秋冬春夏(完結)
クリスマス
「久我さん!」
定時を過ぎて残業中、松田が嬉しそうに声を掛けてきた。
なに、と返す前に語り始める。
「今年のクリスマスは土日なんですよ!」
ちょうど開いていた手帳を見ると、確かにそのようだ。
「だからホテルを予約しました!」
「どこ?」
周りを見ると、松田をいじるようなメンバーは残っていなかった。居なくなるのを見計らって話し始めたらしい。
かわいいやつだ。
松田が答えたのは、外資系の高級ホテルだった。
「よく取れたね」
「がんばりました」
お値段的にも安くない。クリスマスの上に土曜の夜だから、混んでいる上に室料は上限だろう。
それに食事を含めたら、本当に頑張ったんだろうなと思う。
「久我さんは、どこかいったりしないんですか?」
そう来るだろうなと思ったものの、面白い返事は用意できていない。
松田はひとり、あの彼女さんとならオシャレなデートするんでしょうねと妄想を広げている。
あまり妄想させても仕方がないので、久我はとりあえず予定を教えた。
「今年は家で過ごすよ」
「っていう話をしてね」
12月25日の夕方、純は楽しそうに松田とのやり取りを清一に話した。
「手料理を用意して」
「ああ」
「ワインでも飲んでね」
「ああ」
清一の気のない返事に、純は目を細めた。
「冷たいなあ」
不満げな純に、ため息をついて見せる。
「いつも通りじゃないか」
そんな光景、毎週末見ている。予定でもなんでもない。
目の前にある料理はまったくいつも通りのハイクオリティーだ。
純は少し考えて、立ち上がった。
「じゃあ歌います」
「まだそんなに酔ってないだろ」
清一のため息はますます深くなる。
純がちぇっと小さく舌打ちして、食事が再開された。
他愛もないいつも通りの会話。
いつも通りの酒のペース。
やがて純が悩ましげに呟く。
「松田に何て報告しよう」
「報告義務があるわけ?」
義務じゃないが、松田の話を聞くためには自分のネタがないと失礼だ。
部下に優しい久我さんの悩ましげな顔は非常に色っぽかった。
「じゃあいつもと違うことしてやるよ」
清一はそう言って席を立った。
急な展開に、純はまばたきを繰り返した。
やがて、何か持って清一が戻ってくる。
「はい」
「なにこれ」
「クリスマスプレゼント」
くりすますぷれぜんと。
純は未知の言語を聞かされたような、どうしようもなく呆けた顔をした。
「さっさと開けなさい」
照れるでも不機嫌になるでもなく軽く促されて、未知の言語が消化される。
クリスマスにはプレゼントを送り合うもんだ。
「ああ」
至極簡単な包みを開けると、見慣れた品物が出てくる。
スマホケースだ。
「ありがとうございます」
「こちらこそすみませんでした」
なぜ謝罪が付いているかというと、数日前、清一が壊したからだ。
その夜、何年使う気なの、と言いながら、清一は純のスマホを手に取った。
純は、まだ使えるからねと応えてその手元を見ていた。
ケースだって買ったときのままだし。
と、ケースを何気なく外そうとした。
ケースが外れた。
外れたというか、割れた。
「よく同じものが手に入ったね」
「だからAmazonってすごいよな」
数日間ケースなしで持ち歩いていたスマホに早速取り付ける。
心なしか軽くなって心許なかったから、落ち着いた感じがする。
まじまじ眺めてみて、我慢できず感想を漏らす。
「なんて実用的」
男のプレゼントって感じがする。
清一は苦笑した。
プレゼントと言うよりただ壊したものを弁償しただけなのだが、喜んでもらえて何よりである。
「松田にお話しするエピソードをありがとう」
なんて話すつもりか知らないが、新しい火種にならないことを祈りつつ、清一は黙って頷いた。
が、直後の純の発言で、すぐに不安になる。
「お返しは用意してないので、僕でいいですか」
「松田氏にそこまで言うなよ!」
清一のツッコミに、純は舌を出した。
翌日の昼休み、松田と二人で昼食に行った。
松田の土日の話に、穏やかにうんうんと相づちを打つ。
相当頑張ったようで、頼んだワインの銘柄まで詳細に覚えていた。
まったくかわいいやつである。
「久我さんは? お家デート、どうでした?」
一緒に暮らしているからデートもなにもないのだけれど、そこは黙っておく。
「珍しくプレゼントなどいただきました」
「なに貰ったんですか?」
身を乗り出した松田に、久我は微笑みかけた。
「秘密」
松田の脳裏には、とても嬉しそうな久我さんの笑顔が、前日の彼女の笑顔よりも強く印象付いたのだった。
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