秋冬春夏(完結)
11
純の不調の原因は結局分からなかったが、そこそこに回復した様子は見てとれた。
証拠に、いつものように酒を飲みに来る。
「お酒大丈夫なんですか」
石原から不調と聞いた村上が、心配そうに聞いた。
「自分のペースなら」
だから仕事の酒は断っている。
彼が酒好きだと知っている村上は、それはそれはと嬉しそうに笑った。
「うちの職場はそうじゃないですけど、久我さんのところはすごいんですよね」
以前そんな話をしたことがあった。
確か石原も居たが、二人とも顔がひきつっていたのを覚えている。
「僕ね」
村上が相手だと、相談事を話したくなる。
守山の場合は彼に気が付かれて引き出される感じだが、村上は自然と懺悔したくなるような、不思議な感じだった。
今日もまんまと最近の悩みを話し始めた。
「女性恐怖症なんですよ」
「そうみたいですね」
村上なら今までの会話などからそれを察していてもおかしくないので、すぐに同意されたことには引っ掛からずに話を進める。
「おそらく積み重ねでそうなってしまっていて、でも、回避というか、気にしない方法を知ってたはずなんです」
それをどうしていたのかさえ思い出せれば、元の調子を取り戻せる気がした。
と言うと、村上は首を傾げた。
「僕の奥さんに久我さんの話をしたところ」
突然例の可愛らしい奥方が出てきて、久我はきょとんとした。
「孤高の美男に恋人ができて非常に喜ばしいと」
「奥さんが?」
村上は自信満々に頷く。
「で、おそらく恋人らしい恋人は人生初なのではないかと推測した」
「奥さんが?」
返事の代わりに、そうでしょ、と聞かれ、今度は久我が頷く。
「自慢じゃないが僕の奥さんは僕としか恋仲になったことがない」
本当に自慢ともとれるが黙って聞いておく。
「そんな奥さんの言うには、久我さんは今まで経験したことのない苦難に直面しているだろうと」
「くなん」
そんな奥さんが言うならと、妙な信憑性を感じる。
「まずは」
村上は奥さんのロジックを整理して話してくれた。
自分が誰かを好いたとき、どう行動したらいいか分からない。それが色々な判断に影響を与え、自分の思考が止まっているような気がする。
自分の頭が働かないと思ってしまっているので、相手の話を理解したつもりになるまでやたら時間がかかる。余計な勘繰りをする。
相手の行動に対してどう反応すればいいのか、また反応が妥当なのか分からず悩んでしまう。
「といったところをぐるぐるして、悪循環だとのことで」
なんとなく我が身の話のような気さえする。久我は笑った。
「その方は僕ですか」
「いや、僕の奥さんです」
どうして彼女がそうなったのかに興味を持ったが、それは聞かないことにした。
自分だったらあまり話したくないから。
「でもね」
村上がまた嬉しそうに笑う。
本当に奥方が好きなんだなと思う。
「僕がいればそんな悪循環も楽しいって」
久我はぽかんと村上を見つめた。
のろけだ。完璧なのろけだ。
「羨ましいな」
村上夫人は自分がぶち当たっている壁を乗り越えているらしい。
久我の素直な感想に、村上は満足そうに笑った。
「お相手を信頼することです」
「なるほどね」
無意識に視線が店主の方に向いた。
信頼しているつもりなんだけどな。
「奥さまのレベルに達するには修行が必要そうです」
村上が失笑した。その後の言葉に軽くめまいが起きた。
「10年かかりますよ」
キヨカズとは20年来の付き合いなのに、さらに10年とは。
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