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秋冬春夏(完結)
16
「お邪魔しまーす!」

石原の元気な声に、自分の気分も上がる。

「いらっしゃい」

岩木しか客が来たことがないので、出迎えかたがわからない。
そう思いつつ、台所から顔を出した。

「久我さん、甘いものをお持ちしました 」
「冷蔵庫?」
「お願いします」

さらりと台所に入った久我を、何気なく追った守山は、冷蔵庫に貼り付いた文字を見つけた。
目を奪われ、立ち尽くす。
視界の端に、冷蔵庫を開閉する久我が入っていた。

「守山くん?」

声をかけられ、ハッとする。

「ごめんなさい」

そう反応はしたものの、目は離せなかった。

「それ、いいでしょ」
「誰が書いたんですか?」

久我にとっては愚問だったが、キヨカズのイメージと結び付かない気持ちはわかる。思わず笑ってしまった。

「キヨカズだよ」

は、と開いた口が閉まらない守山を、久我はそっとしておくことにした。

「久我さん、なにか手伝いますか?」

どこからか石原の声がしたが、すぐにキヨカズが、いいのいいのと止めたようだった。
お茶を出そうと準備を始めた久我の耳に、鼻をすする音が聞こえる。

「くがさん」

ふにゃりと情けない声に呼び掛けられ、久我は振り向かずになあにと応えた。

「うらやましい」

まだ冷蔵庫を見つめている守山の隣に立ち、だよね、と同意する。

「俺にはできないことです」
「僕にもできないよ」

自分の目を通した他人を表現するのは、あまり簡単なことではない。

「守山くんはできるでしょ」

短歌という技を使える守山は、久我から見ればキヨカズに近い存在だった。

「こんなにうまくできませんよ」

守山は恨めしそうに冷蔵庫を睨んでいた。
やがて石原に呼ばれて慌てて居間に行く。

「とりあえずお茶でも」

久我が暖かい麦茶を出して、とりあえずソファと食卓に落ち着く。

「そっちのお部屋は?」
「寝室」
「通りすぎてきた扉は?」
「本棚とか置いてある」

石原は家に興味津々の様子だ。

「守山くんどうしたの?」

石原の相手をしていたキヨカズが、おとなしい守山を心配して声をかけた。

「冷蔵庫に貼ったやつに心を打たれたらしい」

純が代わりに応えた。

「あれ、そんなによかった?」

守山は突然立ち上がり、キヨカズに迫った。

「よかったですすごくよかったです」

瞬きすら忘れた守山に気圧されて、作者は苦笑いした。石原はキョトンとしている。

「他にも見せようか?」

自分の書いたものを積極的に見せないキヨカズだが、興味を持たれて悪い気はしない。
乾燥させるために作品を広げっぱなしの部屋に案内する。
なんてことだ、と守山が呟く。その後ろから部屋を覗いた石原は歓声をあげた。

「◯◯書店ですね!」

まさにキヨカズに仕事を頼んだ古書店の名前だった。

「わかるの?」
「いつも通るから」

凄い筆文字だなあと思ってたんです。
石原は嬉々として一枚一枚を眺めた。

店長さんが書いていたなんて。
すごい、すごい。

フリーズしてしまった守山は置き去りになる。
やがてポツリ、守山が呟いた。

「貧しい想像力の持ち主は貧しい世界の終わりを持ち、豊かな想像力の持ち主は豊かな世界の終わりを持つだろう」

後ろから見ていた純が笑った。
一瞬なにかと思ったキヨカズも、失笑する。

「これね」

確かに、書を捨てよ町へ出ようというのも書いた。

「今度俺にも一枚ください」

歌人である守山の感性にそれほど響くものとは思わず、キヨカズは対応を考えていた。

「高いよ?」

特にどうしようとも思い付かず、結局それだけ言う。守山はくしゃりと笑った。

「じゃあ本屋に相談にいこう」

張り替えたものをもらう作戦か。

「納品するとき言ってみるよ」

実際張り替えたものをどうしているか知らないので、今更ながら興味が湧く。

「タカヒロ、台所のやつがいいんだよ」

もはや勝手がわかった感じで、守山は冷蔵庫の方に戻った。
また二人が盛り上がるのをみて、キヨカズは純に、そんなにいいの、と聞いた。

「あれは気に入ったから僕にくれたんでしょ」
「まあ、そうだけど」

誉められ下手のキヨカズは複雑な笑顔を見せた。

「岩木先輩も良いっていってたよ」

年末年始営業のお知らせ。
そちらは本当にただ書いただけのつもりだったので、さすがに首を傾げる。
やがてお茶が冷めるのでと居間に戻った。

「どういう体勢で書くんですか?」

石原が妙なところに興味を示した。

「床に、正座して」

当たり前と思って答えたものの、学校の授業だと机でやるのか。

「真上から見た方が書きやすいよね」
どうでもいいことを付け足すと、純が
「あ」

と立ち上がった。

「三方くん覚えてる?」

突然純が言い出したのは、昼間思い出した書画部の仲間だった。

「覚えてるけど」

なぜ思い出したんだと思うほどの唐突さだ。

「卒業前に三方くんから絵を預かったんだった」
「は?」

純の言うには、部室に起きっぱなしだった作品を片付けていて、キヨカズを描いた絵を処分できず、もし会う機会があったら渡してほしいと頼まれた、とのことだった。

「忘れてたよ」

どこにしまったんだったかな。
20年近く経つのになぜ今思い出したのか。
実家には何も置いてこなかったからあると思う。
そう言って純は席をはずした。

「同級生ですか?」
「あの人と同じクラスのね」

純はそう間をおかずに戻ってきた。

「片付けする度に渡そうと思ってるのに、毎回忘れてたんだよね」

はい、と手渡されたのはA4サイズのパネルだった。

「こんなの描いてたのか」

キヨカズが書いている姿をスケッチしたものだった。
同じ部屋で活動していたので、描く機会はいくらでもあっただろう。

「恥ずかしいな」

左手を突き、紙の上に身を乗り出している。

「こんな感じで書くらしいよ」

キヨカズは石原にそれを渡した。

「かっこいいですね」

率直な感想に、顔をそらす。

「三方くんとは一緒に看板書いたりしたんだよ」
「文化祭とか?」
「そう」

そもそも彼らが同じ部だというのを卒業の直前に知った。これを渡されたとき、確か金澤くんと仲良かったでしょ、と言われた。

「直接渡せばって言ったんだけど、卒業式しか会う機会もないしなって、押し付けられたんだよね」
「で、捨てることも渡すこともなく持っていたと」

石原から守山を経由して絵が戻ってきた。

「ミカタさんって、三つの方角でミカタさんですか?」
「そうだね」

守山が首を傾げながら下の名前を聞いた。

「楓くんだったかな?」
「紅葉じゃないの?」
「あ、そうそう」

純とキヨカズのやりとりを、守山が微妙な顔で聞いていた。

「その人最近結構有名な人ですよね」

といって、携帯で検索し始める。
ほら、と守山が本人の写真を出した。

「三方くんだ」
「どれ?」

自然と、純がキヨカズに顔を近づけて画面を覗いたのを見て、石原がひゃーと声をあげた。が、無視される。

「画家になったんだ」

どうしてるかなと先程考えたばかりだった。思いがけず近況を知って、なんとなく嬉しくなる。

「老けたね」

と純が言う。

「老けないのはお前だけだよ」
「僕だって歳くらいとるでしょ」

さすがに18の頃と比べたら全く違うはずだ。
キヨカズは不満げに目を細めた。

「こないだ見てた写真、ほとんどそのままだったじゃないか」
「近くで見たら老けてるって」
「店長さんお若いじゃないですか」

石原が割り込む。守山は変な角度で口を出した。

「あっちゃんの36歳よりは36歳です」
「ほーら」
「人間と比べろ」

これとこれを比べたら断然若いだろ、とキヨカズに言われ、石原と守山が揃って二人を見比べる。

「そう言われるとおっしゃる通り」

守山の感想に純が不満げにする。

「相応って言われるけどな」

単体で見ればな。
キヨカズに言われて立ち上がる。

「食事の時間だよ」

話題の切り上げ方が乱暴だとみんな思ったものの、関心は料理にすぐに移る。
何か手伝います、とか、メニューはなんですか、とか、言葉が飛び交う。

「BGMは宝塚にしよう」

テレビで放送されると必ず録画しているキヨカズは、一人だけテレビにくっついた。
やがて純が並べたのは、普段より大分豪華な食事だった。

「いつもこんなに豪華なんですか」
「そんなわけないよ」

お客さんが来るから頑張ったんだよ、と苦笑する。
普段夜の食事は手抜きがちだ。この中から二品くらいは出てくることもあるが、基本的には何品も作らない。

「ほんとに料理上手なんですね」

想像を越えていて、守山は席につくのを躊躇った。

「ワイン開けるの?」

宝塚を再生させたキヨカズがいつのまにか冷蔵庫を開けていた。よろしくと答える。

「純」
「なに?」

ちょいちょいと手招きされて行ってみると、キヨカズは未開封のボトルを引き出した。

「このワイン昨日飲んでたよな?」
「飲んでた」
「なんでこれ開いてないの?」
「昨日のやつはさっき使いきったから」

ああ、なるほど。
キヨカズは乾いた笑いを発した。

「ちなみにそこにも同じのあるけど?」
「備蓄だよ」
「備蓄ね……」

彼のペースだとワインなんてぺろりとなくなるものだというのは分かるが、同じものを買い込むタイプでもないのでキヨカズは不思議だった。

「それ美味しいんだよね」

初物だから年中売ってはいないんだよと言う。

「何本買ったの?」
「……6かな」

どこの飲み屋だ、と言われて、純は笑った。
ケースで買わなかっただけいいか。どうせ純が飲むんだし。

「というワインを使った煮込みです」

元気よくいただきますを言った石原は、そのワイン煮込みを気に入って一口ごと美味しいと誉めた。

「どこで勉強するんですか」
「料理?」

少し返事を考えた純は結局、Yahooのトップページとか、といういい加減な回答をした。

「圧力鍋を持ってるあたりがレベル高いですよね」

台所の圧力鍋を見た守山が言う。

「大好きだからね、圧力鍋」

キヨカズがからかった。

「便利なんだよ」
「そんなにですか?」

いまいち信用しない石原に、久我は何でもできるんだよとよく作る料理を並べ立てた。

「プリンも?」

さすがにプリンは意外だったようで、守山がポカンとした。

「けっこう上手く行くよね」

ね、と言われ、黙って頷く。

「次回はプリンを食べたいです」

ふにゃりと笑った石原におねだりされ、久我は困ったように笑った。が、まんざらでもないらしくうんうん頷いていた。
やがて話題は家に移る。

「ルームシェアって出来ないとこ多いんじゃないですか?」

確かに、不動産屋の店頭情報でそう書いてある物件を見たことはあるし、噂に聞いたこともある。久我は頷いたが、キヨカズはキョトンとした。

「そうなの?」

助けを求めるようにキヨカズが聞くので、うん、と頷く。

「そうだよ」
「ここはオッケーなんですね」

キヨカズがますます答えに悩んでいるようで面白い。
久我はにやにやしながら様子を見ていた。

「うん、まあ」

と、曖昧な返答をしたのを聞いて、堪えきれず吹き出す。

「なんでそんなに笑うんですか?」

さっさと答えりゃいいのに。笑っている純にキヨカズは、なんと言うのが的確か悩んでるんだよと、不満げに返した。

「持ち物だから気にしたことなくて」
「持ち家なんですか?!」

石原がひゃーと驚いて見せたが、黙っていた守山が気が付いて目を見開く。

「この建物持ってるってことですか?」

守山の発言に、石原がポカンとする。
キヨカズは困ったように、そうだよと返した。

「ビルオーナー……」

初めて見た、と、守山が角度を変えてキヨカズを眺める。その行為に意味はないのだろうが、久我は面白くて笑っていた。

「ほんとに全部持ってるんですか?」

石原がワンテンポ遅れで盛り上がる。

「そうだよ」
「どこでどうやって手に入れるんですか?」
「相続」
「そうぞく……」

守山がまたじっとキヨカズを見た。石原はもはや開いた口が塞がらないようである。

「じいさんから譲ってもらったの」

祖父は昔から持っていた土地や買った建物など、付近に少々の地所を所有しており、それを譲り受けたという、簡単な説明をした。

「もしかしてお店も?」
「そう」

店が入っている建物も、彼の所有物件だ。

「都会は怖いです」

どこをどうするとその発言に至るか分からないが、キヨカズは乾いた笑いを返しておいた。

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