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秋冬春夏(完結)
土曜日のあさ(4)
その日、純は飲み会を終えてから清一の店に来た。
そこに、こちらは残業終わりと思われる石原が来た。
純ひとりが相手でも騒いでしまえる石原だが、どうしたことか静かだった。
しかも一杯目からカクテルを頼んだ。
妙だなと思ってはいたものの、金曜は遅くまで客が残るもので、混ざることはできなかった。

という翌朝。
純がそっと布団を抜けてどこかへ行く。たいてい最初にトイレに行って、気が向けば家事を始める。しかし今日は布団に戻ってきた。

「昨日、石原くんとなに話してたの?」

横になった純の手首をつかんで聞いた。
なんとなく、くるぶしを撫でる。

「やきもち?」

純は決まり文句のように返した。

清一の返事は聞かずに話し始める。

「告白されたって」

先日はキスの次に何をするかという話だったような気がする。
話題は妙な飛躍を遂げている。飛躍というか、後退というか。

「守山くんが風邪を引いたんだって」

純は優しく微笑みながらもたんたんと話を続けた。

もともと二人で出掛ける予定の土曜日だった。
そういう日にはマメに連絡をくれるはずの守山から全く連絡がないので心配になって、すれ違っても待ち合わせには間に合うような時間に家を訪ねた。
するとくたくたに弱った守山が出てきて、昨夜から具合が悪く今まで眠っていたという。

「いつも具合が悪くてもきっちりしてるから、ほんとに珍しい状態だったんだって」

そのあたり、純と似ている。

風邪を引いていても寝坊したりしない。

普通に起きて準備をすることで不調を確認するのだと、清一は以前に説明されたことを思い出した。

そんな共通点もあるからふたりは気が合うのかもしれない。

「それで?」
「そのまま看病したみたいなんだけど」

石原いわく、看病と言っても一緒に居ただけで、食欲があれば食事を与えあとは寝たいだけ寝かせておいただけらしい。

「看病っていうの?」

お世辞にもかいがいしい看病とは言えない。

「石原くんの育てのお母さんはそういう方針だったんだって」

育ての、とあえて言うのが引っ掛かったもののとりあえず先を促す。

どうせ純は石原が言ったまま繰り返しているに過ぎない。
おそらく詳細は知らないだろう。聞いても無駄だ。

「で、ある種放置とも言えるその看病がよかったみたいで」

全快とは言わないものの一晩でずいぶん復活し、日曜には二人でうどんを食べに出掛けたらしい。

純の言葉通り、ずいぶんな復活だなと清一は思った。

「うどんを食べて、また守山くんの家に戻って一緒にゲームをして、日が暮れる頃、石原くんは帰ることにしたらしい」

まるで文章を読み上げるかのような話は少々気味が悪いものの、聞きやすいので文句は言えない。

「告白はどこで出てくるの?」
「まあそう焦らないでよ」

純は楽しげに笑って、体を起こした。
覆い被さるように、耳の裏にキスをする。

「お腹空かない?」
「お前を食べたいかって意味?」

純は困ったように眉を下げ、もう一度同じところにキスをした。
そして、そのまま耳元で囁く。

「比喩ではなく、空腹ですかと聞いています」

お腹が空いたんだよ、清一。

彼が自ら空腹を訴えることは珍しい。
ただ、言っていることとやっていることが合わない。

純は清一の耳の縁を、すっと舐めた。

「ねえ」
「ねえじゃないだろ?」

「……なあ?」
「お前ね」

誘ってるの?

清一は目を細め、形の整った眼を覗き込む。

眼はやんわり微笑んだ。

「ううん」

誘ってない。

そう言った唇は、清一の唇にひたりと吸い付いた。

舌が歯列をなぞる。

名残を惜しむようにきゅっと吸い上げて、離れた。

「早くご飯にしようよ」
「はいはい」

わかりましたよ。

投げやりに返事をして起き上がる。

清一は純に指示されるまま、朝食の準備を手伝った。

「守山くんの告白は?」

先程の興奮を守山の告白話とともに引きずっていたので、どちらか片付けてスッキリしようと思う。
純は本当に忘れていたかのように、ああ、と少しフリーズした。

「石原くんが帰るときに、ぎゅっと抱き締められて」

と言って、また固まる。

「どーした?」
「耳をすませばって、知ってる?」

純は言うなり清一にぎゅっと抱きついた。

ひゃっ。

驚いて声をあげると、驚かせた本人の肩が揺れている。
笑われているのだ。

「今のは驚くだろ、当然」
「うん」

純が違うんだよと言うのだが、何が違うのかは分からない。
ただ、なにか言いたいようではある。
仕方なく不満を押さえて様子を見ていた。

ふいに、純の笑いが止んだ。

ほんの一瞬、奇妙な静寂が台所を満たした。


「好きだ清一」

だいすきだ。


どういう悪ふざけだろうか。
それとも言葉通りに受け取っていいのか。
清一は愛の告白に興奮するどころか混乱して固まった。

ややあって、純が盛大に吹き出す。

「という感じで、好きだと言われたそうです」

純はやっとのことで笑いを収め、肩で息をしながら教えてくれた。

つまり一連の妙な行動は、これを再現するがための準備だったというわけで、驚かされて笑われたと思ったところも本当は純が恥ずかしさを堪えていただけだったのだ。

「清いお付き合いだね」

この言葉、何度言ったことか。

「かわいいよね」
「耳をすませばね」

確かに、抱き合って好きだと叫ぶシーンがあった気もする。

とにかくもう我慢できない。
清一はやんわり純の体を押し返した。

「純、朝飯食べらんなくなる」

告白の話も最後まで聞けないし、たった今焼けたトーストも冷めてしまう。

「それはゆゆしき事態だ」

少しの未練も見せずにぱっと離れた純は、さっさと目玉焼きやトーストを皿に乗せてテーブルに行ってしまう。


「それで、石原くんは?」

純がトーストに感動する時間をとった後、話の続きを聞いてみる。

「なんとなく、返答を保留にしたみたい」
「それで昨日おかしかったの?」
「うん」

嫌なことはないしこちらからチューしたいと思うくらいだから、俺も好きって言っても良かった。

ただ、なんとなくためらってしまって、何でためらったのかずっと悩んでいたらしい。

「なんかアドバイスしたわけ?」

純は首を傾げた。

「嘘さえつかなきゃいいんじゃないのと言っておいたけど」
「また大雑把な」

昨日は二人とも遅く現れたから、それほど長く話し込んでいたわけでもなかった。おそらくここまで純が教えてくれた内容で、時間一杯だろう。

純はまた首を傾げ、微笑んだ。

「僕も嘘吐かなかったから、いま幸せだし」

傾げた首筋から色気が薫り立つようだった。

ああ。
休日の度にこの色気にさらされる身にもなってほしい。

目を逸らしてため息をつくと、優しい笑い声が聞こえた。

「好きだって言われたら、なんて応えたらいいんですかねって」

確かに、付き合ってくれといわれればYES/NOでいいが、好きだと言われてなんと返事をしたらいいのか悩む気持ちも分かる。

親身になって考えていたが、清一は以前純たちに散々からかわれたことを思い出した。

「お前たち、俺のこと散々からかっただろ」
「お前の虜の件?」

本人も覚えているようだ。
楽しそうな笑顔をみて、うんざりする。

「もう少し軽く相談されたらそれを勧めたんだけどね」
「お前なあ」

恥ずかしくて言えないなんて、笑っていたくせに。
目を細めて睨み付けると、純は人の悪い笑顔を見せた。

「たまに聞きたくなるなあ」
「ふざけろ」
「お願い」
「絶対嫌だ」

清一は、ふん、と顔を逸らす。
純は不満げに、唇を尖らせた。

少し黙っていたが、純は立ち上がって身を乗り出した。

綺麗な顔が間近に来て、見慣れているのに緊張して脈が早くなる。

うっかり、目を合わせてしまった。
こうなるともう動けない。
静かに呼吸とまばたきを繰り返すのみだ。

「僕はキヨカズの虜だよ」

魔法のように美しく、純が微笑む。

いよいよ何も言い返せない。
私はあなたの虜という決め台詞さえ、出てこない。

まあいい。
時間はいくらでもある。
純はすでに自分のものだ。

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あきゅろす。
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