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秋冬春夏(完結)
はじめて編6
そこからの休日の変わりようといったら、清一の経験では例えられない変化だった。
これまで何となく自分のことは自分でという感じに別けていたのだが、純が清一の分にも手出しをし始めたのだ。
これが二人で暮らすってことかと、感心、いや、感動する。

そして純の家事リテラシーには本当に驚かされた。
独り暮らし歴は数年しか違わないのに、料理から掃除洗濯、物資管理に至るまで、出来すぎと言ってもいい。
一日二日のいわゆるお泊まりでは分からないもんだなと思う。

すごいのは休日の朝食だ。
おそらく純が食べたいだけと思われるが、ちゃんとした食事が出てくる。
サラダ、スープ、卵、ベーコン、コーヒー、パン、ヨーグルト、たまにフルーツ。
清一ひとりだと、パンしかないか、食べないか。

「凄いな、お前」

目の前の朝食に縮み上がって言うと、純は首をかしげた。

「知ってて僕を誘ったのかと思ってたよ」

幸せそうに目玉焼きを食べる美男は、唇をなめるところまで間違いなく美男だ。
時おり目を奪われている自分に気づき、恥ずかしくなる。

「うちに来たときは、なんだかんだと出したじゃないか」
「いつの話だよ」

清一が店を始めてからは、土曜の夜に店で飲んで、そのまま清一の部屋に泊まることが多かった。それ以前の話と思われるが、就職して数年間、純は寮に住んでいたし、行き来していたとすれば学生の頃だ。よほど遠い過去のことのような気がする。

純は少し考えていたが、諦めたのか短いため息をついた。

「僕もいつのことだか分からない」

さらに自信なさげに、

「本当にそんなことがあったかどうかも分からない」

と続けた。
清一は笑って見せておいた。

やがて食事の終わる頃、絶世の美男が言うには。

「楽しいね」

すごく楽しい。

これがしたかったんだよと呟く純は、とにかく幸せそうで、きれいだった。



尻を揉む、の次はなんだろうか。

清一は真剣に、次に何をお願いするか考えていた。
結局答えの出ないままその日の仕事を終え、家に帰る。

純は居間で本を読んでいた。

「おかえり」

なんだって、おかえりの一言を言うのにそんなに嬉しそうにするんだ。

雄の狼ならどうする?

トモの言葉を思い出して、自分に問う。
答えのないまま先手を打たれた。

「一杯いかがですか?」

近頃晩酌がビールから白ワインになったのでどうしたのかと聞いたら、夏はワインが美味しいんだよと言われた。
普通夏はビールのような気もしたが、彼独自の感性と思うと突っ込む気にもならない。
そんなワインを、すでに用意されたグラスに傾ける。
こちらは返事をしていないのに。

「強引だな」
「いいんだよ、お前が飲まなきゃ僕が飲むんだから」
「ああそう」

こんなに強引に仕事をしているんだろうか。敵を作っていないだろうかと心配になる。
グラスを受け取りながら聞くと、純は首をかしげた。

「自覚はないけど、たまに強引と言われる」

本当に自覚がないようで、傾げた首は戻らない。
清一が乾杯と言うと、戻った。

「お疲れさま」
「はいはい」

お疲れさまなんて言われると、慣れないから恥ずかしくなってしまう。
照れて顔をそらすと、純が吹き出す。

「キヨカズってホントにおかえりとお疲れさまに耐性ないね」
「だって……」

アルバイトを雇っているが電車のあるうちに帰すから店仕舞いは一人だし。いままで独り暮らしだったからおかえりなんて自分に言うしかない。

純は身を乗り出した。

「たのしい」

きれいな微笑みが目の前にある。
見慣れているはずなのに、目を奪われて固まってしまう。

「家に誰かいるって楽しい」

うん、と頷くのがやっとだった。

そのあと、純がシャワーを浴びている間に携帯を見ると、トモからメールが来ていた。

そろそろ狼さんに戻れた?今夜は満月ですよー

そう言えば帰り道が明るかった気がする。どうでもいいけど。
ため息をついて返信した。

狼は人里の暮らしに慣らされてしまいました

するとすぐに返信が来た。

他の雄に失礼だから股間のシンボルは誰かに譲りなさい

トモの舌打ちが聞こえた気がした。
またため息をつく。

そんなに性急な話じゃないのだ。
だって相手は一緒に朝食を食べるだけで、一緒に晩酌するだけで幸せなんだから。

お下品ですよ

と返信すると、

ちっ

とすぐに返ってきた。
まさに舌打ちの反射速度だった。思わず笑ってしまう。

純が風呂から出てきたので、さらなる返信はしないまま純と入れ替わる。
風呂上がりの美男を見ても襲いかかってしまわないあたり、本当にシンボルを誰かに譲った方がいいかもなんて思ってしまった。

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あきゅろす。
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