秋冬春夏(完結)
はじめて編4
そんな風に、清一は慎重に純にお伺いを立てながらコミュニケーションを図った。
コミュニケーション、とトモにメールしたら冷ややかな反応が返ってきたのだが、清一自身はもっともしっくり来る表現だった。
久我純という生き物は、表面的には社交性があってあまり他人と衝突しない、わりと攻略しやすい人物に見えるかもしれない。
しかし、立ち止まって彼の整った瞳を見つめると、広大な迷路に引きずり込まれてしまう。
話が通じているのかいないのか。
好かれているのか嫌われているのか。
微笑みは真実なのか。
この迷路が整った容姿のせいでできているとすると、あまり美形なのも苦労するんだなと思う。
とにかく、迷路を攻略するための支配人との駆け引きだとすれば、コミュニケーション、という表現はぴったりだと思うのだ。
抱き締めたあとは、すんなりと次に踏み込むことができた。
頭を撫でたり尻を触ったり。清一は、抱き締めるという行為がトリガーになるということを学習した。
ある晩、くっついているのが普通になったベッドの上で、清一は純に寄り添った。
「抱き締めてもいい?」
純は返事の代わりに体を寄せてきた。
腕を体に巻き付ける。
もう夏が近づいているのに、純の体は冷えている。
乾かしたての純の髪から、石鹸の香りがした。ゆっくり深呼吸して、次のお願いをしてみる。
「ケツ触っていい?」
純は失笑した。
反射的に聞きたいことはあったものの、純は意識して返事を優先させた。
「いいよ」
こうやって清一が自分とのコミュニケーションを発展させている行為が面白かったから、流れを止めたくなかったのだ。
清一の大きな手が、尻をつかむ。
その手の温かさを感じながら、先ほど飲み込んだ言葉を発する。
「触ったことあったでしょ」
「いつ?」
「高校の頃」
確かに挨拶がわりに友人たちのケツを触っていたりした。
「お前にもしてた?」
純の発する潔癖さに、手を出せなかったような気もする。
「してたよ」
特に女の子に絡まれていた時などに。
当時はまだ、女性が怖いと自覚するほどでもなかった。
しかし高校になって告白される機会が増えて、正直面倒くさくて、朝に捕まると本当に気が滅入ってしまっていた。
そんなとき清一や他の仲間が群がってきて、わざと抱き締めたり尻を掴んだりして、純にとっては気分転換を手伝ってくれた。彼らはふざけていたに過ぎなかったのだろうけれども。
純に言われて高校時代を思い出した清一は、苦笑いした。
いまこうして純の尻を触るのは、男子高校生の無邪気なやつとは違う。
「それとこれとは違うんだよ」
純はきょとんと清一の顔を見た。
「何が違うの?」
清一は唸って考えた。
適切な言葉があるだろうか。
ややあって、一番近い言葉をひねり出す。
「し……」
「し?」
したごころ?
ますますきょとんとした純をどうしたものか、清一は真剣に考えた。
また不用意な発言をする自分が、本当に恨めしい。
ただ、次の純の発言で、フリーズした。
「下心って、僕にもあるかな」
純粋にもほどがある。
下心があるかどうかわからない奴に、下心なんてあるはずがない。
もともとそうだ。
長いこと一緒にいるが、彼から積極的な欲望を感じたことなんてほとんどない。
旅行に誘われたときすら、浮かない顔をしていたし。
「お前は欲がないからな」
ぽんぽん、と頭を撫で、眠ることにした。
欲はなく、いつも静かに笑っている。
有名な一節を思い出した。
ぴったりだ。
そんな純を、傷つけないようにしなければと思う。
そういうものに私はなりたい。なんてな。
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