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秋冬春夏(完結)
はじめて編7
風呂場を出て寝室に戻ると、純は髪の毛が濡れたままベッドに転がっていた。
窓際の物干しにバスタオルを引っ掻けてから、彼のとなりに転がった。

「乾かさないと枕濡れるぞ」

顔から10センチメートルと離れていなかった本を閉じ、純は清一をじっと見つめた。
これは見つめたというより、目が悪いから見つめた風になっているだけだ。最近気づいた。

純は自分の頭を何度か撫でて、首をかしげる。

「すぐに乾くよ」

短いから、乾くだろうけど。

「枕濡れるの嫌がるくせに」
「嫌だけど」
「面倒なの?」
「うん」

マメなくせに時おり挫折する。
ただ、面倒だと素直に認めるのがかわいい。

「なあ純」
「なに?」
「お前のこと脱がしてみてもいい?」

見つめられているというかもはや睨まれているような気さえする。
少々の間があった。

「いいよ」

どこまでも淡々とした返事に、清一のほうが戸惑ってしまう。

「ほんとにいいの?」

清一の確認に、ん、と短く返し、純は体を起こした。

「どうしたの?」
「いや……」

純は背中を丸め、清一の顔を覗き込んだ。

「脱ごうか?」

襟を引いた手を、反射的につかむ。

「待て、待て」
「なに?」

掴んだ手をたよりに清一も起き上がった。
ベッドの上で、向かい合う。

「ほんとにいいの?」
「自分から言っておいてそれはおかしいでしょ」
「そりゃそうだけど」
「いいって言ってるのに」

本人がいいと言うならなにもためらうことは無いような気もした。ただ、あまりにさらっと答えるから、不安になっただけだ。
これも純にとって拒否するに足らないどうでもいいことだとすると、やっぱり惨めだ。

「いいの?」

純はほんの少し間をおいてから、頷いた。

「いいよ」

顔を覗くと、朝食が楽しいと言うのと同じくらい楽しそうな笑みを浮かべている。
どうでもいいという訳でもないようだ。
清一はひとまず、安心した。


実のところ純は、彼が下心を小出しにしてくるのが面白かったので、次のお願いを楽しみにしていた。
そんなことは口が裂けても言う気はないが、時おり清一が不安そうな顔をするので、なにか伝えなければならないような気もしていた。

しかしこんなときに使う言葉は、純の辞書にはない。

とりあえず、純は自らパジャマ代わりのTシャツを脱いだ。

「ハイ」

ハイと言われても困る。清一は頬をひきつらせた。
そのあとどう引き継げと言うんだ。
すっかり純にペースを乱されて、そもそも何をしたかったのかも忘れかけていた。

「これってさ……」

正面に座った純は、腕を抱えて首を傾げた。そのまま、言葉は続かなかった。

ややあって、純が口を開く。

「じゃんけん」
「ぽん」

突然だったが反射的に手を出す。
純はパーで清一はグーだった。

「なに?」

勝った純は嬉しそうに笑った。

「一枚脱ぎなよ」
「は?」

まさかそういうじゃんけんだとは予想だにしない。

「いつの間にそういう遊びが始まったわけ?」
「このほうが楽しいでしょ」

さあさあ早く脱ぎなよ。

楽しそうにする純に逆らえず、清一は上を脱いだ。

「どこでそんなに筋肉つけるの?」

純はまじまじ清一の体を眺め、指を伸ばして腹筋のあたりをついと撫でた。

「どこでって言われても」
「かっこいいな」

他意はないのだろうが、かっこいいなどと言われては嬉しくなってしまうではないか。もとい、興奮してしまうではないか。

「じゃんけんぽん」

最初はグーの前フリもなく、完全に純のペースだ。
清一はまた負けた。
今度はおとなしくズボンを脱ぐ。

「男らしい膝だねえ」
「はいはいありがとう」

あまり下半身に注目してほしくない。

「じゃんけん」
「ほい」

今度は清一の勝ちだ。

「さあ脱ぎなさい」
「分かってるよ」

純はさらりと脚をさらした。

「白いな」
「お前と比べたらね」

白くてスラッとした脚はなかなかそそる。
改めて、全身を眺めてみる。

「運動してた割に細いよなあ」

毎日ボールを投げていた高校時代はもっと肩ががっちりしていたように思う。
清一の呟きに、純は苦笑した。

「やめれば縮むでしょ」
「そういうもんか」

これで二人とも残り一枚だ。
そしてまたじゃんけんをする。

勝敗に、純が硬直した。

「おかしいな」

僕が勝って先にキヨカズを裸にする予定だったのに。

純の正直な発言に、とりあえず笑って見せた。

「脱ぎなさいよ」

笑ったまま促してみる。
純は少々煩わしそうに目を細めた。

「明かり消してやろうか?」

清一の発言にほんの僅か首を傾げてみせただけで、純はするりとパンツを脱いだ。
そのまま、ベッドの上に正座する。膝に手をついて、純は清一の表情を伺った。

「もう一回じゃんけんして勝ったら、お前も脱いでくれるの?」

それはやぶさかではないが、また清一が勝った場合のことを決めておかねばなるまい。
清一は少しだけ考えた。

「俺が勝ったら、押し倒してもいい?」
「勝たずとも許可するけど」

そう言われると勝ってすることがない。

「じゃあ、ちゅーする」

純は返事の代わりに首を傾げて見せた。
白い首筋が、色っぽい。できるだけ見ないように、視線をはずす。

じゃんけんぽん

「負けた」

純は自分の手を見つめて、呆然と呟いた。

その一言ごと巻き込むように、清一は純を押し倒した。

「お約束通り」

ぱく、と食い付くようなキスをした。
顔を押し付け、純の唇に舌を割り込ませる。

純が、ん、と喉をならした。

たまらない。

ずいぶん長い間、執拗に口付けを味わった。
もはや下心は興奮しきっているため密着するのは気が引けて、膝をついて腰を浮かせていた。

唇を離してため息をつく。
純と目が合った。

途端に恥ずかしさが込み上げてくる。
すぐに目を逸らした。


なんとなく清一の股間に目をやると、興奮しているのか下着が押し上げられていた。
自分のそういう状態を見たのも遠い過去の話なので、面白くてついじっと見てしまう。

「あんまり見ないで」

恥ずかしいから。

そう言って、清一はごろんと横になった。
膝を抱くように丸まっていたが、やがて勢いよく起き上がる。

「ダメだ、これはダメだ」

そんなことを呟いて寝室を出ていく。扉の開閉音がした。
トイレだろうか。

純は清一に押し倒されたままの仰向けで天井を見ていた。
あんなに興奮した清一に対して、自分は体になんの変化もない。少し寂しいような気がする。
ただ、胸が高鳴るのは感じた。仕事でも感じることのない緊張。緊張とは少し違うが、これが興奮なのだろうか。

とにかく、やっぱりキスってすごい。
素直にすごいと思う。

もしかすると清一の力かもしれない。
以前は死にたいほど嫌だったのに、清一にされるのは嫌じゃない。

旅行の最後、唐突なキスで、ため息ばかりの口を塞がれた。ビックリしたけれど、嫌と感じなかったから、文句は言わなかったし、ため息もやめた。

なんとなく、またしてくれないかなと思うようになった自分をどう理解すればいいのか、純は仰向けのまま考えていた。

「パンツくらいはきなさいよ」

やや離れたところから清一の声が聞こえ、それはそうだと起き上がった。



清一とトモのメールは続いていた。

裸になってもらいました

そう報告すると一晩音沙汰なく、呆れられたかなと思った頃に返信が来た。

あんたの元カレに教えたらずいぶん嘆いてたわよ

トモの返信に、清一は考え込んだ。
トモと共通の知り合いのなかには、お互いの元カレが何人か混ざっている。
どの元カレだろうか。

ベタベタのセックスが最大の魅力だったのにってさ

そのフレーズにピンと来て、笑ってしまう。
面と向かってそういわれたこともあった。聞いた自分も悪かったが言う方も言う方だ。ただ、そもそもそのくらいの関係だったというわけだ。限りなくセックスフレンドに近い彼氏。

純と体の関係をもったら、どうなるだろう。

また迷路に入り込む。

ここまでと同じように、嫌とは言わないような気がする。
そして密かにハマるかもしれない。
それをきっかけに、ますます離れられなくなるかもしれない。

まさに一線を越えることだ。

しかしただの友人という境界線は、すでに越えているだろう。どこと明確にするなら、旅行先で純にキスしたときだと思う。
無意識に、というか、考えなしに自分で踏み込んでいた。

純の魔法に惑わされて、
広大な迷路から抜け出せない。
すでに後戻りはできないから、抜け出さずにリタイアするか、先に進み続けるか。

小さく、ため息をつく。

何に悩んでいるのか、見失いそうになる。

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