秋冬春夏(完結)
7
店主はまたも現れた元恋人を目を細めて見ていた。
客は他にも居たが、カウンターには彼しか居ない。
目が合って、仕方なく少し近づいてみる。
「たまにいる綺麗な人って、仲いいの?」
歓迎できない話題に、首を傾げる。
「ただのお客さんよりはね」
「独身かな」
あんまり直球なので、目をそらす。
「そうみたいだね」
相手は嬉しそうに笑った。
「脈あるかな」
そう来るだろうなと思っていたものの、返事は用意できていない。
また首をかしげて見せる。
「ないよ」
「ノンケってこと?」
少々の葛藤のあと、店主は、いや、と切り返す。
相手は不満げに眉を寄せた。
「あの人、恋人いるから」
これはあまり効果のない情報だ。
むしろ、火を点けたようだった。
「どうすればものにできるかね」
他人のものを奪うのが好きなやつだ。
更なる葛藤の末、決心する。
「俺のものだから、ダメ」
見下ろしつつはっきり言い切る。
しばし、相手は呆然と店主を見上げていた。
「マジかよ」
「嘘に聞こえた?」
あんまりこんなことを話し合いたくないのだが、まとわりつかれる純を見ているのは嫌だ。
「お前、ああいうのが好きだったっけ」
「それはわからないけど」
確かに面食いというわけでもないし、履歴を振り返れば純のような綺麗な恋人はいなかった。
「というか」
相手がひひひと笑う。
「お前がそんな執着見せるなんて、意外」
執着しなくて殴られたことすらあったから、確かに意外と思われてもおかしくなかった。
キヨカズはどう片付けたものかと考える。
「ますます欲しくなるな」
やめてくれよと言えなくて、あとは無視した。
やがて人が増えてきて、そのうちに久我も現れた。
石原も村上もいないし空いている席がなかったので、彼のとなりに座ってもらうしかない。
「ビールください」
久我はたんたんといつも通りの行動をとる。
もう店の本は読み終わったらしく、鞄から薄い冊子を取り出した。
ビールを出したときに、守山の同人誌だと分かった。
久我は真剣に、時おり字数を数えながら短歌を読んでいた。
「ねえ、お兄さん」
隣の男が話しかけるのに、ずいぶん間をおいてから振り返った。
「なに?」
読書を邪魔された不機嫌なのか、話しかけられたくなかった不機嫌なのかわからないが、とにかく冷たい反応だった。
「いつも一人で来るの?」
「現地集合だから」
村上や石原がいれば混ざることもある、というのを現地集合と表現した。
聞こえていたキヨカズは苦笑した。
「俺、お兄さんに興味あるんだけど」
何度か瞬きをして、本を閉じる。
「どこに?」
相手の方を向き、少々上目遣いに目を合わす。
想定外の反応なのか目が合ったからなのか、相手は少し怯んだようだった。
「僕のどこに興味があるの?」
久我が繰り返し、相手は首を捻る。
「恋人いるの?」
「いるよ」
即答かよ、とからかうように笑う。
「どんな人?」
久我は本の表紙に視線を落とした。
「素敵な人だよ」
断言され、彼は店主をみやった。
目が合ったが、無視する。
「どういうところが?」
「そうだね」
ほんの少し考えて見せてから、久我は無感情に自分の恋人について並べ立てた。
非常に優しい。
傷付きやすいが強がりで、いじらしい。
気が利く。
些細なことで怒ったりしない。
束縛を甘んじて受ける。
人当たりがいい。
警戒心を持たれない。
がさつでない。
言葉選びが上品。
賢い。
頭の回転が速い。
「あとはね」
そう言葉を止めた久我を、キヨカズは無意識に見つめていた。
「プロポーションがいいね、完璧といってもいい」
「好みなの?」
「いや」
結果好きだが好みかどうかと言われればそうではない。
見た目などどうでもいいのだ。
「長いの?」
恋人期間としては短いので、首を傾げる。
「長くないけど」
「じゃあ、今はまだ、嫌なとこが気にならない時期?」
確かに付き合いが短ければそうだろう。
また、否定する。
「20年来の友人なんで」
彼は、ひえ、とわざとらしい悲鳴をあげた。
「すごいね、それ」
「別に、一人や二人いるでしょ」
あんたにも。
石原いわく、腹心の友というやつが。
沈黙があって、どうかなと返ってきた。
「のろけさせておいて悪いけど」
俺はどう? 乗り換えない?
用意してあったような一言に、久我は顔をあげて相手と目を合わせた。
ぴしり、相手が固まる。
「乗り換えない」
久我は綺麗に微笑んで、断言した。
「僕はあんたに興味がないよ」
きっぱりした返事に、言葉もない。
沈黙が訪れて、その隙に久我は読書を再開した。
「帰るわ」
これ以上の会話は無駄と諦めたのか、男は出口へ向かった。
店主がレジを打つ間、男が話しかけてくる。
「とりつく島もないな」
「ダメって言ったろ」
そちらを見ることもなく返事をする。
「悔しい」
ぽろりと出てきたような本音には、苦笑して見せる。
「仕方ないよ、俺のものだから」
「マジかよ」
彼は、つまんねえなと吐き捨てて出ていった。
他の客と差別なく見送って、店主が戻ってくる。
「災難だったね」
声をかけられた久我は、本から視線を店主に移し、微笑んだ。
「いや」
恋人を自慢すると言うのはなかなか快感だね。
自信たっぷりな発言に、店主は笑うしかなかった。
「ならいいけど」
目の前で自慢される身にもなってみろよというのは、人前なので飲み込む。
それにしても、まるで撥水加工でもしてあるかのようだ。相手の挑発がまったく浸透していない。
姿が美しいからそう見えるのかもしれない。
そんなことを思いつつ、視界の端に姿をとどめておく。
やがて村上がやって来て、今月の同人誌について語り合っていたようだった。
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