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秋冬春夏(完結)
6
清一の元恋人は度々店に来るようになった。
その日も久我は残業終わりに店に寄った。
村上も石原も居ない。

「いらっしゃい」

いつもの席に先客がいた。

「なににします?」
「ビールで」

少し考えて、グラス要らないですと付け足す。
店主は笑ってありがとうございますと返した。

「なにか食べてきました?」

後輩が残業飯行くって言うから付き合った。
不本意とも言いたげな回答に苦笑しつつ、店主はコースターの上にビールを置いた。

久我は店の隅の本棚から一冊持ってきて、それを読みながら酒を飲んでいた。
飲み屋といっても楽しみ方は人それぞれだ。
やがて久我が眠たげに目を細めた頃、奥に座っていた男がするりと移動する。

「お兄さん」

キャッチか。と思いつつ声のした方を向く。

「一緒に飲みましょうよ」

連れが居るかどうかも確認しない。
強気なやつだなと思う。

「初めまして」
「前にここでお見かけしましたよ」

久我はわざと首を傾げた。

「よく来てるんで」

店主は横目で二人の様子を見ていた。

「ここの店長さんイケメンですよね」

久我の無表情によって生まれた沈黙を挟み、男は当たり障りない話題のひとつとしてなのかそんなことを言い出した。

姉が、なかなかの色男だと評していたのを思い出す。
確かに顔立ちは整っている。背も高いし。
多少童顔だけれども。

「そうですね」

なんと返したらいいか考えるのも面倒で素直に同意した。
相手は嬉しそうにそうそうと何度も頷く。

自分の恋人を誉められた実感もなく、久我は平坦に相手の様子を見ていた。
芸能人なら誰みたいな感じだとか、そんな感想を並べている。
出てきた名前は、確かにプロポーションが同じ系統で、久我にも納得がいった。

「お兄さんの方が綺麗だけど」

突然の方向転換に、店主の方がビックリした。

「そう?」

店主は気を付けろと視線を送ったが、久我は気付かない。
長い瞬きをして、ふっと鼻で笑った。

「よく言われるよ」

そう言われたところでなんの感動もない。

あっけにとられた相手は返す言葉が見つからないようだった。
店主を呼ぶ。

「いつものお願いします」

注文のついでに、店長さんイケメンですねと伝えてみる。

「そこそこにね」
「自ら言うんだ」

酒の用意をしながらそんな雑談を交わす。
これでも遠慮したんだけどなと、店主はケラケラ笑った。

「絶世の美男相手にそれ以上言えないよね」

久我の隣の男が割って入ってくる。
改めて久我の顔を見てみる。
文句のつけようがない。目の下のクマくらいしか。

「まあ現状に満足してますから」

どうぞ。
ライムを絞ってグラスを出す。
久我はありがとうとそれを受け取った。
話が終わったと判断したのかなんなのか、また本を開く。

話しかけられはしなかったが、見られている感じがする。
気持ち悪い。
ただ、逃げれば負けのような気がする。
久我は黙って本を読み続けた。
やがて根負けしたのか男が席を立った。
男が出ていってから、久我はようやく顔をあげた。

「大丈夫?」

カウンターの上を片付けながら店主が聞いた。それには無言で頷く。

やはり目を付けられたのか。
店主は短いため息をついた。

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