秋冬春夏(完結)
18
「久我さん」
ケーキを買った翌日、職場の若い女性に声をかけられた。調度正午前で、気の緩んだ時間だった。
「昨日デパートでケーキ買ってませんでした?」
あっけらかんとした美人だ。背が高いなと全くどうでもいいことを思いつつ、頷いた。
「係だったんです」
短く答えると、パーティーかあと少し落胆したような反応が来た。
「じゃ、一緒にいた若い子は?」
「若い子?」
一緒にいたのは守山だが、果たして彼はそんなに若く見えるだろうか。
「スラッとしたイケメンと一緒じゃなかったですか」
ああ。やはり守山のことだ。
そういえばそういう疑惑があったことを思い出し、こんな女性にまで浸透しているのかと感心してしまう。
「飲み仲間」
飲み仲間と言う分類が正しいかどうかは分からないが、一番しっくり来ると思う。
「なんだ、違うのか」
そう言ったのは近くで聞いていた同期だった。
もしかすると、こいつが彼女をけしかけたのかもしれないと思い至り、睨み付けた。
「なにが違うって?」
同期は怖い怖いとそっぽを向いた。
「昨日早くお帰りになったから、なにかご予定があったのかなって残ってた人たちが言ってたんですよ」
それは誰ぞから与えられた知恵だったのだが、裏目に出たということか。
隣の松田がそわそわしているのが視界の端に入ったものの、特にケアする必要もあるまい。
「あの人、かっこよかったですね」
彼女が続けた言葉は意外なものだった。
きょとんと、小さな顔を見る。
「そうだね」
すらりとして落ち着いていて、確かに魅力的だと久我も思う。それでいて歌人という、意外な一面もある。
「紹介してくれませんか」
「え」
昨日彼から石原を想っていると聞いたばかりなので、余計に軽く返事ができなかった。
久我は自分の指が震えていることに気が付いた。
「今度会ったら話してみるよ」
咳払いで気合いを入れて、震えをごまかす。
「私の写真撮っていってくださいよ」
今度こそ返答に困る。
目をぱちぱちさせた久我に、彼女が微笑みかけた。
「男の人って前評判低くするから、実物見せて欲しいんですよ」
ああ、そう。そんなことをいって携帯を取り出し、カメラを向けた。
「大きさがわかるように、なにか一緒に写してください」
なんとなく嫌な感じがして、先んじて口を開く。
「そこの一般男性、横に立ってよ」
昼休みになったものの席をたたずにいた同期を引っ張り出す。
「久我さんがいいなあ」
「そうだよ、お前しか会ったことないやつに見せるんだから」
俺が撮ってやるよと言われ、断る口実がとっさに思い浮かばなかったので、仕方なく立ち上がる。
確かにこうしてみれば彼女の背の高さは一目瞭然だ。
とるぞーと言われ、彼女がそっと身を寄せてくる。
久我は顔を逸らせた。
「なんだ、美男美女だな、お似合いだな」
そんなことをぶつぶつ言う同期から携帯を取り上げた。すぐにでも消去したかったが、目の前でやるわけにもいかず、ポケットにしまい込む。
写真を見せてほしいと言われないうちに、立った流れで部屋を出ていくことにする。
「メシは?」
「買い物」
昼休みが終わってしまう。
そう言って久我は部屋を出た。
他愛もない話なら女性が相手でも大丈夫なのに、なんだったんだろう。
少し離れた本屋まで歩きながら、考える。
体が震えていた。
守山を紹介してほしいと言われて、どうして自分が怯えるのか、検討もつかない。
ふらふらと、旅行本のコーナーに行き、気持ちが落ち着きそうな本を探す。
出たばかりとみえる北欧特集の雑誌を手に取った。
冬に行ったきり、夏にも行きたいねと言って再訪出来ていない。
夏の写真が続いていた。
夏でもこんなに寂しげなのに、生きていけるんだろうか。
ただ、キヨカズにはどうしてか、似合うような気がした。
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