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秋冬春夏(完結)
8
「久我さんの恋のはなしを聞かなきゃならないんです!」

マストなのがよくわからないが、前回の流れでそうなるだろうなと思っていたので頷いた。

が、石原がいやいや、と突然流れを断ち切る。
目まぐるしくて、守山も眉を下げた。

「入院してたんですか?」

店主が教えたんだろう。
久我のビールを持ってきた彼をじっと見ると、申し訳なさそうな笑顔。

「石原くんが、最近会わないから心配してたんだよ」
「それはどうも」

石原にせがまれ一通り病気について説明する。本人は言葉通りに受け取ったようだが、守山が身を乗り出した。

「よくぞご無事で」

握手を求められ、よくわからないがとりあえず応じる。取り残された石原がキョロキョロした。

「俺のじいちゃんそれで死んだんですよ」

じいちゃんと若い人じゃ違うけど。

やはり死ねるような病気だったようだ。
聞こえていた店主は誰も見ていないのは知りつつも納得して頷いた。

気が済んだ石原は話題を変えた。もちろん久我の恋の話だ。

「告白なさったと聞いております」

背筋を伸ばし、畏まった様子の石原に、守山が失笑する。
久我は首を傾げた。

「あの人なんでもしゃべっちゃうんだな」

まずは口の軽い店主に対する不満を漏らし、なにをどう話すが考えた。

石原は身を乗り出した。

「何て言ったんですか?」

こんなに興味を示されるとも思っておらず、中途半端に情報を与えた店主を恨めしく思う。

「……私はあなたの虜ですって」

これはもちろん久我の言葉ではないのだが。

言ってみて、恥ずかしさに吹き出す。
突然笑い出した久我に、石原はビックリした。

「笑いすぎだろ」

店主は他に客が居ないのをいいことにカウンターから参加した。

久我はやっと息をしながら説明する。

「あの人に聞いたら、自分ならそう言うって」
「実際言うんですか?」

久我につられて笑った守山が、驚いてカウンターを振りかえる。

「言ってる言ってる。今月だけでもう2回くらい言ってる」

もはや投げやりに返す。石原もひゃーと悲鳴をあげた。

「恥ずかしい!」
「ダメ、砂吐く」
「俺言えない!」

それぞれ散々に言うものだから、少々傷付いて、店主はため息をついて見せた。

「言われた方はどうなんでしょう」

少々落ち着いてから、守山が店主をちらりと見やる。

「反応できなさそう」

と応えたのは石原だ。

「どうなの?」

わざわざ振り返って久我が聞く。言われた本人のくせに、よく言う。

「当然でしょって顔するけど?」
「すごい自信だなあ」

守山はわざとらしく、ねえ久我さんと振った。
しかし久我はそうだねと平坦に返しただけだった。

「店長さんてクールっぽいのになー、そんな熱いこというんだなー」

石原は左右に揺れながら、非常に楽しそうに誰にともなく言っていた。
それを見て、守山が笑う。

「他に教えてもらわなかったんですか?」

聞かれた久我は首を傾げて考えるふりをした。自分が言われていることを教えることになるので、これ以上は恥ずかしい。

「残念ながら」

眉を下げて答えると、石原がぶーと口を尖らせた。
会話が途切れ、みんな自分のグラスを見ていた。
そんな間が生まれたあと、グループ客が入ってきたので、なんとなく黙っていた。

しばらくして、石原がぱっと顔をあげる。

「そうだ、妄想しよう!」

店長さんの言いそうな言葉について!

守山は苦笑いしたが、久我は前回好き放題されたこともあり参加することにした。

「意外とクサイこと言いそうだもんね」

久我が乗っかってきたので石原は意気揚々と妄想を始めた。

「虜ですとか言えるくらいだからなー」
うーん。

「お前は俺のものみたいなことも言うんじゃない?」

と、なぜか守山が最初に発言した。
石原がキラキラする。

「でも虜なんでしょ?」
「それでも強がって、言いそう」

どうしても敗けを認めざるを得ないときには、下手に出る。
的確な守山の分析に感心する。

「ストレートに好きとか愛してるとか言わないんじゃない?」

久我は振り返って言われてないような気がしたので、発言してみる。

「強がりぽいですもんね」
「虜ですは言えるのに!」

結局はそこに行き着くのだ。
他の客に対応しながらも、店主は三人の話を聞いていた。

「二人とも、店長さんの気持ちになって」

石原が仕切りだす。

「虜ですって言えるくらい好きな人に、他になんて言うか」

目を瞑って、石原は想像している。

「感じのいい人だからなぁ」

早々に妄想を諦めた守山が呟く。

「意外と乱暴したりする?」

なぜかそちらに逸れた。久我は驚きつつ否定してあげることにする。

「しないと思うけど」

底抜けに優しいからね。
と、言ってみて、少し違和感はある。

優しいが時おり感情が制御できず暴走することはある。前にもそんなことで無言で襲われた。

いつだろう。暗闇のような彼の表情を見たのは。
あのときはまだ今のように一緒に生活してなかった。

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あきゅろす。
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