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秋冬春夏(完結)
はじめて編10
「お待ちしておりました」

帰ってきたのが嬉しくて、顔に出てしまったと思う。清一は、寝室の入り口で立ち止まった。
純は、どんな風に話を始めたらいいか考えついてなかった。
清一が純の手元の漫画を見ていたので、とりあえず会話のとっかかりをそこに決める。

「この漫画、知ってる?」

ヤホーで調べました、と付け足すと、清一は苦笑した。流行してから少々時が経っているが、純はこのネタがとにかく好きで、よく引用した。その度、清一は困ったような呆れたような苦笑をする。

「どこで買ったの?」

よく買えたな、というよりも、よくも買ったな、という呆れが言外に含まれていた。本屋で、と簡単に返す。

「すごいな」

感心されても困る。
なんとなく清一に合わせて首を傾げつつ、

「一応内容はわかった上で買ったんだけど」

と言うと、うんうんと頷かれた。まあ、ヤホーで調べればそうだろうと思ってるんだろう。

「俺ならAmazonで他の本と一緒に買うけどな」

彼女に頼まれましたという感じで。

清一の臆病さが妙に可愛い。
純は微笑んだ。

「読み物として面白いよ」

素直な感想に、清一は苦笑した。

「それが面白いって言う勇気がないわ」

共感できる部分があるとは言いにくい。

何年か前に、清一が観に行った芝居の話を熱っぽく語ってくれたことを思い出した。
純もタイトルは聞いたことがあるような有名な作品だったが、どんな話かはそのとき初めて知った。素直に面白そうだったので、どうして誘ってくれなかったのだと聞いたら、恥ずかしくてと返ってきた。
その時ぽかんと首を傾げたが、ようやく理由を察した。
この漫画が面白いと言いにくいのと、同じことか。

清一がいつまでも立っていることと、微妙な距離感に焦れた純は、ベッドから立ち上がった。

「キヨカズが毛皮のマリーを観て感動したのは、マリーが男娼だからじゃないでしょ」

同性愛者だから共感して面白かった訳ではないだろう。例えそうだとしても恥ずかしがることもないはずだ。純から見れば、楽しむ要素がひとつ多いのだから、羨ましくさえ思う。

気持ちが伝わったのか、清一は目を逸らして、そうだなと応えた。

自分の言葉が足りない気がして、純は焦りのようなものを感じていた。

「いろいろ大変なんだね」

と付け足したが、清一は首を傾げただけだった。
このまま話題が終わったら困るので、さらに付け足す。

「でも、僕の知りたいことは書いてなかった」
「なに?」

清一が聞き返してくれた。
それが嬉しくて、微笑んでいた。

「セックスのこと」

そう答えると、清一は目をぱちぱちさせた。

「勉強してるって訳ね」

清一からしたら純が突然ご婦人向け漫画を読む理由が分からなかったのだろう。なんとなく安心したようなため息をついて見せた。

「で、この前の話なんだけどね」

清一は流されるようにああと応えてから、純の顔を見た。

「それって俺がセックスしたいって言った件で合ってる?」

話の流れで分かってはいるが念のため確認した、という感じだった。
弱気な清一もなかなか可愛らしい。
純は、ふふ、と笑って頷いた。

「いいよ」
「え?」
「しようよ」

一歩踏み込み、自分より少し高い位置にある唇に、キスをしてみる。
純からキスをしたのは初めてだった。
してみたいと思っていた。

清一は目を見開いて純を見下ろしていた。
その表情からは驚いている以外なにも分からない。
純は、何か言ってくれないかなと思いつつ黙って反応を待つ。

やがて長い腕にするりと抱き締められた。


「いいの?」

至近距離から純の軽い笑い声が聞こえて、くすぐったい。

清一が念を押すのには理由がある。
純は昔から、男に二言はないというのを突き通しがちなのだ。
もし途中で嫌になっても、自分でいいよと言ったからには我慢しそうな気がする。
それでは全く嬉しくない。

と思ってみて、そもそも自分のやり口が悪かったことに気が付く。
こうして本人に確認してことを進めること自体、純の逃げ場を奪っているのかもしれない。

先ほどまで楽観的に返事を待っていた自分が恨めしい。

「どうしたの?」

黙り込んでしまった清一に、純は優しく声をかけた。
冷たい指が襟足を撫でてくる。

純はうーんと小さく唸った。

「嫌だったら途中で拒否してもいいんでしょ?」

見透かされて、情けなくなる。

顔を上げてみると、純は微笑みかけてくれた。

「キヨカズは僕の嫌なことはしないと踏んでいる」

だから確認してくれるんでしょ。

ね、と傾げた首に、清一はまた顔を埋めた。

「ありがとう」

純の体温を感じながら、また迷路に入り込む。

目の前の、分岐路。
純をどうしたいか。
それはもう、大事にしたい。

では次の分岐路。
純とどうなりたいか。
とにかく繋がってみたい。もっと。


目の前の迷路は、ずいぶん整理された。
ような気がした。


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