秋冬春夏(完結)
7
「久我さん、最近来てないんですか?」
カウンターの椅子で揺れた石原が、キヨカズに言いかけた。
久我さん。
それを聞くと少しくすぐったい。
本当に魔法にかけられたような気分だ。
生娘か、と、恥ずかしくなる。
恋人になったんだよねとは、何事だ。
そんな一言で浮かれる自分が、何事だ、という感じだ。
石原の質問には、さあ、と答える。
「最近全然会えないじゃないですか」
「そうか」
彼が入院していたことを知らないのだ。
「なにがそうなんですか?」
店主が漏らした一言に、石原は食いついた。
「あの人病気したんだよ」
2週間も入院してさ。
石原は過剰に心配し始めた。
身を乗りだし、生きてるんですかと聞く。
生きている体で言ったつもりだったが、どうしてそうなるのか、笑ってしまった。
「一昨日あたり来てたから、またすぐ来ると思うよ」
店主の言葉に心底安心したらしい石原は、カウンターの浅い椅子にもたれようとして、落ちかける。
照れ隠しに笑いながら、石原は携帯電話をいじり始めた。
それにしても客が少ない。時間が早いのだ。
「店長さん、久我さんの恋の話のその後、聞いてますか?」
人がいないのをいいことに石原が話しかけてくる。拒む理由もなかったが、返答に困る。
「愛を告白したからどうこうって、言ってたような」
悩んだ末、入院中に言っていた言葉を教えると、石原はキャッキャと喜んだ。
「うまくいったんですね、それは!」
なんともコメントしがたいものの、そう言うことかなと返しておいた。
石原は、エンが来たら教えなきゃと意気込み、また携帯をいじっていた。
やがて店の扉が開き、守山が入ってくる。
「こんばんは」
「いらっしゃーい!」
元気よくいらっしゃいと言ったのは石原だ。守山はキヨカズに苦笑して見せた。
「人いないですね」
「まだ時間が早いんだよ」
確かにまだ一次会の時間だった。
この店のピークは、まだ先になる。
それに、土日と祝日の中日だと言うのもあるかもしれない。
「今ね、久我さんの恋の話してたんだよ」
「告白したって?」
聞き返され、石原が非常に嬉しそうに頷く。
店主が守山に飲み物を出すと、じっと見つめられて足が止まった。
「それはよかったですね」
やはり守山にはバレているらしい。店主はただ、そうですねと返した。
しばらくカウンターに閉じ籠っていたが、やっとまた人が来る。
「いらっしゃいませ」
席が埋まるのを期待したが、入ってきたのはひとり、久我だった。
「そんなにがっかりしないでよ」
店主にそういうつもりはなかったが、どうやら顔に出ていたらしい。ごめんなさいと謝って、中に導く。
「久我さん!」
守山が来てテーブル席に移った石原が、さっそく呼びつける。前回のように遠慮はせず、仲間に入った。
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