつう、美しすぎて直視できないもの」

直視できない気持ちもわかるが、ハッキリと本人に言った人物をキヨカズは初めて見た。
三方が、何かに納得したように何度か頷いた。

「絵が描けそうな気がする」

自信に満ちた呟きに、純が女神のような微笑みを見せた。

「降りてきた?」

うん。女神が。

女神扱いされることに違和感はあるものの、三方のことだから許せてしまう。

「最近、女神の絵を描くのにハマってて」
「三方くんにもハマるものがあるんだ」

三方はそりゃ当然、と笑った。
守山の短歌が恋の歌に偏っているのと同じようなことだろうか。

「より良いものが描けそう」

三方が純の目を見て、ありがとうと言う。

「直視された」

先程出来ないなどと言ったくせに。
久我が嬉しそうに指摘すると、三方は照れて顔をそらす。

「克服したんだよ」

はは、と軽い笑い声が響く。
感性の塊はもはや神の領域ということだなと理解する。
いつのまにか他の客が増えていて、キヨカズは二人の話を聞いている場合ではなくなっていた。
時おり聞こえる断片は、もはやただの世間話になっていた。
純が村上や石原たち以外と話しているのは久しぶりに見た。
普段閉じ籠りがちなので、いいことだなと思う。

多少の嫉妬がないわけではないが。

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あきゅろす。
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