秋冬春夏(完結) 10 「久我さん? 聞いてる?」 石原に呼び掛けられ、思い出から抜け出した。 「聞いてなかった」 ごめん、と謝ると石原は不満げな顔をして見せた。 「真剣に思い出してて」 「店長さんの青春時代を?」 そう。と微笑む。正面でそれを見た石原は、真っ赤になった。 「タカヒロ?」 フリーズした石原の顔を守山が除き込む。石原はすぐにハッとして、守山のほうに身を乗り出した。 「この人ヤバイよ、エン!」 目の前で言うには少々失礼な言い方で、守山も明らかな困り顔をした。 しかしたしなめられる前に、久我に向き直る。 「久我さん、魔法ですか? 魔法を使ったんですね?!」 「魔法?」 なにもしたつもりはない。 キョトンとしてまばたきを繰り返していると、肩を掴まれる。 「久我さん」 店主だった。 先程思い出した暗い声が上書きされる。 胸がじわりと温まるような心地がした。あんな姿はもう見たくない。 「ちょっといい?」 そう言って耳打ちされたのは、前にも頼まれたような話だった。 カウンターの二人組が、慌ててクリスマスのデートに使う店を探していると言う。 「直前過ぎるよ」 正直に感想は述べたものの、とりあえず引き受ける。 と言うわけで、久我は簡単に二人に事情を話し、黙ってカウンターの会話に耳を傾けることにした。 店主が上手いこと情報を聞き出していた。どんな相手と行くのか、活動範囲はどの辺りか。家は遠くないか。 なぜか石原と守山も同じように聞き耳をたてていた。 「彼女じゃないんだね」 「クリスマスに彼氏でもない人と食事に行くかな?」 「ほぼほぼ付き合ってるんじゃない?」 と、二人が話し合っていた。確かにそれはそうだ。 久我は胸ポケットからペンをだし、コースターに何件か店の名前を書いた。 それを見た守山が、へぇ、と感心したように声を漏らす。 「久我さんは予定ないんですか?」 他人の世話を焼いてないで、ということだろう。 そういえば自分は愛の告白をしたばかりの浮かれものなんだった。 とは言え仕事はあるし、そもそもそんなイベントに興味がない。 「僕は時間作れるんだけどね」 暗に相手が忙しいことだけ匂わした。 残念ですね、と寂しそうにした石原だったが、すぐに満面の笑みになる。 「僕はエンが構ってくれるんで!」 一人じゃないから寂しくない、というとことだろうか。 久我が少々反応に悩んでいるうちに、守山が 「一人じゃなくてよかったな」 と呆れ顔で言った。 「エンだってよかったでしょ?」 「そりゃあね」 そんな二人を見ているうちにもうひとつ思い浮かんだので、書き足す。 さらに、店主へのメッセージを書いた。 タバコに火を点けたところで、店主がやって来る。 さりげなく、なにか飲む?と聞いてくる。 それにはいつものと答え、手招きする。店主は顔を寄せてきた。 予約いっぱいかとは思うけど、と最初に注意しつつ、それぞれに思うところを説明する。 「ありがとう」 思い出してしまった彼の暗い一面が、また上書きされる。 小さく書いた彼へのメッセージについて、伝えるのを忘れた。 ちゃんと気が付いただろうか。 ただ、様子を見ているのもおかしいと思い、二人との会話に戻る。 「守山くんと、どこか行くの?」 石原は首を傾げた。決まってないんだろうか。 「最初は、面白半分でディズニーランドとか行こうよっていってたんですけどね」 「それは……」 面白半分というか、怖いもの知らずというか。 「仕事終わってから行くの、さすがにキツいんで、やめました」 へらっとした笑みに、思わず笑ってしまう。やっぱり混んでるだろうから、とかではなく、至極パーソナルな理由なのが面白い。 「こういう時って、どこが混んでますか?」 守山の質問には、少し考えた。 一応仕事柄そういう動向を把握してはいるが、当日に行って確かめたことはほぼない。 「大体はイルミネーションやってるところだよ」 「道頓堀とか?」 間髪いれずに来た石原の言葉に、守山はバカ、と間髪いれずに返した。 「やってないところがありますか、今どき」 「でもやっぱり、そういう日には外したくない心理で、有名どころに集まるみたいだね」 先程渡したメモには、有名どころの周辺と、そうでないところを両方書いた。 話は石原のイルミネーション批評になる。あそこのは多すぎるだとか、どこは下手くそだとか、そういう。 久我は勤め先の近くのイルミネーションの悪口を散々吐き出して、石原を喜ばせた。 守山が海外のクリスマスの話をしたり、石原がシュトーレンとかなんだとか、お菓子の話を始めたり、話題はずいぶん続いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |