弱く、強く 朝が来るたび、 探してしまう。 君の姿を。 時が経つほど、空虚さは増していくことを知った。 君を失ったという自覚が、増していっているからだと思った。 ベッドから起き上がらずに、毎朝そこにあったはずの君の存在を探す。シーツを強く握りしめた。 ぬくもりはない。シーツは、冷たい。 ゆっくり起き上がって、カーテンも開けずに朝支度をする。 朝陽は、君がいない色褪せた世界には眩しすぎた。 体中が君を覚えていて、心の底から君を求めている。 あの日。おかえりと返らない声。暗いままの部屋。不意に鳴った電話。告げられたのは君の死。 耳にこびりついたまま、未だに消えない着信音。 駆けつけた病院で、すでにベッドの上に寝かせられ、穏やかな顔をして。 打ち所が悪かった、ただそれだけで。 もう、俺に微笑みかけることはなくなった君がいた。 俺なら避けれたトラック。俺がそばにいたら助けることができた交通事故。 たけど、妖怪の俺とは違い、彼女は普通の人間だった。 強い脚力や霊感、特別な力など何もない、普通の。 そんな彼女に、俺は恋をした。一緒に過ごし、幸せで、幸せで。これからも、ずっと一緒に過ごしていけるのだと思っていた。 あっけなく、あっさりと、すべては泡のように消えた。 悪夢のような夜だった。 夢は、まだ醒めない。 だけど、いつかはこの悪夢が醒めて、君が薄れていってしまうこと、わかっている。 こんなときでも、頭の片隅が冷静に冷えていることに自嘲してしまう。 俺は人間にしたら途方もなく長い時間を生きてきて、これからも生きていかなければならない。 別れは、やがては薄れていってしまうものだ。 そのとき、君が本当にいなくなる。 どうしたって、抗ったって、その瞬間はやってくる。 俺はそれがたらまなく怖かった。 だから今はまだ、醒めたくはない。カーテンは開かないままでいい。 君のぬくもりを探して、いない君を抱きしめて眠る方がいい。 こんなに弱くなった俺を、君が見たら何て言うだろうか。 春の木漏れ日の下。桜の花びらの舞う中で見た、君の微笑み。手作りのお弁当。失敗した玉子焼き。 夏の海。スカートの裾をまくって、海に足を付けてはしゃぐ。白い足首、生き生きとした君の明るさ。拾って来て、窓辺に飾った桜色の貝殻。 黄に染まった、銀杏並木の秋の道。冷たい手をつなぎ合って、伸びた影を重ねた。ゆっくり、2人で寄り添って歩いたあの道。 初めて2人で迎えた白い冬。用意したケーキ。君が贈ってくれたマフラー。俺が贈ったリング。ベランダで見上げたオリオン座。 いつでも探してしまう。 公園のベンチ。 まだ青い葉の茂る銀杏並木。 いるはずもないのに。 気づけば、君の姿を。 車の助手席。 ベランダのイス。 いるはずもないのに。 「……君が俺を弱くした」 こんなにも、こんなにも。 だけどもしも奇跡が起きるのなら、君に伝えたい。 ありふれた日常、その中に、君がどれほど幸せを与えていてくれたか。 支えてくれたか。 思い出す君は笑顔ばかりで、幸せそうで、まるで今の俺を励ましてくれているようだ、なんて。 「君が俺を、強くする……」 いつしか、いつしか。 「夕べ、初めて泣けたよ」 今はまだ、この痛みと共に。 「ただいまって言ったら、泣けてきたよ」 君を探し続けてしまうだろう。 その痛みと共に、生きていく。 弱く、 強く。 + |