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秋冬春夏(完結)
4
もともと好きも嫌いもない、執着心のない人間だったから、そういう風に悩むことはなんとなく納得できる。

そんな人間に執着されているのは素直に嬉しいが、自分だってそう器用じゃない。
あんなやつが人を好きになるとどうなるのかと考えてみたことがあったが、こじれてそんなに悩むとは、想像できなかった。

玄関の鍵はちゃんと締まっていた。

「ただいま」

灯りも点いていて、フラフラだった割りには頑張ったなと感心する。
しかも台所から音がして、いよいよ不審に思う。

「どうした?」

そっと覗き込んでみる。
純は坦々と卵を混ぜていた。

「プリン作ろうと思って」

明日の朝プリンがあったら幸せかなって。

「そりゃあ幸せだけれども」
「キヨカズを幸せにしなきゃ」

だから夜中にプリンを作ろうだなんてどういう強迫観念なんだか理解に苦しむ。

「俺って幸せ足りなさそうなの?」

夜中のプリンで補填しなければ死んでしまいそうとでも思われているのだろうか。
純は首を振った。

「僕が不満なんだと思う」
「もっと俺を幸せにしたい?」

くすぐったい話だ。

純は作業を止めないまま、全く脈絡のないことを聞いた。

「昼間の電話なんだったの?」

気になっていたならすぐに聞けばよかったのに。
おそらくそれで一日悩んでいたんだろうと、ピンと来た。

「なんと説明したものか」

隠したいわけではないが説明が長くなるから、単純に面倒なのだ。
純は濾した生地を器に移していた。

「背中に話しかけてもいい?」

いつもながら真剣な調理ぶりを見ていると、まとまらない話を投げ掛けるのは気が引けた。
ただ、返事をしないのも感じが悪かろう。確認すると、純は道具を置いて振り返った。

「お茶を用意いたしました」

ちょうどキリがよかったのか、純はこちらへどうぞと居間に誘った。
確かに、ソファの前のローテーブルには茶器が揃っていた。

「いや、背中に話しかけるくらいがちょうどいいんだけど」
「これは僕の気持ちですから」

どういう風がどう吹くとこんなことになるのかキヨカズにはわからない。
純がお茶を入れるのを見ながら、そちらが口火を切ってくれないだろうかと、期待していた。

「電話のあと難しい顔をしてたのが、なんとなく気になってしまって」

今は純が難しい顔をしている。
少々感情を表すのに手こずったとき、難しい顔をする。

「悪かったよ」

自ら説明するようなことでもなかったし。

キヨカズの言葉に純はわかってると返した。
一口お茶をすすって、なにか決心したようにうんと頷く。

「気になるから、教えてくれないかな」

キヨカズは言われたことを理解するのに少々時間を要した。
そして彼の幼い部分を見た気がして、吹き出す。

仕事は出来る、顔はいい。完璧に見えて、こんな一言を言えない。

言いたいことを言わずにいるうちに、言いたいことがどこから出てくるのかすら見失った、そんな風だ。

「ありがとう」

俺に興味を持ってくれて。
言葉通りのことが、素直に嬉しかった。
純は照れたように視線をそらせて笑った。
そんな笑顔に見守られつつ、昼間の電話について説明する。

「その昔付き合ってたヤツでさ」

今は幸せの真っ最中だから相手はできないと言ったのだが、どうしても会いたいと言うので店に来れば会えるよと伝えた。

「まさか早速来るとは思わなかったけど」
「一人で来てた人?」

純はどんな顔だったかもはや覚えていないが、目が合ったので存在は覚えていた。

「感じ悪かっただろ?」

そんな人と付き合っていたことを反省しているようなキヨカズの口振 りに、純は笑った。

「なんだか見つめられたけど」
「ずいぶんオブラートに包んだな」

キヨカズの方から見ても睨んでいることが明らかだったのだろうか。
おそらく守山も睨まれていると認識していた。

「だって睨まれる理由がないもの」

それはそうだ。
キヨカズは少々の不安がよぎって、首を傾げた。

「じっと見られてたよな?」
「まあ、そう」

突然、キヨカズがぐいと顔を寄せてきたので純は反射的に体を引いた。

「目を付けられたかな」

間近で見ても引いて見ても完璧に美男なのだ。自分はどうあれ面食いだった記憶が甦る。
純は難しい顔になったキヨカズの頬を、そっと押さえた。

「大丈夫」

その微笑みが凪いだ水面のようで、キヨカズは目を離せなくなった。

プリンを蒸さなきゃ。

立ち上がる純の腕を掴んで、引き寄せる。またソファに座らされた純は困ったように眉を下げた。

長い腕が乱暴に純を抱き寄せる。ぐるぐる巻きにされたような感覚だった。

「プリンは?」
「純がいい」
「純はプリンよりも早く準備ができるから」

だから今夜は純をお食べよ。

煽ってるんだか止めたいんだか分からない。むしろ何を言っているのかもよく分からない。
キヨカズが混乱して固まった隙に、純は腕を抜け出した。

「すぐだよ」

そう言われたものの我慢できる気がしない。キヨカズは純を追いかけて台所に行った。
鍋に火を入れた純が、くるりと振り返る。

「心配?」

純がキヨカズのシャツのボタンをはずしていく。
長い指が顎を撫で、はだけたシャツのなかに入っていく。
妙に積極的な相手に圧倒されて、ただぼんやり見ているだけだ。
やがてきれいな顔がすっと近づいてきて、唇が触れた。

「どうしたんだよ」
「どうしちゃったの」

なんでそんなに積極的なんだよ、とキヨカズが唇を尖らせた。
純がいいなんて言ったくせに、と純が目を細める。

見つめあったまま膠着状態になったが、鍋の方を向いているキヨカズがそれを破る。

「……加圧されてるぞ」
「火を止めてよ」

純は平然と冷蔵庫に張り付いたキッチンタイマーをスタートさせた。キヨカズが手を伸ばして火を止める。

「圧力鍋だと早くできていいよね」

主婦みたいな発言には苦笑いして見せる。

「お前、圧力鍋好きだな」
「キヨカズの方が好きだよ」

ほら。

キヨカズは背後の冷蔵庫に押さえつけられてしまった。
冷たい指が体を這い回る。
耳の裏を、ざらりと舌が滑る。

「あのね」

耳にピタリと唇を寄せて、純が小さな声で囁く。

「清一も僕のものになったらいいと思うのは、傲慢かな」

傲慢。
キヨカズは守山の言ったことを思い出して笑った。

「全部お前のものにしろよ」

むしろ自分はすべて純の虜のつもりなのだ。
あとは純がそう認識するだけ。

「呼んでみな」

純は正面から目を合わせて、少々間をとった。
覚悟の時間だろうか。

「しょうい」

ち、と言う前に唇を奪われた。

「純」
「しょ、」

またキス。

また。
まただ。

堪えかねて顔を両手で押さえつける。

「言わせたくないの?」

しょういち。

じっと見つめられた清一は嬉しそうに笑った。

「なんだか恥ずかしくて」

愛してるって言われるよりも恥ずかしい。
照れ笑いが止まらない。

「純」

抱き締めようと思ったところでタイマーがなる。

純はさっぱりと清一から離れて圧力の下がった鍋の蓋を開けた。
楊枝をさして焼け具合を確かめ、カップを鍋の外に出す。

「ちょっとよくないけど、もう冷蔵庫に入れちゃう」

我慢できないから。

清一を避けて冷蔵庫を開け、熱いままのカップを入れてしまう。

「さあ」
「さあ、って」

あまり積極的なので若干引いてしまったが、純のやる気は削がれないようだ。

清一の手を引き、部屋の灯りを消しながら寝室に移動する。寝室だけが明るい。
清一は純がバサバサと服を脱いでいくのをぼんやり見ていた。

「明るい?」
灯りを消そうか。

純がヘッドボードのランプをつけ、天井の照明を落とす。

「これでいい?」
「そういう問題じゃないよ」
「がっつくなって?」
「そう」

薄明かりのなか、純は清一を押し倒した。
脚の間に膝をつき、肩を押さえる。
まずは額にキスをする。

「清一」

反則だ。

頬に唇が降りてくる。

耳たぶ、顎、首筋。するりと流れるように、純の体温が触れたり離れたり。

そしてまた清一と呼ぶのだ。

「もう無理」

声も、体温も、肌触りも、すべてが興奮を煽ってくる。

「よく燃える油を注いでくれるよ」

燃やし尽くしてやる。

清一は純の体を押し返して馬乗りになった。
乱暴に唇に噛みつきながら、自分のシャツのボタンを外す。

なんで冬はこんなに着てるのかな。
そんな当たり前のことを煩わしく思いつつ純の下着もむしり取る。

全裸で抱き合うと、体温の差にビックリした。自分ばかり興奮しているようで恥ずかしい。
純は単に体温が低いだけだ。

自分から腰を擦り付けて、舐めるように口付けてくる。

「まだ?」

まだ、じゃねえよ。

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あきゅろす。
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