秋冬春夏(完結)
12
社内がざわついている。
新年度の前の日、若手は連日の送別会と歓迎会の段取りに追われていた。
異動する者たちは毎夜のように続いた送別会のゴールが見え、疲れた体に鞭を打つ。翌日からは歓迎会があるのだが、それは忘れておくものだ。
毎年毎年下らないと思いつつ、自分の身にも起こりうることなので身構えないわけでもない。
ただ、今年も自分には何もなかった。異動したくないとは言ってないのに、何年も同じ部署にいる。戦力と思われているのか、他に自分が欲しい部がないのか。
ぼんやりメールを眺めていると、隣の松田が不安げに話しかけてきた。
聞くと、例の女性が異動なのでと挨拶に来たらしい。
久我はちょうど外していた。
「ふうん」
なんの感動もなく返事をする。
「冷たいですね」
「辞めるわけでもないだろ」
社内には居るのだから、さほど変わらないと思う。
「そういうもんですかね」
松田は残念そうに自分の机に向き直った。
何かあって欲しかったのかなとは思うが、本当になんの感動もないのだから仕方ない。
つまらない会議とつまらない宴会を終えて帰路に就いたのは深夜だった。
たまたま金曜だったからずいぶん遅くなってしまった。
もうキヨカズも店を閉めている時間だ。
大人しく家に帰ると、待っていたかのように扉が開いた 。
「おかえり」
なんだか嬉しくなって、思わずしがみつく。鞄は中に放り投げた。
調子にのってキスまでしたが、顔を離して後悔する。
「酒くさい」
「そしてタバコくさい」
確かめるように、キヨカズがキスをしてくる。
「それはデフォルトだから」
いいから上がりなさい。そう言ってキヨカズは純の鞄を拾って居間に歩いていった。
テレビは薄暗い舞台を映していた。
「邪魔した?」
台所に姿を消した相手は、ぜんぜん大丈夫と返事だけ寄越す。
「一回見たやつなんだけど、何て言ってたか気になったところがあってさ」
ソファに落ち着いた純の前に、麦茶が出てくる。
「申し訳ないです」
頭を撫でられ、気分がよくなる。
「遅いから心配したよ」
「珍しくもないでしょ」
そう反応して、思い直す。
先日の村上との話が脳裏に甦ったからだ。
「いや、あの」
なんという言葉が適切か。
キヨカズは不審げな顔をした。それでも、純がなにか言うのを待っている。
「ありがとう」
心配してくれて。
まばたきを繰り返すキヨカズの顔に、きょとんと書いてあるようだった。
言うんじゃなかった、と後悔する。
やがてキヨカズは吹き出した。
「かわいいなあ」
なんだ、どこで改心したんだ、村上教に入ったのか。
すがり付かれ、恥ずかしくて顔を遠ざける。
「そうです、村上教に入ったんです」
キヨカズは、尊敬するとかありがたやとか言いながら、スーツを来たままの純をずっと抱き締めていた。
うざったいと思われていると感じつつ、
「村上教、いいかもしれない」
と純が呟くのを聞いて、キヨカズはますますテンションが上がった。
「じゅん!」
純はソファに沈んだ。
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