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秋冬春夏(完結)
土曜日のあさ(3)
キスのあとって何するんでしたっけ?

茫然とした守山の呟きに、久我はとりあえずビールを飲むことを勧めた。


先週清一に先を越されたのが気に食わなかったのか、純はいつもより少し早起きして少し豪華な朝食を用意した。昨夜から少々の仕込みをして。

「いい匂いがする」

ふらふらと寝床からダイニングテーブルに寄り付いた清一は、目の前の豪華な朝食を見て先週の行いを反省した。

純はただ単に作業として朝食を作ってるんじゃない。
作りたいから作ってるんだ。

もう休日に朝食を用意するのは止めようと思う。

「美味しそう」

若干引いたものの素直に美味しそうだ。

イングリッシュマフィンにローストしたベーコン。
とろとろのスクランブルエッグ。
ピクルス。
コールスロー。

「デザートとしてフレンチトーストが出ます」

ホテルか、ここは。

若干少な目なのはそのためなのだと納得がいく。

「ありがとうございます」

手を合わせた清一に、純が得意気に笑う。

いただきますと声を揃えて食べ始めた。

嬉しそうに食事をする清一を見て、純は満足そうにずっと笑っている。

「僕には清一を幸せにする使命があるからね」
「使命を与えたのが神なら、神に感謝するよ」

そんなことを言っているうちに、メインはなくなってしまった。
純はすぐに焼くよと台所に引っ込んだ。

コーヒーを飲もうとすると、台所から呼び掛けられる。

「昨日ね」

恒例の守山の話か。
昨日はたしか守山と二人で飲み始め、石原が後から来た。

席を立たずに返事をした。

「守山くんが、キスのあとは何でしたっけって言うんだよ」

反射的に、愚問だと思った。
が、冷静になるとなんだかわからなくなる。

「……何だっけ?」

返事の代わりに、部屋じゅうにいい匂いを撒き散らしながらフレンチトーストが出てきた。

思わず歓声をあげてしまう。

「あのホテルのフレンチトーストが作りたいんだけどなあ」

あのホテルというのは、戯れに二人で泊まってみた都内の高級ホテルのことだ。
純はとにかく朝食に感動した。朝食にと言うより、フレンチトーストに。

そんなことはさておき、と純が話題を戻す。

「冷静になると、なんでしたっけってなるみたいなんだよ」
「反射でやるもんなんだな」
「そう」

うん、と頷いておきながら、薄い唇がわずかに微笑み、ただね、と否定する。

「果たして清一はどうだったかなと」

清一は唇を尖らせた。

「反射ではなかったですね」

ふふ、と嬉しそうな笑い声。

「本能で押し倒さない人はどうするのかね」

仕方ないな、と思い出す。

「何回も、キスしてみるんじゃないの」

鬼スルーされたからさ。

そう、はじめてのキスは、してみたものの鬼スルーだったのだ。

純はとぼけて首を傾げた。

「移り住んでからだった?」
「そうだよ」

フィンランド旅行の帰りの飛行機のなか、窮屈そうに片足を抱えた純が

一緒にいようって、お前の家に住んでいいってこと?

と聞くので、あまりの潔さに狼狽えながら首を折った。

機内食は魚にしたと思う。それと、トマトジュース。
そういえば、無塩なのにしょっぱかったな。
どうでもいいことまで思い出してしまう。

純は当時住んでいたマンションの契約更新が近かったこともあり、ちょうど住む場所を探していた。
潔い質問には、そんな裏事情があったのだ。

帰国するなり、純は引っ越し作業を始めた。
あまりの手際のよさに清一もついていけず、ここに何を置かせろとかなんだとか、ただ頷くばかりだった。

そして純は至極ナチュラルに、

寝室って一緒でいいの?

と聞いた。
それには、他にいいよと言い続けていた勢いのまま、

いいよ

と即答した。

別の部屋を開けるとなると大規模な模様替えになるので、避けたかったと言うのもある。
それまで、純が清一の家に泊まるときは同じ部屋で寝ていたし、それが染みついて当たり前になっていたのかもしれない。
理由はなんであれ、清一にとって悪いことはひとつもない。

やがて清一の部屋に、純の本棚とそこに入る本と、少しの衣類が運ばれてきた。

当時清一の部屋にベッドはなく、畳の部屋に布団を敷いて寝ていた。

「お前に、布団上げ下げしろって怒られたな」

フレンチトーストはぺろりとなくなってしまい、名残惜しさに皿を眺めていた。

たまに泊まりに来ていたときは気にならなかったのだが、毎日暮らしてみると上げ下げしていないことが気になってきた。
もちろん、純は出勤前に必ず、すぐ側のの押し入れにしまって出掛けていたのだが、帰ってきても清一の布団だけが残っていた。
そしてひと月も経たぬうちに、怒られた。

「その日にベッド買ってたもんな」

怒るついでにベッドを買わせろと言い、その日に手配を済ませてきた。
そしてベッドが2台家に設置されて、純の言うには。

これ、くっつけても使えるらしいよ

と、さっそく2台をぴったりくっつけた。

はじめはマットレスの境目も意外と違和感ない、とか、横にも寝れる、とか喜んでいたわけだが。

「まさかそのまま寝るとは思わなかったよ」

結局ベッドをくっつけたまま、寝てしまったのだ。

「で、狼さんが頑張ったわけね」

姉のみゆきが狼のような男といっていたような気がする。
それをそのまま使うと、清一は複雑そうな顔をした。

「もうすっかり飼い慣らされてたなあ」

飼い慣らされた狼に、強引に襲いかかる勇気はなかった。

キスしてもいいですか。

仰向けの純の顔を覗き込み、清一は聞いた。

純は少し考えて、

いいよ。

と返した。

どうせ変態と言われるのが落ちだろうが、あのときの興奮といったらなかった。

3回くらいキスを繰り返した。

純は目も瞑らないで清一の様子を見ていた。

「それから普通にしてくるようになった?」
「そうだね」

いいよ、と言われたから、したいだけすることにしたのだ。

「やっぱり、してもいいか聞いた方がいいのかな」

守山が反則だと言ったことも踏まえれば聞いた方がいいのかもしれない。

「まあでも、次になにするかって聞くんだから、そこは乗り越えてるんでしょ?」
「それが」

そうでもないみたい。

石原の不意討ちで、止まっていると言うわけだ。

「清いお付き合いだなあ」

軽い感動をもって清一が呟く。
純以外とはそんなお付き合いをしたことがない。

「ゆっくりやればいいんでしょ」

清一みたいにさ。

穏やかな微笑みを見て、清一は安心した。
この様子だと、今までしてきたことについて悪く思われてはいないようだ。

「さてと」

洗濯しよ。
純は席を立った。

純はいつもこんな風に、自然と席を立ったり部屋を出ていったりするのだが、今思えばはぐらかされたていたような気がしてくる。

とはいえ掘り返していいことなんかないだろうし、忘れておいた方がいいだろう。

結果オーライだ。


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