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秋冬春夏(完結)
17
純が時間差で出してくる料理に、酒を変えたり話題を変えたりしながら時間を過ごす。

キヨカズがグラスを替えることに躊躇がないのと、純がテーブルの上を片付けないと気が済まないので、流しが洗い物で満タンになりつつある。純がおもむろに洗い始めたのを見て、石原が手伝いますと隣におさまった。

キヨカズと二人で話したことがほぼない。守山はひっそりと緊張した。
ただ、純がキヨカズとか清一とかバラバラに呼ぶのが気になっていたので、ちょうどいいやと切り出す。

「呼び名が一定しないんですね」
「俺の?」

機嫌よさそうに笑ったキヨカズは、それね、と呟くように言った。

「どっちでもいいんですか」
「あんまりこだわらないけど」

座り直し、守山の方に体を傾ける。
少しだけ声を潜めた。

「あれが堪らないんですよ」

何を言うかと思えば、堪らないだなんて。
吹き出した守山を、キヨカズは満足そうにみやった。

「変態ですか」
「ひどいな」

守山の感想は確かにひどいが、もっともなような気もする。

「独占される感じ?」
「そうだね、それよね」

くつくつと笑いながら、何度も頷く。

「いいなあ、幸せだなあ」

そんなことに堪らないなんて言える環境が羨ましい。守山はもう一度、いいなあと言った。
あまり続けると羨ましさで悲しくなりそうだったので、話題を変える。

「三方さんて、仲がよかったんですか」

守山の質問に昔を思い出す。

「つるむ感じじゃなかったけど、部活が同じだったからなあ」

どうして彼が純に絵を預けたのか、気になってくる。
記憶が正しければ、キヨカズは純が絵を受け取った同じ日に、彼に会っているのだ。

「ホントは直接渡すタイミングがあったはずなんだけどね」
「さっきの絵ですか」

うん。頷いて、また考える。

「直接は恥ずかしくて渡せなかったとか?」
「女の子じゃあるまいし」

純に直接ラブレターを渡せない女の子の相手は随分した。それとは違う気もする。

「自分の作品を他人に渡すって、結構な勇気ですよ」
「そういうものか」
「しかも、店長さんを描いたんでしょ」

廊下を走るなとか、そういう文字とは次元が違うのだろうか。

「それか」

守山が言いかけた瞬間、ふと、彼が妙に純の話題を振ってきていたようなことを思い出す。

「まさか」
「なんです?」

いやあ。

キヨカズは首を傾げてお茶を濁した。

「それはまさかだな」

なぜか守山がニヤリと笑う。

「三方さんの絵って、見たことあります?」

ないと答えると、ますますニヤニヤして、スマホで検索し始める。

「ホームページにね」

そう守山が差し出した画面に、妙に琴線をくすぐる絵が表示されている。
画面と守山を見比べる。

「もりやまー!」

と叫んで、がたんと立ち上がる。
台所から石原が、どーした、と声をかけてきたが、それどころではない。

「まさかでしょ」
「まさかだ、まさか」

すぐに座って頭を抱える。忙しいキヨカズを、守山がニヤニヤしながら見ている。
やがて純が戻ってきて、どうしたのと聞いた。

「お前、三方くんの絵って、見たことあるか?」

恐る恐る聞くと、特にないと無感情な返事がある。
石原が守山のスマホを覗いた。

「久我さん?」

パッと見でそうと思われるほど、久我に似ている。
むしろ久我なんじゃないかと思う。
そんな本人も画面を覗く。

「ああ」

本人は、本当に忘れていたというようなトーンで、見たことあるわと言った。

「ずっと前に描いた絵で、気に入ってるからホームページに載せたんですって」

するするページを送ると、高校の時、授業中にスケッチをして、卒業後油絵にした、と解説されている。

「三方くん、僕の後ろに座ってたことあったな」
「授業中に横向いてたんですか」
「さあ」

確かに視点は真後ろだが、対象は横を向いている。

「そっち窓じゃないだろ」

同じ校舎に居たものとして、一応指摘してみる。
授業中集中できず窓の外を眺めるのは容易く想像できるが、わざわざ体を横に向けて室内側をみている理由はわからない。

「窓が眩しいから、こっち向いてたことあったけど」

描かれている光の加減をみると、その言い分も理解できる気がする。

はあ、とキヨカズがため息をついた。

「まさかでしょ」

嬉しそうに守山が言うのに、キヨカズはまさかだねと弱々しく返した。
これは、三方に会わなければならない、気がする。
守山が用意してきたデザートを、純が入れたコーヒーと共に食べて、更に酒が続いた。
キヨカズと石原が、レコーダーの録画一覧を吟味しながら語り合っているのを、純は注意深く観察していた。
守山は、キヨカズの蔵書を真剣に読んでいる。

「久我さん」
「なあに?」

キリがよくなったのか、守山が顔をあげた。

「さっきの絵、どこで見たんですか?」

三方の話とわかるまで少々の時間を要した。

「お手紙をもらったの」
「三方さんから?」

大学生の頃、実家に手紙が届いたのを、姉が持ってきてくれた。

「昔は卒業アルバムとかに、住所書いてあったでしょ」
「それで」

守山が大学の頃はすでになくなっていた気がする。
なんとなく時代を感じて自然と笑みがこぼれた。

「僕をモデルにした絵を描いたから、黙って世に出すのも悪いし連絡しておきますって。写真つきで」

持ってたな、そう言えば。

ラブレターは読まずに廃棄するくせに、そういうものはとっておくのか。なんとなく面白かった。
しばらくして、久我が封筒をもって戻ってきた。

「ほら」

ひらりと守山の前に出された写真に、違和感がある。

「さっきのと違う絵じゃないですか」
「うそ」

久我は守山から写真を取り上げた。

「ほら」

守山がすぐさまホームページを画面にだし、差し出す。

「色が違うね」
「構図はおなじですけど」
「写真が変色したかね」

その可能性も否定できないが、色褪せて変わるような色でもない。

「連絡とれないかな」

そう言って久我は封筒を眺めたが、当時の差出人住所は当てにならない。

「ホームページからメールとか送れないの?」

聞かれて画面を操作した守山が、うーんと唸る。

「一応お問い合わせフォームみたいのありますけど」
「お手紙の方がいいかな」
「どうなんですかね」

あまり有名人に連絡を取ろうなどと思ったことがない。

「画家って、事務所みたいなのあるんですかね」
「俳優みたいな?」

あったとしても、同級生からなんて連絡を通すだろうか。
久我はおもむろに写真と同封された手紙を広げた。

「ここに電話番号とか書いてないかなって思ったけど、ないなあ」
「残念ですね」

守山の苦笑を視界の端にとらえつつ、手紙を読み返す。

「あれ」

なんとなく、つっかかる。

「キヨカズ」

石原と再生し始めたアニメを食い入るように見つめていたキヨカズは、振り返らずに、なにと言った。

「三方くんの連絡先知らない?」

見たいシーンが終わったらしく、画面から離れて立ち上がる。

「まだその話してるの?」
「終われないんだよ」

そばに来たキヨカズに、手紙を差し出す。

卒業の時にお願いした絵は、金澤くんに渡してくれましたか。
もしも渡していたら、どんな表情で受け取ったか、教えてください。ぜひ、ぜひ。

「なんだこれは」

キヨカズは呆然と呟いた。

「連絡しなくちゃ」
「と言うか、どういうこと?」

先程守山が言った、恥ずかしくて渡せなかった説が有力になる。

「自分の作品だから恥ずかしいのか、他の理由で恥ずかしいのか」
「やめてくれよ」
「お前ってモテるんだな」
「やめてくれってば」
「男子校って怖いです」

いつのまにか参加していた石原の感想には、キヨカズも純もなにも言えなかった。
三方の問題と守山と石原を残したまま、夜が明ける。
純は早朝に目が覚めて、朝食は何にしようかな、と考えたきり、また枕に魂を引き寄せられる。
目を閉じる瞬間、キヨカズの額が目に入り、訳もわからず嬉しくなる。

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あきゅろす。
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