秋冬春夏(完結) はじめて編8 「久しぶりだね」 なんて眩しい。イケメン。 本当に久しぶりに会った同級生たちは、衰えない久我の美男ぶりに妙に興奮した。 そして、高校生の頃にはなかったイケメンという言葉をやたらに連呼する。 俺なんか頭が薄く、 いやいや俺なんかもはやメタボ寸前で、 いや俺は体を壊した。 経年劣化自慢大会に、久我は終始微笑んでいた。 劣化どころか磨きがかかっているから、微笑んでいるしかなかったのかもしれない。 清一はいつのまにか高校の仲間たちと疎遠になっていたが、今に至るまで連絡が途切れなかったやつが一人いた。その一人が連絡をとれる数人で集まったことは何度かあった。 今回は久々に全員に声をかけるからと連絡が来て、久我と連絡がとれるなら久我も、というので久我には清一が伝えた。 おそらく同じような伝聞が行われ、高校の時の仲間がほぼ全員集まっていた。 結婚して子供がいる者もいた。 今日たまたま来れたが、東京に住んでいない者もいた。 海外にいて来られない者もいた。 清一はぼんやり、そりゃそうだな、と納得する。 純はたまたま自分のそばに居続けたけれど、それ以外はお互い連絡を取るとこもなかったのだ。全く別々の人生で、なんにも不思議はない。 「純は? まだ独身なの??」 清一の意識の外で、誰かがそう言った。 穏やかな、まあそう、という返事が聞こえてそちらを見る。 「候補がありすぎて選べないんだろ」 「お前全部断ってたもんな」 二人が、いいなあ、と口を揃えた。 「君たち結婚したんでしょ」 純は心底不思議そうにそう返す。 何が羨ましいのか全くわからない、という風だ。 「選択肢があるっていいじゃないか」 「俺らなんか、この機を逃したらって、焦った上の選択よ?」 「でも、結婚したくてしたんでしょ?」 したくないのにしたわけではないはずだ。 したくないのにさせられそうになった経験のあるものからみれば、彼らの今の状態はずいぶん贅沢だと感じられるだろう。 「僕には幸せそうに見えるけど」 彼らは純に対して、いかに結婚生活が苦しいのかという説教を始めた。 そんなの職場で聞き飽きてるんだろうなと思うと、気の毒だ。しかし純が楽しそうに微笑んでいるので、安心した。 「ショーイチは遊び人風情が板についてるもんなあ」 突然そう振られ、苦笑いをして見せる。 当時からそういうことになっていたし、否定しきれない部分もある。 だから、否定も肯定もしなかった。 のだが。 「こんなに真面目な人なのに?」 純が無邪気に発言した。 おそらく、混ぜ返す気はない純粋な感想なのだろうが、暖まった場が冷えた感覚がした。 「お前、こいつのどこ見て言ってんだよ」 「どこって」 「高校の時からそうだったでしょ」 「そうだっけ」 「姉ちゃんの友達が二股かけられてたって姉ちゃん経由でクレーム来たもん」 純が反射的に、嘘だ、と言おうとしたのを、清一が先に反応して止めた。 「そんなことあったね」 さて、二股で済んでたかな。 清一の言葉に、冷えた場がまた暖まった感じがした。 どっと笑いが起こる。 嘘だ。 純は本人によって止められた一言を、口のなかで呟いた。 そして、この話題にはついていかないことに決めた。 清一は他人にそう思われている方が楽なのだ。ならば邪魔するまいと思う。彼が築いている人となりを是正する資格はないのだと、純は自分を納得させた。 日曜だからお開きは早かった。 始めたのが早かったから、短かったわけではない。 純は坦々としていたが、清一は酔いを自覚していた。 最寄り駅を降りて、純が飲み直そうよと提案した。断る理由もなく、ついていく。 楽しかったねなどと呟きながら、純は強い酒が入ったグラスを傾けていた。 そのうち、ものすごく難しい顔をしてなにか考えはじめた。 言うか言わないか迷った末にやっと、という感じで口を開く。 「どうやって二股かけたの」 「そんなに気になってたんだ」 「だって相手は女の子だったんでしょ」 そうでなければこんな風に話題に上らない。 彼が本気で付き合っていたとしたら女性じゃないのだから、違う形で流布される。 純の疑問がわかって、清一は眉を下げた。 「あの頃けっこう悩んでてね」 まだ、自分が女性相手でもその気になれるんじゃないかなって思ってた。 だから断っても食い下がる人と、試しに付き合ってみたことがあった。で、たまたまそれが重なってたこともあった。 「バカなことをしたよ」 純はじっと清一を見つめていた。 「ごめんね」 やがて純がそう言うので、清一はビックリして彼の表情を確かめた。 何を考えているかわからない、いつものきれいな顔だった。 「キヨカズが他人から認識されたい姿と、僕が認識している姿が違うことに、今日気がついたんだよね」 「……遊び人風情の話?」 そう。と純は頷いた。 清一はじっと純の顔を見ていた。 そうして思い付いたことは少々恥ずかしかったが、そのまま言ってみることにする。 「純が見てる俺がほんとの俺なんだろうな」 なぜだか純には自己防衛のための演出が通用しないのだ。 清一は恥ずかしくて視線をそらしたが、純は強引に視界に割り込んできた。 「嫌だ?」 「は?」 混乱しつつもとっさに、なにがと返した。 「僕がそういう風に見ているのが嫌ですかって」 好意的に捉えているつもりで言ったが、その雰囲気は伝わらなかったのだろうか。 神妙な面持ちでこちらを見つめる純に、清一は小さく首を振った。 「嫌なわけないよ」 少し不思議だけど、あとはむしろ心地よいと思う。 微笑んで見せると、純は安心したようにため息をついた。脱力し項垂れて、つむじが見えた。 「物凄くメンタルの強い人と暮らしてるのかと思って、緊張した」 その一言に、清一は唖然とした。 「そんな緊張の理由、初耳だわ」 緊張のしようが想像できない。 「ついていけなかったらどうしようかなって」 「俺がお前についていけないよ」 だんだん夜も更けてきたので、ふたりは並んで家に帰った。 黙って歩く間、裸にした次の段階のことを考えていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |