[携帯モード] [URL送信]
遠恋


もしもし?あたしあたしー。いつもと同じで決まった時間に電話を取った。いつもと変わらぬその声とその持ち主におー、と返す。お金も時間もない俺たちは毎日なんて出来るはずもなく週一が限度だ。そりゃ何か緊急事態というなら話は別だが。軽快な口調でこの一週間何があったのかを喋る。その間に間に相槌を入れて話を促すのは俺の役目であるのは言うまでもない。

こっちにね美味しいケーキ屋さんが出来たんだあ。いつだったかな‥えーっとね、一昨日かその前の日だったと思うよ。すんごく美味しいんだ。よく友達と行くの。その中でもね季節のタルトとかいうのがね美味しいんだあ。食べたい?食べたいでしょ?今度持ってくね。他に何か食べたいのとかある?ショートケーキとかなんかいいよね。いや別に深い意味はないよ。ただなんとなくそう思っただけ。ってかメニュー見てないから分かんないよね。あはは、ごめんね。じゃああたしが勝手に決めて適当に持ってっていいかなあ?銀ちゃんだけじゃなくて神楽ちゃんと新八くんのも持ってくわ。あーそうだ!お登勢さんにも持ってかなきゃだね。っていうかちゃんと家賃払ってるの?滞納は絶対だめだからね。今度行くときまでにちゃんと払っておいてよ。あ、残念だけどあたしもお金はあんまりないから貸せないんでよろしくね。一人暮らしだって意外ときついんだから。今ね友達とルームシェアしないか話してるんだ。あ、心配しないで女の子だから。‥え?男友達だっているから!あーむかつく。モテないとか思ってるんでしょ。まあね、そうだよね、そうでしょうよ!‥言っとくけど一回だけ言われたことあるんだからね。

「‥誰だそれ」

聞き捨てならない言葉が俺のうずまき管を震わした。そんなことがあったなんてまるで知らない。‥当たり前か。今俺と彼女の間には邪魔な距離が存在しているのだから。どもる声が電子機械から聞こえる。狼狽えているのが手に取るように分かるのが嫌だった。たぶん俺に伝えるつもりはこれっぽっちも無くつい言ってしまったんだろう。隠そうとするのに少しだけ、ほんの少しだけ腹が立った。俺はそんなに頼りないのか。
言えって。平静を装って言ったつもりだ。これで喧嘩になってしまうのは嫌だから出来るだけ優しく言った。まあ俺がどんなに気をつけても彼女がどう受け取るかによるのだが。こんなくだらないことは早く終わらせていつものように笑っていたかった。

「‥断ったんだろ」

「‥」

「‥え?」

「だって、」

は、ちょっと待てよ。いやいや意味が分かんないから。何で?え?どうしてそうなるわけ。俺ってなんなの。今の今までの電話に意味はないのか。今度来るって言ったのは嘘ってことか。というか電話自体これが最後か。なんだこれ。俺って彼氏じゃないわけ。もう終わりっつってんのか。
混乱した。まさかなんの兆候も無しに別れるなんて想像もしていなかった。怒るとか悲しいとかそういうのじゃなくて、なんだか空しかった。ぽっかり開いたような感じだった。ああ、なんだ。離れ離れになって悲しいなあなんて思ってたのは俺だけか。もっとずっと一緒にいたいだなんて思ってたのは俺だけか。全部全部ひとりだったんだな。なあんだ。くそ。もっと早く言ってくれたらこんな思いはしないで済んだかもしれない。

「‥もういいわ」

「、銀ちゃんなの!」

「‥は?」

「だから、」

あたしを好きって言ったのは銀ちゃんだけ!大声で言うものだから耳が痛くなった。一瞬で理解出来ない程俺の頭は鈍かっただろうか。数秒の時間を要して口からこぼれた言葉はは?の一文字だった。まるで俺が馬鹿みたいだった。まさか自分だったとは思うはずも無いじゃないか。あはは、ごめんね。耳をつくのは優しい彼女の声。少しだけ赤くなった俺は今初めてこの距離に感謝した。何せこの顔を彼女に見られなくて済んだのだから。


遠恋


今度は俺が会いに行く



090425
一壱子




[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!